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Chapter #3
フリーダムな教室
しおりを挟む翌日。
放課後に舞恋と会う約束を取り付けて、私は授業に臨んだ。
昨夜はほとんど眠れなかったせいであくびが止まらない。
しかも今日は抜き打ちの小テストがあり、静寂の中で眠気と闘うのはなかなかの苦行だった。
例によって問題文はどれも子ども向けレベルで、私は一瞬にして空欄を埋めてしまう。
残り時間はまだまだあるし、もういっそ寝てしまおうかな、なんて考えていると、
「Hey, Misaki.」
と、急に隣の席のフィリピン人男性から声をかけられた。
まさかテスト中に話しかけられるとは露にも思わなかった私は、驚いてそちらを向く。
すると、隣からまっすぐにこちらを見つめてくる彼は先生にバレないよう小さな声で、
「Tell me answers, please.」
答えを教えて、とまさかの要求をしてきた。
「えっ……?」
思わず固まった私の手元へ、彼はノートの切れ端のようなものを滑らせてくる。
見ると、その表面には③、④、と数字だけが書かれていた。
おそらくは三問目と四問目の答えを教えろということだろう。
(これってアリなの……?)
テストで隣の席の男子に答えを教えてあげる、なんていうシチュエーションは少女漫画でも発生しない珍イベントだろう。
もはやカンニングというレベルではなく、いっそ清々しい程の堂々とした不正行為だ。
呆気に取られたものの、しかし頼られるということ自体は悪い気はしない。
幸い先生もこちらの動きに気づいていないようだし、どうせならこういったことも今のうちに経験しておこうかな、と思う。
きっと、日本に帰ったらもう二度と経験できないだろうから。
私は指示通りに二つの問題の答えを書き、彼に返した。
「Thanks.」
ニカッと嬉しそうに笑った彼は、すぐさまテスト用紙にそれを書き写した。
(本当に自由だなぁ)
日本では考えられないようなことが、こうして毎日のように起こる。
面白くて、貴重な時間。
それがもうじき終わってしまうのかと思うと、途端に名残惜しくなってしまう。
日本に帰ったらもう、こんないい年して子どもみたいなクラスメイトには会えないし、腕毛のたくましい先生にも会えないし、スコットの下ネタも聞けなくなる。
……まあ、それはどうでもいいか。
一番の心残りはやはり、カヒンに会えなくなることだ。
彼は、私が日本へ帰った後も、私を好きでいてくれるだろうか。
昨日のオリバーの件もあるし、心配事ばかりが増えていく。
不安を拭えないまま昼休みになり、私はいつものようにスージーと二人でお弁当を食べた。
私が元気がないのに気づいたのか、彼女はおやつに持ってきていたティムタムを分けてくれる。
お言葉に甘えて一枚頬張ると、途端にチョコの甘ーい味が口の中に広がって、ほうっと息を吐く。
何度食べても罪な味だ。
スージーも少し前からティムタムにハマっているようで、ここ数日は休憩時間ごとに口に放り込んでいる。
心なしか、顔の輪郭がほんのりと丸みを帯びてきたような気もするが、私の気のせいだろうか。
そういえば、舞恋も最近ダイエットしていると言っていたっけ。
オーストラリアに来てから、私も食事の量は明らかに増えている。
あまり気を抜いているとすぐに太ってしまうかもしれないので、気をつけねば。
午後の授業では、とあるテレビ番組を見ることになった。
海外で有名なクレイアニメらしい。
どう見ても対象年齢が幼稚園から小学校低学年くらいの、動物を主人公にした可愛らしい子ども向け番組だ。
二十歳前後の学生から四十代の子持ちまで、いい年した大人がこんな平和なアニメを真剣に見ている様はシュールだった。
けれど、このクラスの英語レベル的に考えるとまさにこれくらいが丁度いいのだろう。
ただでさえ寝不足で睡魔に襲われる中、お腹いっぱいの状態でこの映像を見せられるのは拷問に近かった。
たまに手の甲をつねったりしながら何とか眠気と闘い、やっとのことで残り十分ほどというところまで来たとき、何の前触れもなく教室の扉がガラガラと開かれ、私の眠気は吹っ飛んだ。
見ると、扉から入ってきたのはサウジアラビア人の青年だった。
このクラスで一番のお調子者。
今朝から授業を欠席して姿を見せなかった彼が、まさかの残り十分というタイミングで登校してきた。
これには先生も苦笑いで、
「Hey, the class is almost over.」
授業はもう終わりよ、と言うと、それを聞いた彼は悪びれる様子もなく、
「Good morning.」
おはよう、と爽やかに挨拶する。
しかも、彼の身なりはなぜか全身真っ白な民族衣装だった。
本人曰く、今日はこれからお祭りがあるらしい。
てっきりお祭りの後にそのまま来たのかと思えば、まさかのこれからだった。
(フリーダムすぎる……)
何事にも動じない、さすがのメンタルだった。
私も見習いたい。
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