35 / 51
第三章
家族への思い
「……気楽だと? ふざけるな」
銃を構えたままの両手が、小刻みに震える。
「僕がどんな思いでここまで来たか、何も知らないお前にわかるはずがないだろう!」
珍しく張り上げた声が、部屋中に反響する。
「おいおい。急にどうしたんだよ。もしかして図星か? お偉いさん一家は不正の温床ってか」
「黙れ! 僕の家族を侮辱するな。不正なんか働いていない。僕は地道に勉強して、国家試験も受けたんだ。本当は一秒でも早く捜査に加わりたくて、大学を出ない選択肢も考えた……でも! 組織の中で少しでも上にのし上がれば、それだけ捜査の中でも自由が利く。そのためだけに、僕は四年も我慢して大学で勉強を続けたんだ!」
いつになく感情的になる絢永。
彼の境遇を知っている栗丘からすれば、何も知らない相手に『気楽』と表現されることへの怒りは察するに余りある。
だが、
「おい、絢永。惑わされるな。そんなあやかしに耳を貸すんじゃない!」
口車に乗せられて平常心を失っては、相手の思う壺だ。
なんとか彼の意識を逸らせようと栗丘は声を届けるが、当の絢永はあきらかに動揺を隠せていない。
そんな彼の隙をついて、藤原の体から、突如として何か細長いものが勢いよく飛び出した。
白い蛇の姿をした、あやかしの本体だった。
縦に大きく開かれた口は二本の鋭い牙を持っており、絢永の左腕へと迷いなく噛みつく。
「うあッ……!」
「絢永!」
短い悲鳴を上げた絢永は、たまらず手にした銃を取り落とす。
だが、すぐさま右手で懐からトドメの銃を取り出すと、左腕に食らいついたままの蛇の頭をゼロ距離から撃ち抜いた。
ドン、と腹の底に響く重低音とともに、蛇の頭が粉々に吹き飛ぶ。
長い胴体も、それに追随するようにして空気中へと溶けていった。
「絢永、大丈夫か!?」
気を失った藤原の体を放り投げ、栗丘は慌てて絢永の元へ駆け寄った。
「大丈夫。かすり傷です。それより、すみません。取り乱しました」
絢永はそう恥じるように言った。
噛まれた箇所からは薄らと血が滲んでいるが、傷自体はそれほど大きいものではなかった。
どちらかといえば物理的に負った怪我よりも、心の傷の方が栗丘は心配になる。
普段は冷静な絢永も、家族のこととなると感情のコントロールが効かなくなることもあるらしい。
それほどまでに、十年前の事件は彼の人生において大きな影を残しているのだ。
「本当に大丈夫か? その……ごめんな。こいつ藤原っていうんだけどさ、いつもああいう生意気なことばっかり言うんだよ。お前のことも多分、年下のくせにキャリア組だからって僻んでただけで」
「あなたが謝ることじゃないでしょう。それに、先程は僕もどうかしていました。たとえ誰に何を言われたって、僕は僕のやるべきことをやるだけですから」
絢永のやるべきこと。
家族を皆殺しにした犯人を捜し出して、仇を討つこと。
それはつまり、栗丘の父親をその手で殺すことを意味している。
(俺の父さんも、いずれはこんな風に殺されるのか……)
絢永か御影か、あるいは栗丘自身の手によって、栗丘瑛太は始末される。
「なあ、絢永」
「何です?」
過去は変えられない。
十年前に父親が犯した罪も、その家族が背負うことになる業も。
なかったことにはできないとわかっている。
それでも。
「人間とあやかしってさ、なんとかして一緒に生きていくことはできないのかな」
つい気の迷いで、栗丘はそんなことを口にしてしまった。
「何の冗談です?」
栗丘の言葉を耳にした途端、絢永の顔からすっと表情が消えた。
まるで何の感情も伴っていないかのような冷たい声に、栗丘はハッと我に返る。
「人間とあやかしが、共存でもするっていうんですか? 一体何を言い出すんですか。無理に決まっているでしょう、そんなの」
嫌悪感を露わにする絢永の反応に、栗丘は頭を冷やす。
「そう、だよな。わかってる。わかってるんだ」
「一体どうしたんですか、センパイ。最近、ずっと変ですよ」
やはりここが潮時だ、と思う。
「絢永。俺はお前に、話さなきゃいけないことがあるんだ」
握った拳に力を入れ、栗丘は自分を奮い立たせる。
だが、
「栗丘くん」
と、不意に胸元のポケットがもぞもぞと動いて、中から白いふわふわの獣が顔を出した。
その様を見た絢永は、「その声、御影さんですか?」と即座に状況を理解する。
「栗丘くん。今は、その話はしない方がいい」
「えっ?」
いきなりの制止を受け、栗丘は困惑した。
そんな二人のやり取りに、絢永は怪訝な視線を向ける。
「何です。僕に隠し事ですか?」
「いずれは絢永くんにも話すつもりだったんだよ。ね、栗丘くん?」
「そ、そうです。そうなんだ、絢永。だから俺、今からそれを話そうと——」
ようやく腹を括り、打ち明けようとする栗丘の口元を、白いふわふわの尻尾が邪魔をする。
「待って。ここにはいずれ人が来るし、場所を変えた方がいい。私も今そちらに向かっているから、せめて合流してからで……」
その言動から、御影はいつになく焦っている様子だった。栗丘と絢永が二人きりでその話をするのは、よほど都合が悪いのだろう。
(俺はまた、この人の言いなりになるのか?)
御影は今回も何かを企んでいるのかもしれない。このままではまた、彼の手のひらの上で踊らされてしまう。
こんな大事な局面で、信用できない男の意のままにされるのは、栗丘は納得がいかなかった。
だから、
「あなたの言うことは、もう聞けません」
上司の指示を蹴り、栗丘は改めて絢永の顔をまっすぐに見上げ、そして言った。
「絢永。お前がずっと捜している、十年前の事件の犯人は——」
あなたにおすすめの小説
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
旧題:迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
※2025/10/14 書籍化しました。
※2025/2/28 第8回キャラ文芸大賞〈ご当地賞〉を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
*あらすじ*
あやかしが見える女子高校生の桜は、京都に引っ越して早々、迷子の幼いあやかしを保護する。
そのあやかしに導かれ、京都先斗町で出会ったのは、猫神様と呼ばれる超美形の神だった!?
現世に迷い込んだあやかしの案内人をしている猫神様は、なぜか桜のことを古くから知っている様子で……
そんな彼の作る美味しい料理やその温かな人柄に惹かれて、桜は迷えるあやかしを見つける度、彼のもとを訪れるようになる――
幼いあやかし達の未練を晴らすため、少女と猫の神は京都の街を奔走する!
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。