「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta

文字の大きさ
18 / 18

18.【最終話】嬉しい誤算

しおりを挟む
「はい……?」
「すまない! 前回のヒートでしたときの子だ」
「いいえ、ヘルムート。僕こそ謝らなくてはいけないのですが、実はあの晩僕は避妊薬を飲んでしまったんです。あなたに内緒で」

 オスカーがそう言うと彼が気まずそうに目を伏せた。

「違うんだ。実は君が避妊薬を持っているのを知って俺は……薬をすり替えた」
「!?」

 オスカーは目を瞬かせた。

「本当にあのときの俺はどうかしていたんだ。こんなことをして妻である君を騙すなんて、万死に値する。殴ってくれ!」
「でも、そんな。まさか」
「君は本来もう既に発情期が来ている時期だろう?」
「それはたしかにそうですが……」

 オスカーは体調不良で発情期が遅れていると思い込んでいた。 

「君の従兄弟殿にもさっきの診察で確認してもらった。間違いなく君は妊娠している。皇太子のフェロモンで具合が悪くなって気絶しただろう? 妊娠中じゃなかったら、アルファのフェロモンできっと君はヒートを起こしていたはずだ」
「そんな……」
「君は最近食事もままならず体調を崩していたと聞く。おそらく心労のせいもあるだろうが、つまりその……つわりだったんだと思う」

 自分の間抜けさに驚く。知らぬ間に妊娠していただって――?

「でもどうしてあなたが薬のことを……?」
「最初の発情期で君が妊娠しなかったとき、おかしいと思ったんだ。それで――君の従兄弟殿に接触した」
「フランツ兄さんに? なぜです?」

 オスカーは首を傾げた。どうして主治医ではなく彼は赤の他人である宮廷医師フランツに接触したのだろう。

「実はフランツと俺は幼馴染なんだ」
「え、そんな! どうしてそれを黙ってたんです?」
「すまない。フランツは俺の体質のことも知っていて君との結婚を勧めてくれたんだ。だが俺は君にこの体質のことを打ち明ける勇気がなくて、フランツには黙っててもらった」

 昔から秘密を共有する仲で、お互いに知られたくない情報を握り合っているのだという。

「じゃあ避妊薬のことも全部聞いていたんですか? フランツ兄さんと裏でコソコソしていたなんて酷い……!」 

――兄さんは昔から何を考えているかわからない人だったけど、まさかヘルムートの幼馴染だとは……。 

「だが俺だって悲しかったんだぞ。君がわざわざ避妊薬を飲むほど俺との子がほしくないんだと知ってどれだけ落ち込んだか」
「だって、あなたが子どもはつくらないと結婚した時におっしゃったのではないですか。僕はあなたが記憶を失っている間に妊娠しては約束を破ることになると思ったんです」

 ヘルムートは「そういうことか……」と呆然とした表情で呟いた。

「何もかも俺のせいだ。悪かった、このとおりだ」

 ヘルムートがオスカーの両手を取って口づけする。

「女神に誓って二度と君に隠し事はしない。だからどうか許してほしい。もしどうしても俺との子どもが欲しくないというなら、里子に出して――」
「馬鹿なことをおっしゃるのはやめてください。僕だって、あなたの子がほしいと望んでいました」

 失ったはずの命がお腹の中で息づいていると知ってオスカーはまた涙ぐんだ。

「すまない。泣かないでくれオスカー。君に泣かれたら俺は……」 

 彼の『どうしよう』『俺のせいだ』という焦りの言葉が握られた手から伝わって、かえってこちらがいじめているような気になる。

「……悲しくて泣いてるのではありません」
「え?」
「嬉しいんです。だって、あなたとの子を授かれたのですから」
「本当にそう思ってくれるのか? 俺みたいな、考えていることが丸わかりのみっともないアルファでも夫と認めてくれるのか?」
「もちろんです」

