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4.引きこもりになった訳
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冷たい水で顔を洗ってリビングに出向く。さっきの横暴な態度が嘘みたいに礼儀正しい仕草で、Aoが僕に微笑みかけた。
「あ、蓉平さん。さっきは驚かせてすみません」
「え、いや、大丈夫……です」
「兄弟になるんだし、部屋の見学兼ねて呼んで来てくれと私が頼んだんだ。ね? 蒼司くん」
Aoを含め、ソファに腰掛けた三人はなんだかすっかり家族のような雰囲気を醸し出している。
(Aoって、本名は蒼司っていうんだ……)
「蓉平くん、うちの子と仲良くしてくれると嬉しいわ。一人っ子でわがままに育ってしまったけど、ずっとお兄ちゃんが欲しいって言ってたの」
聖美さんの言葉に、Aoは困ったように眉を下げて笑いながら言う。
「母さん、そんな子供の頃の話恥ずかしいよ」
「はっはっは! うちの蓉平も同じだよ。弟をずっと欲しがっていた。よかったよ、なぁ? 蓉平」
「は、はぁ……」
その後少しだけコーヒーを飲みながら皆で話しをして、山内親子は帰っていった。
帰り際、Ao――もとい蒼司はこちらに冷ややかな視線をくれてすれ違いざまに「俺はこんなの認めないからな」と言った。
そりゃそうだろう、と僕は納得し、その視線の鋭さにゾクゾクした。怖いけど、そこがまた良い。
自分のような人間を兄などとは認められなくて当然だ。
引きこもってるだけならまだしも、初対面にして寝ぼけて気持ち悪いファンだということがバレてしまった。33歳引きこもり、大学生モデルのファンで寝ぼけて匂いを嗅ぎながら「僕だけのAo~」と本人目の前にして言う男。しかも、フェロモンを垂れ流すヤバい奴……。こんな最悪な第一印象もなかなかないだろう。せめてもの救いは、彼が僕のことを容赦なく冷たい目で見てくれたことだ。
「やっぱり、実家を出ないとだめだよね」
Aoはリアルでもめちゃくちゃイケメンだった。こんな間近で見られるなんて、まるで夢みたいな体験ができた。
だけど、一緒に暮らすなんて無理だ。
彼のような日向の存在はSNSで画像を眺めて鑑賞するものであって、同じテーブルでコーヒーを飲むものではないのだ。
僕はあくまでも、少し離れた位置から彼を眺めたい。食事を奢ってはあげたいけれど、向かい合って食べたいわけではない。彼が友人と食事するのを遠くから見守りたい。そんな感じだ。
◇◇◇
僕は引きこもりといっても自室にこもって家族にすら会わないというタイプではなかった。なので、家族である父とは普通に接している。極力他人に会いたくないだけで、人と会わなくて済むのなら外出も出来る。
僕のフェロモンに反応しない相手であれば――例えば血の繋がりがある親戚ならばアルファでも会うことが可能だ。歳の近い従兄弟でアルファの隼一とは比較的親しく、彼が訪ねて来れば顔を合わせて話もする。
僕は複数の人間が集まるコミュニティが苦手だった。学校や部活、サークル、会社など、その中に加わることで自分のフェロモンにより相手が目の色を変える。それを見るのが苦痛なのだ。
子どもの頃は、関わる相手が自分に好意を示してくれる事が嫌ではなかった。単に皆が仲良くしてくれていると思っていたから。
だけど、僕が思春期を迎えオメガの発情期を初めて経験した後でようやく好意の本当の意味を知った。男性からも女性からも、寄せられているのは単なる親切心や友情ではなく性的な意味での好意だった。
恋愛そのものを否定するつもりなどない。
だけど彼らが僕に向けている恋心は、単にオメガのフェロモンにより引き起こされている錯覚だ。
そんな動物的な、獲物を見るような視線をどこにいても常時向けられる。それがたまにであれば我慢できたのかも。
だけど当時高校生だった僕は通学の電車内で、クラス内で、更に部活動という集団の中で過ごさなければならなかった。人々からの視線により、ストレスは徐々に増していった。
そしてある日、僕は学校内で突発的な発情を起こしてしまった。不運なことにその瞬間その場に居たのは所属する部活の顧問で、アルファの男性教師だった。僕のフェロモンがアルファ教師を発情状態に陥らせ、彼は襲いかかってきた。
幸い、悲鳴を聞きつけたベータの生徒と女性教師により行為は未遂に終わった。しかし全く恋愛感情など無い年上の教師に無理矢理犯されかけた恐怖で、僕はしばらく精神的に不安定になった。
まず公共交通機関内で誰かに見られていると思うと、吐き気がして乗っていられなくなった。学校へ行くのも怖くなり、家から出ようとすると足が震えて動けなくなった。
父は無理して学校に行くことはないと言ってくれた。そして僕の体調が良くなってきた頃を見計らって、オメガの家庭教師を付けてくれた。
病院では、ストレスによりホルモンバランスが乱れて突発的に発情してしまったのだろうと言われた。元々言い寄られることが多いのは、発情時以外――つまり通常時にも微量のフェロモンを発しているからかもしれないとのことだった。そういう体質のオメガも稀にいるそうだ。
その件に関しては薬を出してもらい、吐き気や震え等の症状は「一時的なものなので、しばらく自宅で静養すれば治るでしょう」と医師から説明を受けた。
