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第四章
親と子ども
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同じ頃、マツリカと平泉はまだ車の中だった。
後部座席で肩を並べる二人は長い沈黙を保っていたが、目的地まであと五分ほどとなったところで、ふと平泉が口を開く。
「茉莉……いや、マツリカ」
誤って本名で呼びかけた彼に、マツリカは嫌悪感を丸出しにした目を向ける。
「うっざ。今わざと間違えたでしょ」
「ふ……」
平泉は小さく笑っただけで否定はしなかった。
「まだ本名では呼ばせてくれないんだな」
「本名って。よく言うよね。化け物が付けた名前だと思ってるくせに」
「とんでもない。君の両親が付けた大切な名前だ」
「『あやかしに憑かれた人喰い鬼』が付けた名前、でしょ。あたしが生まれるずっと前から、あたしの親は人を殺して食べてた。人間としての自我がどこまで残ってたのかもわからない。そんな化け物が付けた名前なんて……」
言いながら、マツリカは窓の外へ視線を移す。等間隔に並んだ街灯が、流れ星のように後ろへ過ぎ去っていく。
「それに、警察が言ったんでしょ。あたしたちが住んでいた家の鉢植えに、茉莉花の花が咲いてたって。あたしの親も多分その花を見て、適当にあたしの名前を決めたんでしょ。きっと深い意味なんてない。だから、あたしはただの『マツリカ』。それ以上でも、それ以下でもない」
「確かに、君の両親は正気ではなかったかもしれない。しかし、たとえ憑代になっても、人間の自我が完全に無くなることはない。自分たちの愛でていた花の名前を付けたのなら、それこそ君を大切な存在として認知していたと、私は思うがね」
マツリカは返事をしなかった。
そうして再び訪れた沈黙を破ったのは、またしても平泉の方だった。
「君は、御影の養子にはならないのか?」
その質問に対しても、マツリカは何の反応も示さなかった。
「御影は不器用な奴だが、あれでも、君のことは大事に思っているんだぞ」
「冗談でしょ」
そこでやっと、マツリカは平泉の方を振り返る。その顔には冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「あいつはあたしのこと、最初から人間扱いしてなかった。じゃなきゃ、あたしの体であんな実験をしたりしない」
「実験? ああ。もしかして検査のことか? そりゃあ、君のように特別な能力を持っている子どものことなら、誰だって調べたくはなるだろう。さすがに『実験』と言うと語弊があるからやめてくれ」
平泉は苦笑しながら続ける。
「特にあの頃、特例災害対策室は十年前の事件で打撃を受け、大幅に人員が減っていた。そこへ救世主のように現れたのが君だったんだ。おそらく御影も、藁にもすがる思いで君を頼りにしていただろう」
「だからって、あんな……人を警察犬みたいな扱い方する? 事件が起こる度にあたしを呼び出して、あやかしのニオイを追わせるなんて」
「ご褒美のお菓子に釣られて、君も乗り気だっただろう。むしろ小腹が空く度に捜査させろとせがんでいたのは君の方だったはずだが?」
「そんな昔のことはいいの! あたしはもう、絶対に警察に協力なんかしてやらないんだから!!」
ぷいっとそっぽを向く彼女を見て、平泉は笑いながら肩を竦めた。
「御影は、君に出会って変わったよ。少なくとも、あいつにとって君が特別な存在であることは間違いない」
「は? 何それ、キモ。もしかしてあいつロリコンなんじゃないの?」
情け容赦ない彼女の反応に、さすがは反抗期の女の子だと、平泉は内心で舌を巻く。
「君は本当に頑なだな。もう少しくらい、御影に歩み寄ってやってもいいんじゃないか? 児童養護施設でさえ手に余った君のことを、あいつは嫌な顔一つせずに受け入れたんだぞ?」
「別に頼んでないし。それこそ嫌なら断れば良かったじゃん」
「あいつは自分のことには疎いからな。今回の怪我だって、下手をすれば命はなかった。あいつは図太いようでいて、実は脆い。今回のことでわかったとは思うが、急に死んだっておかしくないような奴だ」
「あいつが死ぬ? 絶対ないでしょ。殺しても死ななさそうな奴なのに」
ハッと笑い捨てるように言うマツリカ。
それを嗜めるように、平泉は真面目な声で言う。
「今年の大晦日に、また大きな事件が起こる。それまでに体の回復が間に合うかどうかはわからないが、あいつはどんな状態でも現場に向かうだろう。今のうちに、君もあいつと色々話しておいた方がいいんじゃないか。後になって後悔しても遅いからな」
言い終えるのとほぼ同時に、車は御影とマツリカの住む自宅へと到着した。
マツリカは礼も言わずに車を降りると、そのまま振り返りもせずに門を潜る。
平泉は車を発進させようとしたが、直前で「ねえ」とマツリカに呼び止められる。
彼が声の聞こえた方を見ると、マツリカは階段を上った先にある玄関ポーチの所からこちらを見下ろしていた。
「あんたにも子どもがいるんでしょ」
唐突な質問だったが、平泉は特に驚いた様子もなく答える。
「ああ。可愛い一人娘がな」
「じゃあさ」
マツリカは一瞬だけ言い淀んでから、わずかに視線を逸らせて聞く。
「親って、何なの?」
その問いに、平泉は少しだけ意外そうな顔をした。
それから口元に小さく笑みを浮かべ、「愚問だな」と前置きして言う。
「この世界で誰よりも、娘の幸せを願う者のことさ」
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