  ヘルムートの感情がもし読めなかったら、自分のような人間はきっと誰とも心を通わせることはできなかっただろう。

「それに感情が読めたって結局僕たちはすれ違うばかりでちっともわかり合えなかったじゃありませんか」
「それもそうだな」
「これからあなたのことをたくさん教えてください。どんなこと些細なことでも、あなたについて知るのは嬉しいのです。――フランツ兄さんのことはさすがにびっくりしましたけど」
「オスカー……君は出会ったあの日から今も変わらず天使のようだ。君を生涯かけて愛すると、改めて誓ってもいいだろうか」

 彼が口にした言葉に嘘偽りがないことは、握られた手から直に伝わってくる。

「――僕はあなたの実直なところが何より安心できるのです。僕も同じように誓います、ヘルムート」

 オスカーの言葉に夫が相好を崩す。その優しい碧色の瞳は、最初に出会ったときのまま――。

「抱きしめてもいいか?」

 頷くと、ヘルムートがベッドに座るオスカーに腕を伸ばした。最初はおずおずと、そしてオスカーが嫌がっていないとわかると彼は抱擁する腕に力を込めた。

「痛いところはないか? 苦しいところは?」
「大丈夫です」
「腹はどうだ?」
「なんともないのでご安心を。まさかこのお腹に赤ん坊がいるとは思わず、元気だったらあなたがいない寂しさでお酒を飲んでしまっていたところです。幸いそんなものを口にできる状態じゃなかったので飲みませんでしたが」

 ヘルムートが大きな掌でオスカーの背中を優しく撫でてくれる。

「今夜は屋敷で休まれますか?」
「ああ。もう皇太子の件も解決したから警護も通常に戻せる。それに何があろうと、俺は今妻のそばにいなければ」
「ですがあの愚かな皇太子がまた何かしでかすかもしれません。騎兵隊長として、目を光らせていませんとね」
「そうだな。彼がまた馬鹿なことをしないよう、俺が見張ろう」

 二人は微笑み交わした。

「君を愛している、オスカー。絶対に誰にも渡さないよ。嘘じゃないってわかってくれるね?」

 背中を撫でる手は温かく、彼の感情を伝えてくれる。

「はい。僕がなんて考えているかわかりますか?」
「ああ。君の甘い香りが……俺を好きだと言ってくれている」

 二人の唇が近づき、そっと触れ合う。これ以上の言葉はいらなかった。アルファとオメガのフェロモンがお互いを祝福するように燦々と降り注いでいた。


END


*~*~*~*~*~*~*~*~*~

最後までご覧いただきありがとうございました。
こちらは以前書いた記憶喪失ものの話を元にオメガバースに書き直して、ボリュームも増やしたお話しです。(ほとんど原型をとどめてないですが)

フェロモンで感情がダダ漏れになるαがいたら面白いかな~と思って書いてみました。
文章でお伝えするのが難しかったのですが、楽しんでもらえたら嬉しいです♪

公募に出した時に枚数の規定が有ったので最後がちょっと尻切れトンボですみません。

しおりを挟む
感想 17

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(17件)

よっちゃん
2024.02.03 よっちゃん

面白かったです❗️フェロモンだだ漏れ設定は新しくて斬新で凄く良かった✨盛大にすれ違ってましたけど、これからは末長く仲の良い夫婦であると良いな💖ただ、仲直りした瞬間に終わってしまって🥲イチャイチャが足りないですぅ😭感情をしっかり表に出すようになった二人の子育て見てみたい❗️あと皇太子のざまあとか(笑)。お時間ある時に是非番外編よろしくお願いします😊首を長くして待っております🙇‍♀️

2024.02.03 grotta

読んでくださりありがとうございます✨
フェロモンダダ漏れシーンは妄想するのが楽しかったです💕
仲直りして終わりになってしまったのでやはり物足りないですよね💦
せっかくそう言って貰えたので出産後の番外編なども考えてみたいと思います。
あの皇太子が泣くことになる話も面白いかもしれませんね🤭
嬉しいご感想ありがとうございました✨

解除
やまかん
2024.01.01 やまかん

一気に読みました!面白かったです!