それ以来、僕は人目につく場所に行くのを避けるようになった。
昔は皆でワイワイ過ごすのが楽しかったけど、今は気心の知れた相手と静かに話す方が良い。
「あ、蓉平さん。さっきは驚かせてすみません」
「え、いや、大丈夫……です」
「兄弟になるんだし、部屋の見学兼ねて呼んで来てくれと私が頼んだんだ。ね? 蒼司くん」
Aoを含め、ソファに腰掛けた三人はなんだかすっかり家族のような雰囲気を醸し出している。
(Aoって、本名は蒼司っていうんだ……)
「蓉平くん、うちの子と仲良くしてくれると嬉しいわ。一人っ子でわがままに育ってしまったけど、ずっとお兄ちゃんが欲しいって言ってたの」
聖美さんの言葉に、Aoは困ったように眉を下げて笑いながら言う。
「母さん、そんな子供の頃の話恥ずかしいよ」
「はっはっは! うちの蓉平も同じだよ。弟をずっと欲しがっていた。よかったよ、なぁ? 蓉平」
「は、はぁ……」
その後少しだけコーヒーを飲みながら皆で話しをして、山内親子は帰っていった。
帰り際、Ao――もとい蒼司はこちらに冷ややかな視線をくれてすれ違いざまに「俺はこんなの認めないからな」と言った。
そりゃそうだろう、と僕は納得し、その視線の鋭さにゾクゾクした。怖いけど、そこがまた良い。
自分のような人間を兄などとは認められなくて当然だ。
引きこもってるだけならまだしも、初対面にして寝ぼけて気持ち悪いファンだということがバレてしまった。33歳引きこもり、大学生モデルのファンで寝ぼけて匂いを嗅ぎながら「僕だけのAo~」と本人目の前にして言う男。しかも、フェロモンを垂れ流すヤバい奴……。こんな最悪な第一印象もなかなかないだろう。せめてもの救いは、彼が僕のことを容赦なく冷たい目で見てくれたことだ。
「やっぱり、実家を出ないとだめだよね」
Aoはリアルでもめちゃくちゃイケメンだった。こんな間近で見られるなんて、まるで夢みたいな体験ができた。
だけど、一緒に暮らすなんて無理だ。
彼のような日向の存在はSNSで画像を眺めて鑑賞するものであって、同じテーブルでコーヒーを飲むものではないのだ。
僕はあくまでも、少し離れた位置から彼を眺めたい。食事を奢ってはあげたいけれど、向かい合って食べたいわけではない。彼が友人と食事するのを遠くから見守りたい。そんな感じだ。
◇◇◇
僕は引きこもりといっても自室にこもって家族にすら会わないというタイプではなかった。なので、家族である父とは普通に接している。極力他人に会いたくないだけで、人と会わなくて済むのなら外出も出来る。
僕のフェロモンに反応しない相手であれば――例えば血の繋がりがある親戚ならばアルファでも会うことが可能だ。歳の近い従兄弟でアルファの隼一とは比較的親しく、彼が訪ねて来れば顔を合わせて話もする。
僕は複数の人間が集まるコミュニティが苦手だった。学校や部活、サークル、会社など、その中に加わることで自分のフェロモンにより相手が目の色を変える。それを見るのが苦痛なのだ。
子どもの頃は、関わる相手が自分に好意を示してくれる事が嫌ではなかった。単に皆が仲良くしてくれていると思っていたから。
だけど、僕が思春期を迎えオメガの発情期を初めて経験した後でようやく好意の本当の意味を知った。男性からも女性からも、寄せられているのは単なる親切心や友情ではなく性的な意味での好意だった。
恋愛そのものを否定するつもりなどない。
だけど彼らが僕に向けている恋心は、単にオメガのフェロモンにより引き起こされている錯覚だ。
そんな動物的な、獲物を見るような視線をどこにいても常時向けられる。それがたまにであれば我慢できたのかも。
だけど当時高校生だった僕は通学の電車内で、クラス内で、更に部活動という集団の中で過ごさなければならなかった。人々からの視線により、ストレスは徐々に増していった。
そしてある日、僕は学校内で突発的な発情を起こしてしまった。不運なことにその瞬間その場に居たのは所属する部活の顧問で、アルファの男性教師だった。僕のフェロモンがアルファ教師を発情状態に陥らせ、彼は襲いかかってきた。
幸い、悲鳴を聞きつけたベータの生徒と女性教師により行為は未遂に終わった。しかし全く恋愛感情など無い年上の教師に無理矢理犯されかけた恐怖で、僕はしばらく精神的に不安定になった。
まず公共交通機関内で誰かに見られていると思うと、吐き気がして乗っていられなくなった。学校へ行くのも怖くなり、家から出ようとすると足が震えて動けなくなった。
父は無理して学校に行くことはないと言ってくれた。そして僕の体調が良くなってきた頃を見計らって、オメガの家庭教師を付けてくれた。
病院では、ストレスによりホルモンバランスが乱れて突発的に発情してしまったのだろうと言われた。元々言い寄られることが多いのは、発情時以外――つまり通常時にも微量のフェロモンを発しているからかもしれないとのことだった。そういう体質のオメガも稀にいるそうだ。
その件に関しては薬を出してもらい、吐き気や震え等の症状は「一時的なものなので、しばらく自宅で静養すれば治るでしょう」と医師から説明を受けた。
それ以来、僕は人目につく場所に行くのを避けるようになった。
昔は皆でワイワイ過ごすのが楽しかったけど、今は気心の知れた相手と静かに話す方が良い。
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