60 / 101
第九章
60・潤朱家
しおりを挟む
「どうして失敗するのよ!」
潤朱家では、娘である思が叫んでいた。
「仕方がないだろう。昔から朧君の意思は強かったし、子供の頃なら懐柔もできると思ったが、いまとなっては妻を持った身だ」
「まだ結婚してないでしょう!」
叫ぶ思だが、目の前の男、思の兄は首を横に振った。
「いい加減余計なことはやめなさい思。似たような男を探してやる」
「嫌よ!なんのためにわたしがずっと」
「思。別に我々はそこまででなくても良いのだ。薄氷家はそもそもが陛下とも近く、この近年は朧の活躍でますます力を増している。十年前ならともかく、いまはもう追いつけはしないのだよ」
それに、と思の兄は言った。
「橡局長が関わっているとなると、これはもう関わってはならない案件だ」
「どうしてよ!橡のおじさまなら」
「判っていないな。下手したら我が家は逆賊だぞ」
「逆賊……?」
「とにかく、関わるのは辞めなさい。お前は家を守るどころか、家を滅ぼしかねん」
そう言われて、思はかっとなって「もういいです!」と出て行った。
思の兄はため息をつく。
「どうしますか、兄様。姉さまは多分、言う事を聞きませんよ」
黙って聞いていた思の弟がそう言うと、兄も「そうだな」と呟く。
「早急にあれを海外か、もしくはもっと厳しい女学校に入れるしかないだろうな。このままではとんでもない事に巻き込まれる。それに」
「それに?」
「こっちは朧に睨まれたくない。わかるだろ?あいつが感情的になるなんて妻以外のことではありえないんだからな」
「そんなにも朧様は?」
「昔からずっとだ。探し続けていた、憧れの女性なんだよ」
「じゃあどうして、こんなにも時間がかかったんでしょう?もっと早く婚約でもなさっていたら、姉さまもへんな希望を持ったりしなかったでしょうに」
「複雑な事情があったらしい。彼女の情報は巧妙に隠されていて、あれも探すのに苦労した、と言っていた。なにせ軍に入っても探せずに、さすがにおかしいと思って本腰を入れたと」
「え、待ってください。でしたら朧様は、奥様を探すために軍に?」
「ああ。そもそも薄氷の一族がわざわざ危険の多い軍で、しかも戦線にも向かうなんてありえないだろう?」
「それはおかしいと思っていました」
薄氷の一族は大抵が医師か政治家で、軍はあくまでお飾りの肩書くらいしか所属はなかった。
朧は自ら現場で動き、そのおかげで若くても絶大な支持を得ていると聞いている。
「若くして軍に所属してもあくまで肩書程度ではできることも知れている。あそこまでのぼりめてやっと、妻の事を探すことができた、という事だよ」
「奥様は、どちらのご出身でしたっけ?」
「さあな。でも、ずっと名前が隠されていたのは事実だ」
名前を隠す、変えるというのは、能力のあるものにとっては良い事も悪い事もある。
朧が見つけることが叶わなかったのなら、多分彼女はなにか失態をおかした一族か、もしくは隠された一族の子なのだろう。
無関係な娘を一族の正式な妻として迎え入れるほど、薄氷家は甘くはない。
(考えられるのなら、龍神の加護を受けた一族だった、とかかな)
しかしそれなら薄氷家でもわかりそうなものだが。
「ま、とにかく朧に対して余計なことはしないことだ。あいつだってうちの立場は判っている。だが、妻が関わるとなるといきなり敵になるだろうな。余計ないさかいはしたくない」
「そうですね。うちの規模で薄氷と全面戦争は避けたいですもんね」
「お前は賢くて助かるよ。あいつも本来は判っているはずなんだがなあ」
やはり幼いころからの恋はそう忘れられるものではないらしい。
あの朧がそうだったように。
溜息をついていると、なにやら騒がしくなった。
「どうした?」
思の兄が眉を顰めると、使用人が言った。
「軍部のものがうちへ来ています。詳しくお話を聞きたいとの事で。舛花様です」
「舛花が?」
舛花は朧の腹心の部下だ。
「なにかあったのでしょうか、兄さま」
「わからんが、とにかく話を聞こう。ここへ通してくれ」
「はい、」
潤朱家では、娘である思が叫んでいた。
「仕方がないだろう。昔から朧君の意思は強かったし、子供の頃なら懐柔もできると思ったが、いまとなっては妻を持った身だ」
「まだ結婚してないでしょう!」
叫ぶ思だが、目の前の男、思の兄は首を横に振った。
「いい加減余計なことはやめなさい思。似たような男を探してやる」
「嫌よ!なんのためにわたしがずっと」
「思。別に我々はそこまででなくても良いのだ。薄氷家はそもそもが陛下とも近く、この近年は朧の活躍でますます力を増している。十年前ならともかく、いまはもう追いつけはしないのだよ」
それに、と思の兄は言った。
「橡局長が関わっているとなると、これはもう関わってはならない案件だ」
「どうしてよ!橡のおじさまなら」