人物像など、事細かに描いて長文になっているモノが世の中にはありますが、こちらは簡素化されていて、それでいて分かりやすく、とても読みやすかったです。

一遍して、Ω側のみで話が進んでいたのも読みやすかったです。


オリヴィアとの出会いと別れの時系列が気になるところです。

2024.01.01 grotta

一気読みありがとうございます!

短編のΩ視点固定でどこまで表現出来るか挑戦したかったので、そう言っていただけて嬉しいです(*^^*)

オリヴィアとの件は6〜7年前、ヘルムートはその後βと交際しつつ、皇太子のパーティでオスカーと出会ったのが3年前と考えていました。
(矛盾があったらごめんなさい!)

解除
iku
2023.12.29 iku

とっても素敵なハピエン💕を、ありがとうございました🙏💝
まさかフランツ様が、ヘルムート様の幼馴染だったなんて😁🙌🙌🙌
それは😏避妊薬の事もバレますよね🤭
でも…結局🥹フランツ様は、オスカーくんとヘルムート様のどちらのお気持ちも分かったうえで、キューピッド🪽👼🪽になって下さっておられたのですね🤗

本当に😭お互いが勘違いからの大きくすれ違っておられましたが、誤解が解けて良かったです💓

これからはトラウマも克服されて🙏甘々間違いなしですね😘



とっても楽しませて頂きました💝
ありがとうございました(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠)🩷

2023.12.30 grotta

最後までご覧いただきありがとうございます💕

フランツが意外と影で動いてました☺️

ヘルムートの気持ちが先走って、だいぶすれ違いが大きくなりましたが、丸く収まりあとはラブラブで出産を待つばかりです🥰

お楽しみ頂けてよかったです♪
ご感想ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話

BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。 ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

恋色模様

BL
会社の同期に恋をしている。けれどモテるあいつは告白されても「好きな奴がいる」と断り続けているそうだ。じゃあ俺の失恋は決定だ。よーし、新しい恋をして忘れることにしよう!後ろ向きに前向きな受がなんやかんやしっかり囲まれていることに気づいていなかったお話。 ■囲い込み攻✕無防備受■会社員✕会社員■リーマン要素がありません。ゆる設定。■飲酒してます。

【完結】運命なんかに勝てるわけがない

BL
オメガである笹野二葉《ささのふたば》はアルファの一ノ瀬直隆《いちのせなおたか》と友情を育めていると思っていた。同期の中でも親しく、バース性を気にせず付き合える仲だったはず。ところが目を覚ますと事後。「マジか⋯」いやいやいや。俺たちはそういう仲じゃないだろ?ということで、二葉はあくまでも親友の立場を貫こうとするが⋯アルファの執着を甘くみちゃいけないよ。 逃さないα✕怖がりなΩのほのぼのオメガバース/ラブコメです。

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生2929回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

あなたがいい~妖精王子は意地悪な婚約者を捨てて強くなり、幼馴染の護衛騎士を選びます~

竜鳴躍
BL
―政略結婚の相手から虐げられ続けた主人公は、ずっと見守ってくれていた騎士と…― アミュレット=バイス=クローバーは大国の間に挟まれた小国の第二王子。 オオバコ王国とスズナ王国との勢力の調整弁になっているため、オオバコ王国の王太子への嫁入りが幼い頃に決められ、護衛のシュナイダーとともにオオバコ王国の王城で暮らしていた。 クローバー王国の王族は、男子でも出産する能力があるためだ。 しかし、婚約相手は小国と侮り、幼く丸々としていたアミュレットの容姿を蔑み、アミュレットは虐げられ。 ついには、シュナイダーと逃亡する。 実は、アミュレットには不思議な力があり、シュナイダーの正体は…。 <年齢設定>※当初、一部間違っていたので修正済み(2023.8.14) アミュレット 8歳→16歳→18歳予定 シュナイダー/ハピネス/ルシェル 18歳→26歳→28歳予定 アクセル   10歳→18歳→20歳予定 ブレーキ   6歳→14歳→16歳予定

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。