31 / 101
第五章
31・子供の名前
しおりを挟む
食事だってろくなものじゃなかったし、布団はぺったんこのかび臭い布団。
着物も何年同じものを着せられたか。
「こんなに過ごしやすかったら、今からでも働けそう」
「あなたの仕事は、いまはその子供と一緒に居る事です」
「いま、居ますよ?」
「そう。その『今』をずっと続ければ良いのです。たまには夫婦で旅行や買い物にでも」
旅行も買い物も、キイロはろくにしたことがない。
「いいですね旅行。わたし、いつか梅花と一緒に行こうって約束していて」
「じゃあ、あなたがお友達と旅行に出かけたらそのあとに私と行きましょう。折角約束しているのなら、そちらを優先しないと。お友達に私が嫌われてしまう」
「嫌われるなんて。あんなに梅花は喜んでいるんですよ?」
梅花の家は商家であったが、なにかトラブルに巻き込まれて商売も家も畳むことになった。
だが、朧のおかげでその商売が再開できるのなら、梅花はどんなに喜ぶだろう。
「商売の話なら、うまくいくでしょう。八塩については働き者という話は、以前から聞いていましたし。我々と一緒にできる商売もあるでしょう」
そしたら梅花は、また以前のように大きなおうちで過ごせるのかもしれない。
「梅花はそっちのほうが似合っているので、もすそうなったら私も嬉しいです」
「あなたが喜ぶことならなんでもしますよ」
朧にそう言われ、キイロは頷きはしたものの、心臓はばくばくと音を立てる。
(こ、こんな立場の方がどうして私の夫に?)
昔、出逢っていたらしいが、その記憶がないキイロからしたら全く意味が分からない。
「だっ」
子供が起き上り、顔をあげた。
「あ、あー」
何度もキイロの袖を引っ張るので「どうしたの?」と尋ねると、子供は急にしゃきっと背を伸ばした。
「おきゃく」
「ん?」
「おきゃく。こんいろの、りゅうがくる」
「喋った!」
いきなり喋った子供に、キイロは驚いた。
「えっ、なんで?っていうかさっき急に大きくなったのも、おかしいなって思ってた」
そういえば更に、もうちょっと大きくなっている。
外見から見たら四つくらいか。
(えぇええ?待って待って、昨日までまだそんな)
やっと歩けるくらいの大きさだったのに、なんでいきなり?とキイロが困惑すると、朧が困ったように笑った。
「この場所にいるから、本来の姿に戻りつつあるのです」
「ほ、本来の姿?」
「ええ。このお方は、本来、こんなに小さな方ではなかった。暫くお休みされ、少しずつ、体力をお戻しになるはずだったのです。失礼します」
そう言うと、朧は子供の前で膝をついた。
「お喋りはできますか?」
朧が尋ねるとぷいっとそっぽをむいた。
「どうやらわたしでは不満のようです」
「あら」
キイロは笑って、子供に尋ねた。
「どうしたの?助けてくれたお兄さんよ?」
「助けたのはこれ」
そういってキイロの袖を引っ張る。
(成程、助けられた記憶はしっかりあるということか)
朧は納得した。
自分は好かれてはいないようだが、嫌われるまでもないらしい。
「じゃあ、お名前とか言える?」
こんなに大きくなったのなら、名前くらいは言えるかな、とキイロは軽い気持ちだった。
「リン」
「りん?」
「りん」
「そっか、りんちゃんか。可愛い名前ね」
キイロがそう言うと、ぎゅっとしがみついた。
(名前、を自ら名乗ったと?しかもその名前は)
朧がそんな風に困惑していると、子供、りんは「来た」と一言告げた。
廊下を歩く音がして、「やあ」と部屋の前で声がかかった。
朧には声で、それがだれか判った。
「突然どうしました、伯爵」
「なに、私の娘の顔を見たくてね」
やはり、と朧は思った。
(こんいろのりゅう、とは藍銅伯爵の事か)
そして、きっと面白半分で顔を突込みにきたに違いない事も、朧には判っていた。
「どうぞお入りください」
そしてキイロに向き合った。
「勝手に手続きをしてしまい、申し訳ありません。あなたの養父になられた藍銅伯爵が遊びに来ました」
着物も何年同じものを着せられたか。
「こんなに過ごしやすかったら、今からでも働けそう」
「あなたの仕事は、いまはその子供と一緒に居る事です」
「いま、居ますよ?」
「そう。その『今』をずっと続ければ良いのです。たまには夫婦で旅行や買い物にでも」
旅行も買い物も、キイロはろくにしたことがない。
「いいですね旅行。わたし、いつか梅花と一緒に行こうって約束していて」
「じゃあ、あなたがお友達と旅行に出かけたらそのあとに私と行きましょう。折角約束しているのなら、そちらを優先しないと。お友達に私が嫌われてしまう」
「嫌われるなんて。あんなに梅花は喜んでいるんですよ?」
梅花の家は商家であったが、なにかトラブルに巻き込まれて商売も家も畳むことになった。
だが、朧のおかげでその商売が再開できるのなら、梅花はどんなに喜ぶだろう。
「商売の話なら、うまくいくでしょう。八塩については働き者という話は、以前から聞いていましたし。我々と一緒にできる商売もあるでしょう」
そしたら梅花は、また以前のように大きなおうちで過ごせるのかもしれない。
「梅花はそっちのほうが似合っているので、もすそうなったら私も嬉しいです」
「あなたが喜ぶことならなんでもしますよ」
朧にそう言われ、キイロは頷きはしたものの、心臓はばくばくと音を立てる。
(こ、こんな立場の方がどうして私の夫に?)
昔、出逢っていたらしいが、その記憶がないキイロからしたら全く意味が分からない。
「だっ」
子供が起き上り、顔をあげた。
「あ、あー」
何度もキイロの袖を引っ張るので「どうしたの?」と尋ねると、子供は急にしゃきっと背を伸ばした。
「おきゃく」
「ん?」
「おきゃく。こんいろの、りゅうがくる」
「喋った!」
いきなり喋った子供に、キイロは驚いた。
「えっ、なんで?っていうかさっき急に大きくなったのも、おかしいなって思ってた」
そういえば更に、もうちょっと大きくなっている。
外見から見たら四つくらいか。
(えぇええ?待って待って、昨日までまだそんな)
やっと歩けるくらいの大きさだったのに、なんでいきなり?とキイロが困惑すると、朧が困ったように笑った。
「この場所にいるから、本来の姿に戻りつつあるのです」
「ほ、本来の姿?」
「ええ。このお方は、本来、こんなに小さな方ではなかった。暫くお休みされ、少しずつ、体力をお戻しになるはずだったのです。失礼します」
そう言うと、朧は子供の前で膝をついた。
「お喋りはできますか?」
朧が尋ねるとぷいっとそっぽをむいた。
「どうやらわたしでは不満のようです」
「あら」
キイロは笑って、子供に尋ねた。
「どうしたの?助けてくれたお兄さんよ?」
「助けたのはこれ」
そういってキイロの袖を引っ張る。
(成程、助けられた記憶はしっかりあるということか)
朧は納得した。
自分は好かれてはいないようだが、嫌われるまでもないらしい。
「じゃあ、お名前とか言える?」
こんなに大きくなったのなら、名前くらいは言えるかな、とキイロは軽い気持ちだった。
「リン」
「りん?」
「りん」
「そっか、りんちゃんか。可愛い名前ね」
キイロがそう言うと、ぎゅっとしがみついた。
(名前、を自ら名乗ったと?しかもその名前は)
朧がそんな風に困惑していると、子供、りんは「来た」と一言告げた。
廊下を歩く音がして、「やあ」と部屋の前で声がかかった。
朧には声で、それがだれか判った。
「突然どうしました、伯爵」
「なに、私の娘の顔を見たくてね」
やはり、と朧は思った。
(こんいろのりゅう、とは藍銅伯爵の事か)
そして、きっと面白半分で顔を突込みにきたに違いない事も、朧には判っていた。
「どうぞお入りください」
そしてキイロに向き合った。
「勝手に手続きをしてしまい、申し訳ありません。あなたの養父になられた藍銅伯爵が遊びに来ました」
66
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される
希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。
すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。
その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。
乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます
タマ マコト
ファンタジー
社畜のように他人の期待に応える人生を送り、事故で命を落とした朝霧玲奈は、かつて遊んでいた乙女ゲームの世界に“不遇ヒロイン”として転生する。
努力しても報われず、最終的に追放される役割を知った彼女は、誰かに選ばれる物語を拒否し、自分の意志で生きることを決意する。
さて、物語はどう変化するのか……。
失恋までが初恋です。
あんど もあ
ファンタジー
私の初恋はお兄様。お兄様は、私が五歳の時にご両親を亡くして我が家にやって来て私のお兄様になってくださった方。私は三歳年上の王子様のようなお兄様に一目ぼれでした。それから十年。お兄様にはルシンダ様と言う婚約者が、私にも婚約者らしき者がいますが、初恋は続行中ですの。
そんなマルティーナのお話。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる