罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右

文字の大きさ
15 / 38
第二章

第二章 ~『ハーゲンの断罪』~

しおりを挟む

 ライナス襲撃から数日が経過した頃。雲ひとつない晴天の下、クラウスとエリスはグランベルク伯爵邸を訪れていた。

 門の前に立っても、誰一人姿を見せない。かつてなら、整列した使用人たちが直立不動で出迎えていたはずの立派な門構え。だが今は、蔦が絡み始めた門扉が軋む音を立てるだけだった。

「ずいぶんと静かですね……」

 エリスが小さく呟く。クラウスは頷くと、躊躇いもなく門を押し開け、屋敷の敷地に足を踏み入れる。

 玄関の扉も、かろうじて閉じているだけで鍵は掛かっていない。まるで、もはや守るものが何もないことを物語っているかのようだ。

「誰かいませんかー」

 扉を開けて声をかけるが反応はない。仕方なく、二人は廊下を進む。

 靴音が静かに響く廊下では、絨毯の端が捲れ、壁には埃が積もり、窓の隙間からは枯葉が吹き込んでいる。人の気配が完全に消えた屋敷の中は、静寂というより、もはや廃墟に近い。

「これは……予想以上か……」
「この現状に心当たりがあるのですか?」
「まぁな」

 クラウスは階段を上り、かつて重厚な権威の象徴であった執務室の扉をノックする。返答はないが、彼はそのまま扉を開く。

「……なんだ貴様らか」

 扉を開いた先では、ハーゲンが机にうつ伏せるように座っていた。

 衣服は乱れ、顔色は青白い。何日も眠っていないのか、頬はこけ、目の下には深い隈ができていた。

「随分と酷い有様だな」
「ふん、白々しい。貴様らがやったことだろうが!」

 叫ぶ声はかすれ、力はない。怒りよりも、怯えと疑念が滲んでいる。

「私はただ正義の告発をしただけだ」

 ライナスの証言を元に、クラウスはハーゲンの罪を公の場で暴いた。暗示の魔術を使って、人を殺めようとした卑劣な精神性が明るみになり、彼の評判は地の底まで落ちた。

 貴族は人心を掌握し、領地を治めるのが仕事だ。評判を失った彼は、貴族として先がないと扱われ、窮地に立たされていたのだ。

「貴様のせいで、商会から契約を切られ、資産も差し押さえられた! 給金も払えず、あの役立たずの使用人どもも一人残らず逃げだしてしまった!」

 絶望するハーゲンに、クラウスは無言で懐から一枚の書状を取り出す。

「……それは?」
「王家からの勅旨だ。君の爵位を剥奪し、廃嫡処分とする旨が記されている。今後、領地は私が管理する……だから、出ていってもらえるか?」
「ふ、ふざけるな! この屋敷も民もすべて儂の所有物だ! 誰にも渡すものか!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がり、ハーゲンは吠えた。顔を紅潮させ、両手を広げて空気を掴むように振る。

 そして次の瞬間、ハーゲンの全身から、ねっとりとした黒い魔力が噴き上がる。暴力的な波動が放たれ、部屋の空気が一瞬で重くなる。壁に飾られていた絵画が音を立てて落ちはじめた。

「私に勝てると思っているのか?」
「どうせ逃げても破滅なら、貴様らも道連れだ!」

 ハーゲンは指先から赤い光を放つ。見る者の意識に侵食する暗示の魔術だ。

 だがエリスが前に出て、掌で魔術を受け止めると、次の瞬間には霧のように散ってしまう。

「なっ!」
「私は魔術を無力化できますので、その攻撃は無駄です」
「うぐっ」

 ハーゲンが一歩退いたその瞬間、クラウスが素早く踏み込む。

 訓練された体がひと跳びで間合いを詰め、逃げる隙も与えずに、腕をひねりあげて床に押し付ける。

「ぐあああああっ……!」

 床に組み伏せられたハーゲンは必死にもがくが、クラウスの力の前では微動だにできない。

「なぜだ! なぜ貴様は儂にここまで容赦ないのだっ!」

 涙と汗で濡れた顔を歪め、ハーゲンが叫ぶ。だがクラウスの返答は、低く、静かなものだった。

「普段ならここまでやらん。だが、お前はエリスの命を狙ったからな……私は、私の大切な人を傷つけようとした敵を、絶対に許さない」

 その目には深い怒りと覚悟が宿っている。そこで初めて、ハーゲンは手を出すべきでない相手だったと後悔する。

「ク、クソッ……クソォォォォ!」

 怒声と共に、ハーゲンの力が抜ける。その心がようやく敗北を受け入れたかのように、部屋の中で反響した声が小さくなっていくのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした

きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。 顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。 しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~

星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。 しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。 これで私の人生も終わり…かと思いきや。 「ちょっと待った!!」 剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。 え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか? 国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。 虐げられた日々はもう終わり! 私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される

希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。 しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。 全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。 王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。 だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

処理中です...