42 / 51
第四章
変化をもたらすもの
◯
「あなたを、あやかしに喰わせる? できるわけないでしょう、そんなこと」
御影の案を聞いて、絢永は信じられないといわんばかりに拒否の意を示した。
「お、俺だって反対です! そんなの、御影さんが犠牲になるってことじゃないですか!」
栗丘も慌てて絢永に同意するが、当の御影はふふっと呑気に笑って言う。
「そう言うと思っていたよ。だから本来なら、君たちには何も知らせずに、私一人で全てを終わらせるべきだった。最初から栗丘くんをこの部署へ招き入れることもせず、絢永くんにも憑代の件は黙ったまま、ひっそりと私が喰われてそれで終わりになるはずだった。もともと、栗丘くんには二十年前の事件の真相を伝えないよう、君のお祖母様にも協力してもらっていたしね」
それを聞いて、栗丘は病院での祖母の様子を思い出す。
「やっぱり……ばあちゃんが俺にあやかしのことを隠していたのは、わざとだったんですね」
孫である栗丘の前では、あやかしの話など一度もしなかった祖母。
しかしその後認知症を患い、もはや孫の存在すら忘れてしまった彼女は、自らの家系が皆あやかしの見える人間であることを口にしてしまった。
「君が父親の二の舞にならないようにと、私とお祖母様との間で決めたことさ。この二十年間、君の周囲には私の血を含ませた札を貼り、できるだけ君をあやかしと接触させないようにしてきた。父親と同じ『引き寄せ体質』である君が、今まであやかしに遭遇する機会が少なかったのはそのためさ」
今となっては、なぜ気づかなかったのかと栗丘は振り返る。
自分の知らないところで、自分がいかに人の世話になっていたかを、今さらながらに痛感する。
「どうして、そこまでするんですか。なんで俺なんかのために、あなたがそこまで体を張って……」
「約束したからね、君の父親と」
そう答える御影の声は、わずかに笑みを溢したような柔らかさがあった。
「彼と私は、お互いを相棒と見込んで約束したんだ。二人のうちのどちらかが、もしもあやかしに憑かれて暴走した時には、残された方が必ずそれを止めると。しかし私は、すでに二度も失敗している。十年前も二十年前も、私は彼を止めることが出来ず、多大な被害を出してしまった。もはやこれ以上の失敗は許されない」
「だからって自分を犠牲にするって言うんですか!? そんなので俺たちが納得できるわけないでしょう!」
「わかっているよ。だからこそ、本来なら君たちに全てを話すべきではなかった。でも、結局は私の身勝手な都合で、予定を狂わせることになってしまった。君のお祖母様との約束を破り、私は君をこの部署へと引き入れた。そして父親の真相を話し、絢永くんにもそれが伝わるように仕向けた。全ては私が勝手にやったことだよ。せっかく二十年も前から用意していたのに、全て水の泡さ」
「それは、どうして」
絢永が聞く。
御影はちらりと彼の方を見ると、やがて誰もいない宙を見つめて言った。
「子どもにとっての親という存在が、思ったよりも大きいと気づいたからさ。マツリカがいつも言っていたんだ。自分の親のことを、ちゃんと知りたいって」
マツリカ。
彼女は両親が憑代であったことから、自身の出生についても疑問を抱き、悩んでいた。
「私はもともと、家族や親子というものにそれほど思い入れがなかった。だから最初は、栗丘くんにも絢永くんにも、過去の真実を全て伝える必要はないと考えていたんだ。たとえ血の繋がった家族のことでも、知らない方が幸せなことだってある。絢永くんは仇のあやかしさえ退治できればそれでいいし、栗丘くんに至っては二十年前のことをすべて隠蔽してしまえば問題ないと思っていた。でも……マツリカを見ている内に、それは間違いなんじゃないかと思うようになった。たとえどれだけ悲しい現実があったとしても、子どもが親のことを知りたがるのは当たり前のことなんじゃないかって。実際、栗丘くんは二十年前の事件の真相をずっと知りたがっていたしね」
マツリカと共に暮らす内に、御影に訪れた変化。それは二十年にも及ぶ信念すら揺るがす程の、大きな影響力を持っていたらしい。
「だから私は、君たちの様子を見ながら、少しずつ情報を提供していこうと考えたんだ。君たちが本当にそれを望むなら、たとえロクでもない現実でも、真実を伝えようと。もちろん、正しい判断だったとは口が裂けても言えない。君たちにはたくさん辛い思いをさせてしまったからね。もしも私に少しでも償いができるとしたら、大晦日の夜に体を張ることぐらいしかできないのさ」
「償いなんて、そんなのいりません。俺はずっと真実が知りたかったんです。父のことは、確かにショックでしたけど。それでも、知って後悔はしていません。だから、御影さんにも犠牲になってほしくありません」
「僕も同じです」
二人の意思を受けて、御影は小さく息を吐く。
「君たちがそう言うと思っていたからこそ、私は二つ目の案を考えたんだ。ただしこれは、君たちにも多大な危険が伴う。成功すれば全員が生きて帰れるかもしれないが、失敗すれば我々は全滅する可能性もある。いわば諸刃の剣さ。出来るなら私は、君たちにはこの先も生き残って、この部署を存続させてほしいと思っている。でも、どちらの案を採用するかは君たちの意思に任せる。今度のクリスマスまでに、返事を考えてきてほしい」
あなたにおすすめの小説
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
旧題:迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
※2025/10/14 書籍化しました。
※2025/2/28 第8回キャラ文芸大賞〈ご当地賞〉を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
*あらすじ*
あやかしが見える女子高校生の桜は、京都に引っ越して早々、迷子の幼いあやかしを保護する。
そのあやかしに導かれ、京都先斗町で出会ったのは、猫神様と呼ばれる超美形の神だった!?
現世に迷い込んだあやかしの案内人をしている猫神様は、なぜか桜のことを古くから知っている様子で……
そんな彼の作る美味しい料理やその温かな人柄に惹かれて、桜は迷えるあやかしを見つける度、彼のもとを訪れるようになる――
幼いあやかし達の未練を晴らすため、少女と猫の神は京都の街を奔走する!
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。