あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!

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第四章

帰り道を示す手

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 ゴゴゴゴ……と、辺りに地鳴りのようなものが響く。

「な、なに?」

 マツリカは床にへたり込んだまま、不安げに周囲を見渡す。先程はギリギリのところで助かった彼女は、腰が抜けてしまったようでその場から動けなかった。

「御影さんの結界が崩れ始めたのかもしれません」

 絢永が言った。彼は痛む腹を押さえながらも、なんとかその場に立ち上がる。

「やばいんじゃないの? さっき結界の端の方まで見てきたけど、周りはいかにも魑魅魍魎ちみもうりょうって感じの化け物がうじゃうじゃしてたよ。百鬼夜行の比じゃないぐらい」

 どうやら周囲はあやかしだらけで、結界が破られれば三人とも命の保証はなさそうだ。

 いつまでも泣いている場合じゃない、と栗丘はスーツの袖で目元を拭う。
 銃を懐に仕舞い、空いた左手で右腕を押さえながら、歯を食いしばって立ち上がった。

「まだ、元の世界に帰れる方法はあるのか?」

「わかりません。でも、もしかしたら御影さんはもう……」

 その先の言葉を詰まらせる絢永。
 もしかしたら、と、最悪の事態が頭を過ぎる。
 しかし、

「ミカゲは死んでないよ」

 と、確信を持った声でマツリカが言った。

 栗丘と絢永の二人は驚いて彼女を見る。
 彼女はやっと足に力が入るようになったらしく、緩慢な動作でその場に立ち上がった。

「ミカゲはまだ死んでない。死ぬはずがないでしょ。だって、あたしがまだここにいるんだから」

「どういうことだ?」

 栗丘が怪訝な顔で聞き返すと、彼女は自らの腰に両手を添え、自信に満ち満ちたドヤ顔で言い放った。

「あたしをこんな所に置き去りにしたまま、無責任に死ぬはずがないってこと。あいつはあたしのこと、自分の娘みたいな存在だって言ったの。だからあいつは、あたしを助け出すまでは何が何でも死ぬはずがないの。親って、そういうものなんでしょ」

 自惚れ、とは何かが違う彼女の強い意思を目の当たりにして、栗丘たちは呆気に取られる。
 その間に、彼女はその場から数歩離れて、どこまでも続く薄闇の空を見上げて叫んだ。

「ミカゲ! 何ボサっとしてんの!? 早く助けに来なさいよ!!」

 病人に鞭を打つようなセリフだった。
 しかしそれは同時に、御影の生存を願う彼女の気持ちが表れているようでもある。

「あんた、あたしの父親になりたいんでしょ!? だったら、何が何でも生き延びて、あたしのことを守りなさいよ! この腑抜け!!」

 言いたい放題に彼女が言い放った直後、薄闇に包まれた頭上から、一筋の光が差した。
 それは明け方の窓から差し込んだ光のようにおぼろげだったが、次第に明るさをどんどん増して視界を真っ白に染め上げていく。

「うわっ」

 たまらず目を瞑ってしまうほどの強い光が、辺りを包んだ。

「御影さんの気配です!」

 絢永が叫ぶ。

 御影が、迎えに来る。
 彼は最後の力を振り絞って、門の向こうから手を差し伸べたのだった。


          ◯


 次に目を開けた時には、辺りは真っ暗だった。

 三人とも立ち位置こそ変わっていなかったが、周囲の風景はあきらかに様変わりしている。

 夜の帳が下りた寒空に、ぽっかりと月が浮かんでいる。
 そこから横へ視線をスライドさせると、隣には見慣れた警視庁舎が建っていた。

「戻って、来れたのか?」

 その場所は、どう見ても元の世界だった。
 警視庁本部の敷地内。百鬼夜行を迎え撃ったその場所には、今はあやかしの姿はどこにも見当たらなかった。

「そうだ、御影さん……!」

 この場所へ帰って来れたのは、他でもない御影のおかげである。
 栗丘はすぐさま彼の姿を捜したが、その目に入ってきたのは、すでに持ち主を失って空になった車椅子だけだった。

「…………え?」

 御影が座っていた車椅子。
 今は誰も乗っていないそれの足元には、見慣れた扇子が落ちていた。

「そんな、まさか……間に合わなかったのか?」

 わなわなと肩を震わせる栗丘の隣で、マツリカは心底呆れたような声を出す。

「あんた、どこ見てんの? ミカゲならこっちだよ」

「えっ」

 言われて、慌てて示された方を見る。

 するとそこには、だらりと四肢を投げ出した御影と、それをしっかりと腕に抱え上げている平泉の姿があった。
 御影は気を失っていたが、呼吸は安定しているようだった。

「三人とも、無事に戻って来れたようだな」

 彼は至極落ち着いた様子で三人に声をかけたが、返事は待たないまま、やや早足でその場から歩き出す。

「御影はこのまま病院へ連れて行く。君たちも怪我をしているだろう。一緒に乗って行きなさい」

 怪我、というワードを耳にした瞬間、栗丘は右腕の患部が急激に痛み出すのを感じた。

「いっ……てててて」

「大丈夫ですか、栗丘センパイ」

 絢永が後ろから心配そうに聞く。
 よく見れば、彼のトレードマークである眼鏡にはヒビが入っていた。

 そこで栗丘は「あっ!」と一つ大事なことを思い出す。

「絢永、いま何時だ?」

「今ですか?」

 腕時計を確認しながら、「午後十一時過ぎですね」と答える。

「そうか。よし、間に合ったな!」

「はい?」

 もうじき年が明ける。
 その前に、栗丘はどうしてもやっておきたいことがあった。

「今日のことが全部無事に終わったら、今日中に言おうと思ってたんだ」

「何です、改まって」

 栗丘は改めて絢永の方を向き直ると、ニカッと白い歯を見せながら満面の笑みを浮かべた。

「誕生日おめでとう、絢永!」

 予想外の祝福を受けて、絢永は面食らった。

「全部終わってからじゃなきゃ言えないと思ったんだ。お前にとって、大晦日ってのは悲しい印象があるかもしれない。でも今日は、お前の誕生日でもあるからさ。祝ってもらう気分になれるかどうかはわからなかったけど、せめてお祝いの言葉ぐらいは言っておきたかったんだ」

 自分でも忘れていた誕生日。
 それを、こんな時にまで覚えていた相棒に、絢永は思わず笑みを漏らす。

「本当に、あなたって人は」

 どこからか、除夜の鐘が鳴り始める。

 今頃はあちこちの神社で人が賑わっているだろう。
 その風景が今後も壊されることなく、平穏に続いていくことを祈りながら、彼らは人知れずその場を後にした。
 
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