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第一章
5・薄氷(うすらい)の君
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どかどかと家に入り込んできた客に、女中は「どなたでしょうか?」と首を傾げた。
「薄氷と申します。御主人にお取次ぎを」
「あいにく、主人は出かけておりまして」
「では代わりのものは」
「はぁ……」
少々お待ちください、とのんびりと言って奥へ入っていく。
奥様、おくさまあ、と大声で叫んで、品のない、と銀髪の男は心の中で舌打ちした。
(一体、どうなっているんだ)
仮にもこの家の娘の婚姻だというのに、なぜ誰も家にいないどころか、血のつながった父親すら留守なのだ。
「奥様ぁ、なんかお客様ですぅ」
「誰だい?追い返しなさいよ」
「でも、なんかご立派なお方なんです、軍人さんで」
「なんかご立派って。名前は?」
「さあ……?言ってたような、言わなかったような」
ちょっとぼんやりした所がある女中に苛立った義母は「はっ」と呆れた。
「全く、こっちは娘が結婚式で忙しいっていうのに、なにをのこにことやって来てるのかねえ。まあいい、追い返してしまおう」
軍人というなら、夫の部下に違いない。
面倒くさいもんだよ、と立ち上がり、本来なら義娘のもののはずの衣装や宝石をこれ見よがしにつけて、玄関へと向かった。
「はいはい、なんでございましょうかねぇ」
そういって出て来た女に、銀髪の男は声を失った。
すでにしわだらけの顔をこってりとおしろいを塗りたくり、けばけばしい化粧で口紅はまるでいま殺した動物の生き血をすすったかのような赤。
どうすればそこまで下品になれるのかと呆れたくなったが、その女が身に着けていたものを見た瞬間、冷たい怒りが男に沸いた。
自分が妻になる女性の為に選んだはずの着物や装飾の数々を、目の前の女が身に着けていたからだ。
「その衣装はどうされました?」
「ああ、これかい?素敵だろう、私によく似合ってるでしょう?」
なにを言っているんだ、今すぐそれを脱げ。
そう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
「その衣装はどうされました?」
同じ質問を繰り返すと、目の前の女は男に尋ねた。
「あらあ、女性が美しく着飾っている時は、まずはお美しいと褒めるべきなのよ、若いお兄さ……」
そこまで言ってようやく女は目の前の男が信じられないほどの美青年であることに気づく。
「あ、あら。まあ、いい男じゃないの。どうしたの?あたしの美しさに目がくらんだのかい?」
「その衣装はどうされたのか、と尋ねている」
同じ事を三度繰り返され、女は表情を歪めて笑った。
「だから言っただろうお兄さん。まずは女性は」
「どうしたのかと聞いている」
とうとう言葉から、形式だけの気遣いすら消えた。
「な、なによ。あたしのものをあたしが着てなにがわるい」
「あなたのものではない!」
そう言った瞬間、男の全身から怒りの気が見えたかのようだった。
「ひっ」
「それは私が、私の花嫁の為に用意したものだ。老婆に着せる為ではない!」
老婆と怒鳴られ、自分の事と判ると発狂し始めた。
「お前!何様のつもりだい!いいから私の屋敷からとっとと出て行きな!図々しい!」
「図々しいのは貴様の方だ」
冷たく銀髪の青年が言い放つ。
「この屋敷は元々、軍のものであり、蘇芳家は軍に所属しているから使えているにすぎないにも関わらず調子に乗るな」
「な、な、なんですって!」
「しかも軍属の妻でありながら、誰が訪ねているのかすらわからぬとは」
流石に銀髪の男も不機嫌を隠さなくなった。
その苛立ちに、女の方が逆に騒ぎ立てた。
「ああああああ!いいから出て行けよ!お前なんか知らない!ワタシの屋敷にぃいいい!」
「一体なにごとだ!」
そう叫んで入って来たのは蘇芳家の主人、つまりはキイロの父だった。
「出かけて戻ればなにごとだ騒がしい、一体どういう事だ!我が家で騒々しいのは……」
そう怒鳴りながら入ってきて、目の前の青年に青ざめた。
「う、う、う、薄氷さま……」
「薄氷と申します。御主人にお取次ぎを」
「あいにく、主人は出かけておりまして」
「では代わりのものは」
「はぁ……」
少々お待ちください、とのんびりと言って奥へ入っていく。
奥様、おくさまあ、と大声で叫んで、品のない、と銀髪の男は心の中で舌打ちした。
(一体、どうなっているんだ)
仮にもこの家の娘の婚姻だというのに、なぜ誰も家にいないどころか、血のつながった父親すら留守なのだ。
「奥様ぁ、なんかお客様ですぅ」
「誰だい?追い返しなさいよ」
「でも、なんかご立派なお方なんです、軍人さんで」
「なんかご立派って。名前は?」
「さあ……?言ってたような、言わなかったような」
ちょっとぼんやりした所がある女中に苛立った義母は「はっ」と呆れた。
「全く、こっちは娘が結婚式で忙しいっていうのに、なにをのこにことやって来てるのかねえ。まあいい、追い返してしまおう」
軍人というなら、夫の部下に違いない。
面倒くさいもんだよ、と立ち上がり、本来なら義娘のもののはずの衣装や宝石をこれ見よがしにつけて、玄関へと向かった。
「はいはい、なんでございましょうかねぇ」
そういって出て来た女に、銀髪の男は声を失った。
すでにしわだらけの顔をこってりとおしろいを塗りたくり、けばけばしい化粧で口紅はまるでいま殺した動物の生き血をすすったかのような赤。
どうすればそこまで下品になれるのかと呆れたくなったが、その女が身に着けていたものを見た瞬間、冷たい怒りが男に沸いた。
自分が妻になる女性の為に選んだはずの着物や装飾の数々を、目の前の女が身に着けていたからだ。
「その衣装はどうされました?」
「ああ、これかい?素敵だろう、私によく似合ってるでしょう?」
なにを言っているんだ、今すぐそれを脱げ。
そう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
「その衣装はどうされました?」
同じ質問を繰り返すと、目の前の女は男に尋ねた。
「あらあ、女性が美しく着飾っている時は、まずはお美しいと褒めるべきなのよ、若いお兄さ……」
そこまで言ってようやく女は目の前の男が信じられないほどの美青年であることに気づく。
「あ、あら。まあ、いい男じゃないの。どうしたの?あたしの美しさに目がくらんだのかい?」
「その衣装はどうされたのか、と尋ねている」
同じ事を三度繰り返され、女は表情を歪めて笑った。
「だから言っただろうお兄さん。まずは女性は」
「どうしたのかと聞いている」
とうとう言葉から、形式だけの気遣いすら消えた。
「な、なによ。あたしのものをあたしが着てなにがわるい」
「あなたのものではない!」
そう言った瞬間、男の全身から怒りの気が見えたかのようだった。
「ひっ」
「それは私が、私の花嫁の為に用意したものだ。老婆に着せる為ではない!」
老婆と怒鳴られ、自分の事と判ると発狂し始めた。
「お前!何様のつもりだい!いいから私の屋敷からとっとと出て行きな!図々しい!」
「図々しいのは貴様の方だ」
冷たく銀髪の青年が言い放つ。
「この屋敷は元々、軍のものであり、蘇芳家は軍に所属しているから使えているにすぎないにも関わらず調子に乗るな」
「な、な、なんですって!」
「しかも軍属の妻でありながら、誰が訪ねているのかすらわからぬとは」
流石に銀髪の男も不機嫌を隠さなくなった。
その苛立ちに、女の方が逆に騒ぎ立てた。
「ああああああ!いいから出て行けよ!お前なんか知らない!ワタシの屋敷にぃいいい!」
「一体なにごとだ!」
そう叫んで入って来たのは蘇芳家の主人、つまりはキイロの父だった。
「出かけて戻ればなにごとだ騒がしい、一体どういう事だ!我が家で騒々しいのは……」
そう怒鳴りながら入ってきて、目の前の青年に青ざめた。
「う、う、う、薄氷さま……」
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