9 / 11
第九話 ――ハーシェルのその後
しおりを挟む
〈ご注意〉残酷な表現があります。
* * *
納得できないまま帰宅した俺は寝台に横たわり醒めた目で天井を睨んでいた。
香帆が俺を拒絶した──怒りと焦りを感じながら俺は今日までの自分を振り返った。
この世界のどこかに、必ず香帆がいる――そう信じた。いや、彼女が死の間際に俺を呼び寄せたのだ、と思い込んでいた。前世の滝川涼也としての記憶が、そう囁き続けたからだ。
涼也としての俺は、香帆の一途な愛を甘受しながら、派手な姉・響子の甘い毒に揺らいでいた。だが結婚を考えたのは従順な香帆だ。良妻には彼女がふさわしい、そう決め込んでいた。
その香帆を事故で失い、祭壇に掲げられた微笑む写真の前で、俺は自分の胸を鷲掴みにされる後悔を味わった。もう一度、せめて一言“すまない”と告げたい――そう願ったのは嘘ではない。
だが願いの直後、狂気の刃が俺を刺し貫き、気づけば貴族ニルカート家の嫡男ハーシェルとして転生していた。
* * *
ミゼットの存在を知った時、派手で男女の心をもてあそぶ姿は、響子の面影を見た気がした。――彼女を追えば、香帆の面影を纏ったローゼリアに辿り着いた。
事実、ローゼリア嬢の口から零れる奇妙な“異国語”は日本の片言そのもの。調べを進めるほど、彼女こそ香帆だという確信は強くなった。
香帆となら何でも出来る。侯爵令嬢である彼女は利用価値も高い。
前世の知識で商いを興し、大金を握り、この古い王制の国を日本のように“平等で便利”な国へ造り替えられる――王の座さえ視野に入る。そんな壮図を胸に、俺は彼女に迫った。だが結果は拒絶。
彼女の涙は、俺を赦すものではなかった。
「くそっ……いつまでも過去を根に持ちやがって」
言い放った矢先、父に呼びつけられた。
部屋には静謐が漂っていた。そこに憔悴した父の姿が。
「ハーシェル……お前というやつは!」
冷静沈着な父が声を荒らげるのを初めて見た。
「何か、ございましたか」
「アゼラン侯爵家から断交の書状が来た。娘君との縁談も白紙だ」
胸がざわめく前に、さらに冷たい言葉が続く。
「加えて、お前の口から“国民の平等”だの“王になる”だのと吹聴したと訴えが出ている。王政を揺るがす叛意―― 国家転覆罪だ!」
血の気が引いた。
「叛意など! 俺はただ……この国を良くしようと――」
「黙れ! ニルカート家を潰す気か。舌を抜かれても文句は言えぬぞ! 馬鹿者が!」
父の怒声……それはまるで、喉元に剣先を突きつけられたようだった。
香帆――いや、ローゼリアが俺を“危険”と判断し訴えたのか。それとも、貴族社会の保守派が叩き潰しに来たのか。
「誤解なんです、父上!」
「それを縛り上げろ!」
護衛兵が踏み込み、両腕を捻り上げる。父は背を向け、「屋敷から一歩も出すな」とだけ命じた。
舌に走った激痛と鉄の味。言葉を失った瞬間、同時にすべて失った。――前世の悔恨も、転生の大志も、どろりと崩れ落ちていく。
* * *
薄暗い領地の離れ、重たい扉の内側で、俺はただ天井を見つめている。
どこで間違ったのか。
香帆を探すという執念が、結局は二度目も香帆を失わせ、舌をも失わせた。
もし前世の記憶がなければ、俺はただの伯爵家の息子として平穏に暮らし、ローゼリアとも穏やかに出会えたのだろうか――。
だが願いは泡沫。
壁の灯火の揺らぎを見つめながら、俺は自嘲の笑みを噛み殺した。
前世の栄光も後悔も今世の俺には、何ももたらしはしなかった。執着は足枷となっただけ。
前世の記憶などいらなかった……
舌を持たない口腔に、やがて乾いた血の味が広がった。
――愚かだったのは、いつの世も俺自身。
* * *
納得できないまま帰宅した俺は寝台に横たわり醒めた目で天井を睨んでいた。
香帆が俺を拒絶した──怒りと焦りを感じながら俺は今日までの自分を振り返った。
この世界のどこかに、必ず香帆がいる――そう信じた。いや、彼女が死の間際に俺を呼び寄せたのだ、と思い込んでいた。前世の滝川涼也としての記憶が、そう囁き続けたからだ。
涼也としての俺は、香帆の一途な愛を甘受しながら、派手な姉・響子の甘い毒に揺らいでいた。だが結婚を考えたのは従順な香帆だ。良妻には彼女がふさわしい、そう決め込んでいた。
その香帆を事故で失い、祭壇に掲げられた微笑む写真の前で、俺は自分の胸を鷲掴みにされる後悔を味わった。もう一度、せめて一言“すまない”と告げたい――そう願ったのは嘘ではない。
だが願いの直後、狂気の刃が俺を刺し貫き、気づけば貴族ニルカート家の嫡男ハーシェルとして転生していた。
* * *
ミゼットの存在を知った時、派手で男女の心をもてあそぶ姿は、響子の面影を見た気がした。――彼女を追えば、香帆の面影を纏ったローゼリアに辿り着いた。
事実、ローゼリア嬢の口から零れる奇妙な“異国語”は日本の片言そのもの。調べを進めるほど、彼女こそ香帆だという確信は強くなった。
香帆となら何でも出来る。侯爵令嬢である彼女は利用価値も高い。
前世の知識で商いを興し、大金を握り、この古い王制の国を日本のように“平等で便利”な国へ造り替えられる――王の座さえ視野に入る。そんな壮図を胸に、俺は彼女に迫った。だが結果は拒絶。
彼女の涙は、俺を赦すものではなかった。
「くそっ……いつまでも過去を根に持ちやがって」
言い放った矢先、父に呼びつけられた。
部屋には静謐が漂っていた。そこに憔悴した父の姿が。
「ハーシェル……お前というやつは!」
冷静沈着な父が声を荒らげるのを初めて見た。
「何か、ございましたか」
「アゼラン侯爵家から断交の書状が来た。娘君との縁談も白紙だ」
胸がざわめく前に、さらに冷たい言葉が続く。
「加えて、お前の口から“国民の平等”だの“王になる”だのと吹聴したと訴えが出ている。王政を揺るがす叛意―― 国家転覆罪だ!」
血の気が引いた。
「叛意など! 俺はただ……この国を良くしようと――」
「黙れ! ニルカート家を潰す気か。舌を抜かれても文句は言えぬぞ! 馬鹿者が!」
父の怒声……それはまるで、喉元に剣先を突きつけられたようだった。
香帆――いや、ローゼリアが俺を“危険”と判断し訴えたのか。それとも、貴族社会の保守派が叩き潰しに来たのか。
「誤解なんです、父上!」
「それを縛り上げろ!」
護衛兵が踏み込み、両腕を捻り上げる。父は背を向け、「屋敷から一歩も出すな」とだけ命じた。
舌に走った激痛と鉄の味。言葉を失った瞬間、同時にすべて失った。――前世の悔恨も、転生の大志も、どろりと崩れ落ちていく。
* * *
薄暗い領地の離れ、重たい扉の内側で、俺はただ天井を見つめている。
どこで間違ったのか。
香帆を探すという執念が、結局は二度目も香帆を失わせ、舌をも失わせた。
もし前世の記憶がなければ、俺はただの伯爵家の息子として平穏に暮らし、ローゼリアとも穏やかに出会えたのだろうか――。
だが願いは泡沫。
壁の灯火の揺らぎを見つめながら、俺は自嘲の笑みを噛み殺した。
前世の栄光も後悔も今世の俺には、何ももたらしはしなかった。執着は足枷となっただけ。
前世の記憶などいらなかった……
舌を持たない口腔に、やがて乾いた血の味が広がった。
――愚かだったのは、いつの世も俺自身。
241
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても
朝日みらい
恋愛
25日に生まれた娘・アメリアは、子爵家に生まれながらも、地味で控えめな性格ゆえ家族から冷遇されていた。
一方、義妹セリーナは華やかで美しく、家の期待を一身に受ける存在。
アメリアはいつも彼女の衣裳合わせや楽譜の稽古相手として働かされていたが、それでも笑顔を絶やさない。
彼女の唯一の誇りは、亡き母から贈られた“25の暦石”の首飾り。
「25に生まれた子は、運命を変える力を持つ」と母に言われた言葉を胸にしまい込みながら――。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている
ふわふわ
恋愛
名門でも、流行でもない。
選ばなかったからこそ、残った場所がある。
街の片隅で、小さな工房を営む職人シオンと、帳簿と現実を見つめ続けるリリカ。
派手な宣伝も、無理な拡大もせず、ただ「ちゃんと作る」ことを選び続けてきた二人の工房は、いつの間にか人々の日常の一部になっていた。
しかし、再開発と条件変更という現実が、その場所を静かに揺さぶる。
移るか、変えるか、終わらせるか――
迫られる選択の中で、二人が選んだのは「何も変えない」という、最も難しい決断だった。
特別にならなくていい。
成功と呼ばれなくてもいい。
ただ、今日も続いていることに意味がある。
これは、成り上がらない。
ざまぁもしない。
けれど確かに「生き方」を選びきった人たちの物語。
終わらせなかったからこそ辿り着いた、
静かで、確かな完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる