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第七章
48・あなたのために
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「なに、古くからの悪友というやつだよ」
「お友達ですか」
「まあね。しかし学生時代と違い、彼には彼の、わたしにはわたしの立場がある」
「そう、なんですね」
なんだか複雑そうだ、とキイロは思った。
「表立っては角が立つ。そういう場合にこういった場所はとても役に立つ。ダンスしながらなにを話すか、なんて聞き耳をたててもそう詳しくは話せない、だから皆油断する」
「油断?」
「そう油断」
そういって藍銅伯爵はさっとターンを決めた。
キイロもつられてちゃんとついて行けた。
わあっとちょっとした拍手も起こった。
「さ、これでみんなこっちに気が集まる。彼らの事は忘れる。ダンスはこうして使うものさ」
「……なにか、大変なことをお話になっていたんですね」
さっきの夫婦との会話はなんてことのないものだった。
でもきっと、悪友とまで言うなら、なにか繋がりが彼らの中にあるのだ、とキイロは判った。
「そう、大変な事。でも『ぼくら』にはあれで充分。彼はこの先、こっちと敵対しない。おかげで我々はこの先も友人でいられるというわけさ」
政治だ、とキイロは気づいた。
「難しいお話です」
「なに、年を取るまでにはできるようになる。だから朧も黙って見ているのさ」
楽しそうに藍銅伯爵が「ホラ」と笑った。
「全く、あっちもよくできた子だ。本当は君と誰かがダンスをするなんて絶対に許せないのに、我慢してくれているのだから」
さて、と藍銅伯爵はキイロに言った。
「今日のわたしの仕事はほぼ終わったね。君の夫に君を返そう」
手を取って、藍銅伯爵はキイロを連れて朧の元へ戻った。
「さ、物凄い顔で見ていないで、君へ奥方を返そう」
「お気遣いありがとうございます」
「はは、言葉と顔がまったく一致していないな。全く、君がそこまで恋に夢中になるとは思わなかったよ」
「申し訳ありません。では、次は私と踊ってくださいますか」
朧が深々とキイロに頭を下げ、手を差し出した。
キイロは「勿論です」と手を出すと、朧はぎゅうっとキイロの手を握りしめた。
「朧様?」
ちょっと強引に、ダンスフロアの真ん中へと踊りながら進んで行く。
「さっきのあなたは素敵でした」
「さっき?藍銅伯爵と、ですか?」
「ええ。可愛らしくて」
「そ、そんな。ステップは下手くそだし、何度伯爵の足を踏みそうになったか」
「踏んでやったらよかったのに」
むっとして言う朧に、キイロは苦笑した。
「またそんな意地悪を」
「意地悪な気持ちにさせるのはあなた相手だからです。こんな気持ちになったことはない」
朧はこれまで、数えきれない程女性とダンスを踊って来た。
それは自ら望んだことではなかったが、付き合いだったり、断れない見合いのようなものだったり、あとは上司の関係者であったり。
豪華なドレスも、いくらでも見たのにそれらを全く覚えていない。
「朧様は、ダンスなんて飽きる程じゃないのですか?」
無邪気にキイロが尋ねると、朧は「ええ」と頷く。
「どんなダンスも退屈でした。化粧や香水の匂いが踊る度に不快でしたし」
戦場に居る事が多い朧からしたら、こんな場所で呑気にダンスに興じる女性らには腹が立つことがあっても、嬉しいと思う事はなかった。
「戦場の匂いとは全然違う。こんな場所で笑い転げる連中の為に私は戦場にいるのかと」
「……朧さま」
そうか、とキイロも気づいた。
朧にとっての職場は戦場で、こんな華やかな場所には複雑な思いがあるのだろうと。
「でも、いま、わかったんです」
「なにがですか?」
「あなたが踊っているのを見て、あなたが笑って踊っているのなら。私は戦場へ向かう意義がある、と」
キイロは顔をあげて朧を見つめた。
朧は続けた。
「全てあなたの為だけに生きて来たつもりだった。でも、それが本当だったと判りました」
切なそうな朧の表情に、キイロは思わず朧の手をぎゅっと握った。
「お友達ですか」
「まあね。しかし学生時代と違い、彼には彼の、わたしにはわたしの立場がある」
「そう、なんですね」
なんだか複雑そうだ、とキイロは思った。
「表立っては角が立つ。そういう場合にこういった場所はとても役に立つ。ダンスしながらなにを話すか、なんて聞き耳をたててもそう詳しくは話せない、だから皆油断する」
「油断?」
「そう油断」
そういって藍銅伯爵はさっとターンを決めた。
キイロもつられてちゃんとついて行けた。
わあっとちょっとした拍手も起こった。
「さ、これでみんなこっちに気が集まる。彼らの事は忘れる。ダンスはこうして使うものさ」
「……なにか、大変なことをお話になっていたんですね」
さっきの夫婦との会話はなんてことのないものだった。
でもきっと、悪友とまで言うなら、なにか繋がりが彼らの中にあるのだ、とキイロは判った。
「そう、大変な事。でも『ぼくら』にはあれで充分。彼はこの先、こっちと敵対しない。おかげで我々はこの先も友人でいられるというわけさ」
政治だ、とキイロは気づいた。
「難しいお話です」
「なに、年を取るまでにはできるようになる。だから朧も黙って見ているのさ」
楽しそうに藍銅伯爵が「ホラ」と笑った。
「全く、あっちもよくできた子だ。本当は君と誰かがダンスをするなんて絶対に許せないのに、我慢してくれているのだから」
さて、と藍銅伯爵はキイロに言った。
「今日のわたしの仕事はほぼ終わったね。君の夫に君を返そう」
手を取って、藍銅伯爵はキイロを連れて朧の元へ戻った。
「さ、物凄い顔で見ていないで、君へ奥方を返そう」
「お気遣いありがとうございます」
「はは、言葉と顔がまったく一致していないな。全く、君がそこまで恋に夢中になるとは思わなかったよ」
「申し訳ありません。では、次は私と踊ってくださいますか」
朧が深々とキイロに頭を下げ、手を差し出した。
キイロは「勿論です」と手を出すと、朧はぎゅうっとキイロの手を握りしめた。
「朧様?」
ちょっと強引に、ダンスフロアの真ん中へと踊りながら進んで行く。
「さっきのあなたは素敵でした」
「さっき?藍銅伯爵と、ですか?」
「ええ。可愛らしくて」
「そ、そんな。ステップは下手くそだし、何度伯爵の足を踏みそうになったか」
「踏んでやったらよかったのに」
むっとして言う朧に、キイロは苦笑した。
「またそんな意地悪を」
「意地悪な気持ちにさせるのはあなた相手だからです。こんな気持ちになったことはない」
朧はこれまで、数えきれない程女性とダンスを踊って来た。
それは自ら望んだことではなかったが、付き合いだったり、断れない見合いのようなものだったり、あとは上司の関係者であったり。
豪華なドレスも、いくらでも見たのにそれらを全く覚えていない。
「朧様は、ダンスなんて飽きる程じゃないのですか?」
無邪気にキイロが尋ねると、朧は「ええ」と頷く。
「どんなダンスも退屈でした。化粧や香水の匂いが踊る度に不快でしたし」
戦場に居る事が多い朧からしたら、こんな場所で呑気にダンスに興じる女性らには腹が立つことがあっても、嬉しいと思う事はなかった。
「戦場の匂いとは全然違う。こんな場所で笑い転げる連中の為に私は戦場にいるのかと」
「……朧さま」
そうか、とキイロも気づいた。
朧にとっての職場は戦場で、こんな華やかな場所には複雑な思いがあるのだろうと。
「でも、いま、わかったんです」
「なにがですか?」
「あなたが踊っているのを見て、あなたが笑って踊っているのなら。私は戦場へ向かう意義がある、と」
キイロは顔をあげて朧を見つめた。
朧は続けた。
「全てあなたの為だけに生きて来たつもりだった。でも、それが本当だったと判りました」
切なそうな朧の表情に、キイロは思わず朧の手をぎゅっと握った。
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