「判っていないな。下手したら我が家は逆賊だぞ」
「逆賊……?」
「とにかく、関わるのは辞めなさい。お前は家を守るどころか、家を滅ぼしかねん」
そう言われて、思はかっとなって「もういいです!」と出て行った。
思の兄はため息をつく。
「どうしますか、兄様。姉さまは多分、言う事を聞きませんよ」
黙って聞いていた思の弟がそう言うと、兄も「そうだな」と呟く。
「早急にあれを海外か、もしくはもっと厳しい女学校に入れるしかないだろうな。このままではとんでもない事に巻き込まれる。それに」
「それに?」
「こっちは朧に睨まれたくない。わかるだろ?あいつが感情的になるなんて妻以外のことではありえないんだからな」
「そんなにも朧様は?」
「昔からずっとだ。探し続けていた、憧れの女性なんだよ」
「じゃあどうして、こんなにも時間がかかったんでしょう?もっと早く婚約でもなさっていたら、姉さまもへんな希望を持ったりしなかったでしょうに」
「複雑な事情があったらしい。彼女の情報は巧妙に隠されていて、あれも探すのに苦労した、と言っていた。なにせ軍に入っても探せずに、さすがにおかしいと思って本腰を入れたと」
「え、待ってください。でしたら朧様は、奥様を探すために軍に?」
「ああ。そもそも薄氷の一族がわざわざ危険の多い軍で、しかも戦線にも向かうなんてありえないだろう?」
「それはおかしいと思っていました」
薄氷の一族は大抵が医師か政治家で、軍はあくまでお飾りの肩書くらいしか所属はなかった。
朧は自ら現場で動き、そのおかげで若くても絶大な支持を得ていると聞いている。
「若くして軍に所属してもあくまで肩書程度ではできることも知れている。あそこまでのぼりめてやっと、妻の事を探すことができた、という事だよ」
「奥様は、どちらのご出身でしたっけ?」
「さあな。でも、ずっと名前が隠されていたのは事実だ」
名前を隠す、変えるというのは、能力のあるものにとっては良い事も悪い事もある。
朧が見つけることが叶わなかったのなら、多分彼女はなにか失態をおかした一族か、もしくは隠された一族の子なのだろう。
無関係な娘を一族の正式な妻として迎え入れるほど、薄氷家は甘くはない。
(考えられるのなら、龍神の加護を受けた一族だった、とかかな)
しかしそれなら薄氷家でもわかりそうなものだが。
「ま、とにかく朧に対して余計なことはしないことだ。あいつだってうちの立場は判っている。だが、妻が関わるとなるといきなり敵になるだろうな。余計ないさかいはしたくない」
「そうですね。うちの規模で薄氷と全面戦争は避けたいですもんね」
「お前は賢くて助かるよ。あいつも本来は判っているはずなんだがなあ」
やはり幼いころからの恋はそう忘れられるものではないらしい。
あの朧がそうだったように。
溜息をついていると、なにやら騒がしくなった。
「どうした?」
思の兄が眉を顰めると、使用人が言った。
「軍部のものがうちへ来ています。詳しくお話を聞きたいとの事で。舛花様です」
「舛花が?」
舛花は朧の腹心の部下だ。
「なにかあったのでしょうか、兄さま」
「わからんが、とにかく話を聞こう。ここへ通してくれ」
「はい、」
98
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される
希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。
すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。
その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。
乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます
タマ マコト
ファンタジー
社畜のように他人の期待に応える人生を送り、事故で命を落とした朝霧玲奈は、かつて遊んでいた乙女ゲームの世界に“不遇ヒロイン”として転生する。
努力しても報われず、最終的に追放される役割を知った彼女は、誰かに選ばれる物語を拒否し、自分の意志で生きることを決意する。
さて、物語はどう変化するのか……。
失恋までが初恋です。
あんど もあ
ファンタジー
私の初恋はお兄様。お兄様は、私が五歳の時にご両親を亡くして我が家にやって来て私のお兄様になってくださった方。私は三歳年上の王子様のようなお兄様に一目ぼれでした。それから十年。お兄様にはルシンダ様と言う婚約者が、私にも婚約者らしき者がいますが、初恋は続行中ですの。
そんなマルティーナのお話。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる