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第二章
第二章 ~『領地の荒れ地』~
しおりを挟む屋敷の資料室。壁一面を埋める書棚には、領地管理や歴史に関する分厚い本がぎっしりと詰まっている。
その中央、重厚な木製の机の上には、大きな地図が広げられていた。
エリスはその地図にかぶりつくように顔を寄せ、じーっと真剣な顔で見つめている。彼女の真剣な眼差しに興味をひかれ、クラウスはそっと問いかける。
「気になることでもあったのか?」
「シュトラール辺境領には荒れ地が多いのですね……」
エリスは地図のあちこちに散らばる茶色い未開拓地を指でなぞる。その言葉に、クラウスは微笑を浮かべる。
「エリスが領地に興味を示すとは意外だったな」
「もちろん、気になりますよ。だってここは私の嫁ぎ先ですから」
「そう思ってもらえるなら嬉しいな……」
きっぱりと言い切るエリスに、クラウスは少し照れくさそうに笑う。だが彼女はそんな様子には気づかず、さらに勢いづく。
「だから領地のことを勉強したくて……そしたらきっとクラウス様の力にもなれると思うんです。なにせ私は『やればできる子ですから』。お父様からも耳にタコができるくらいそのような評価を頂きました」
「…………」
クラウスは無言のまま、そっと顔を伏せる。
(それって、あまり褒め言葉じゃない気がするんだが……)
しかし、わざわざ口にはしない。エリスのやる気を削ぎたくはないからだ。彼女は地図に向けていた眼差しに光を戻すと、ぽんと手を叩く。
「ふふふ……いいことを思いつきました! この荒れ地を開拓して農地にするのはどうでしょうか?」
エリスの提案に、クラウスは腕を組む。そして感心したように頷いた。
「素晴らしい提案だが、実はな、過去にも試みたことがあるんだ……だが結果は失敗に終わってしまった……」
「えっ? どうしてですか?」
「人手が足りなかったんだ。シュトラール辺境領は帝国との国境沿いだ。自然と戦いに自信のある猛者ばかりが集まる。農夫になりたいと望む者がいなかったのだ」
クラウスが重々しく語ると、エリスは感心したように「ふむふむ」と頷く。
「農具があっても、それを使う人がいないと、畑は耕せませんもんね……」
「それに、この辺りは魔物が多い。倒して手に入る魔石は、麦よりも高く売れる」
「わざわざ非効率なお金の稼ぎ方は選ばないわけですね……」
「とはいえ、本当は農業をもっと活発にして、自給自足を推し進めたいとは思っている。なにせ現状は隣の領地から言い値で食料を買っているからな。輸送費がかさむ分、どうしても値段が高くなるし、足元も見られている」
ただ人手不足の問題を解決する手段はない。困難な現状に直面し、エリスは僅かに俯くが、すぐにぱちんと手を打った。
「そういえば、倉庫に農具の山がありましたよね!」
「あれは役立たなくなった魔道具だな」
「壊れているのですか?」
「いや、機能自体は生きてる。ただ誤動作が酷くてな。例えば鍬なら重くなったり、軽くなったり重量が変化するんだ」
「それは……普通の鍬よりタチが悪いですね」
「便利な道具さえあれば、農地開発が活発になると思って集めたんだがな……」
クラウスはふぅっとため息をつく。その顔には、うまくいかなかった無念が滲んでいる。エリスはそんな彼の横顔を見つめ、ふっと顎に手を当てて考え込む。
「私、試してみたいことがあるんです。クラウス様の悩みも解決できるかもしれません」
「本当か!」
「私が冗談を口にしたことがありますか?」
「あると思うが……」
「と、とにかく、私と倉庫に行きましょう! そこで問題をスパッと解決してみせますから」
クラウスは無言で頷くと、エリスと並んで歩き出す。
屋敷を抜け、裏庭の倉庫へ辿り着くと、重い扉を開いて、農具の山の前まで移動する。
錆びた鍬に種まき機、収穫鎌など、どれもこれも、使われることを諦めたかのように、埃を被って鎮座している。
「うわぁ……見事にガラクタばかりですね」
「まぁ、あんまり否定できないな」
苦笑するクラウスを横目に、エリスは農具の山に近づく。
「私、考えたんです。人手が足りなくて困っているなら、人がいらない魔道具に進化させればいいって……」
エリスはニコニコしながら鍬に手を置く。すると、次の瞬間。鈍い音を立てて、鍬が震える。そして、まるで意思を持ったかのように、ぎこちなく動き始めた。
「自動で動く農具か……」
「どうです? これなら農夫がいなくても畑を耕せますよ」
「あ、ああ……」
クラウスはゴクリと唾を飲み込む。目の前の奇跡に言葉を失っていた。
「凄いアイデアだ。これなら荒れた土地の開墾にも困らない」
「でしょう?」
「他の農具でも同じことができるのか?」
「なら試してみましょう」
エリスはニヤリと笑いながら、次なるターゲットである種まき用の魔道具に手を伸ばす。ぽん、と軽く触れた瞬間、カラカラと音を立てながら自動で種を撒き始めた。
「おおっ!」
クラウスは思わず身を乗り出す。
「まだまだありますよ!」
エリスはさらに、錆びた鎌を手に取る。それも触れた瞬間、ギラリと光を反射させ、刃が自動で空を切り始めた。
「こ、これ、すごくないか?」
「えっへん!」
エリスは自慢するように満面の笑みを浮かべる。クラウスは誇るだけの偉業だと、賞賛を重ねる。
「これらをうまく使えば……他領から麦を買わなくて済むかもしれない。領民の生活も楽になるな」
「そうですとも! 麦が安くなれば、パンもお手頃になります。みんなにっこりですよ!」
「その通り、さすがエリスだ」
「もっと褒めてください」
「たぶん、百回褒めても足りないな」
エリスは小さく胸を張る。その姿に、クラウスは苦笑しながらも、どこか誇らしげに彼女を見つめるのだった。
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