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我々は今を生きている。決して未来にでも、過去にも生きてはいない。
過去を振り返り、反省することもあれば、将来を思い描き、胸が高鳴らせることもある。もちろんその逆もあるのは、自明である。それでも我々は、今を生きている。
いまを生きている私は、今という時代。時勢を正当に、客観的に評価することはできない。これは私はこの時代を生きているが故に、この時代を形作る一員として、その主観を決して喪失させることができないからだ。
ただ気になってしまうことが一つある。それは今の時勢は、未来の人間にとって憧憬され、称えられ、肯定的に捉えられるものなのか。それとも下碑され、拒否され、拒絶されるものなのか。
この思いの答えを有しているのもが、この世界にいるだろうか。もしあると豪語するものがいるならば、それは大ウソつきか思慮浅き大バカ者だろう。ただ、この時代に生きるものとしてこの時代が肯定されることを願わざるにいられない。
時代の否定は、その時代を生きた者たちの否定に他ならない。それが過ちであったとしても、全く良いことがなかったわけではないはずだ。何らかの良いことがあったはずだ。純粋な悪の時代なの存在するはずがないのだから。
戦争に扇動は付きものだろう。そう考えると国は100%正しくない。いや、正確には国家という機関は必ずしも事実であるということはない。知りたいことと、知るべきことを乖離させられた時、我々は国家との情報戦に敗北したことになる。
そして、この厄介な点は敗北というものは個人戦ではなく団体戦であり、その正当性がモノを言ってくる。その正当性が事実か虚偽だろうが関係ない。それが正当だと思わせられればいいのだ。その点で考えれば沈黙の60%を扇動するよりも、口うるさく、正義という蜜を啜っている浅慮者が20%いる方が成功しているだろう。
そして、「あれだけ堂々と言っているのだ。嘘なんかではないだろう」と沈黙者がそう思ったとき、術中に嵌った瞬間である。
選挙という民主的な手法は、まるで神の手法のように唱える国家がある。しかし彼らは気づいていない。それは投票する者が理性的に判断するという、遥か彼方にあると推測される理想を根源にしているということを。この根底がひっくり返れば、そこにはあるのは、自己の利益を最大化させてくれる人物を選ぶという、私欲と私欲のぶつかり合いである。そして選挙というものは、資本主義の道具に成りさがる。民主主義というものは、資本主義よりも下になるのだ。そうなったとき、世界は資本主義を制御できなくなり、仮初の制御を夢見て、緩やかに混沌に向かうことだろう。
ならば共産主義が理想かといわれると、とてもそうでもない。あのように平等からスタートした思想がああも官僚主義に走り、肥大化した上層部が労働者階級を搾取し始めると、その先は長くないだろう。賄賂が横行し、その計画は改竄され、見かけばかりの成長と権威ばかり立派になる。資本主義の破滅よりも数段早く、破滅することになるだろう。
それならば理想的な国家というものは、どういったものなのか。私は狂気的な愛国国家であると考える。国家を運営する者には子という概念など存在せず、国家の利益を最大化する集団の集まりが運営する国家である。そして、その集団を国家の全体の普遍的価値観へと置換する。こうして完成した国家は、個人利益を追求する資本主義と社会的平等を謳う共産主義に対抗しうる、【国家主義】であると考える。
これの実現には、機会の平等や金銭的優位などが全く介在しない仕組みが同時になってくる。それが能力だ。優秀な人間が国家を動かし、それ以外のものは思想を捨て従えばいいだけの国家。無能が絡む余地のない国家。それこそが国家のあるべき姿であるはずだ。あえて言い換えるなら【優生国家】。その先には【楽園】による国家運営が、【理想郷】への近道となる。
ここで最初に戻ってしまうが、こうなれば我々を否定する人間などいるはずもないだろう。我々は一番良い国家に住んでいる。
過去を振り返り、反省することもあれば、将来を思い描き、胸が高鳴らせることもある。もちろんその逆もあるのは、自明である。それでも我々は、今を生きている。
いまを生きている私は、今という時代。時勢を正当に、客観的に評価することはできない。これは私はこの時代を生きているが故に、この時代を形作る一員として、その主観を決して喪失させることができないからだ。
ただ気になってしまうことが一つある。それは今の時勢は、未来の人間にとって憧憬され、称えられ、肯定的に捉えられるものなのか。それとも下碑され、拒否され、拒絶されるものなのか。
この思いの答えを有しているのもが、この世界にいるだろうか。もしあると豪語するものがいるならば、それは大ウソつきか思慮浅き大バカ者だろう。ただ、この時代に生きるものとしてこの時代が肯定されることを願わざるにいられない。
時代の否定は、その時代を生きた者たちの否定に他ならない。それが過ちであったとしても、全く良いことがなかったわけではないはずだ。何らかの良いことがあったはずだ。純粋な悪の時代なの存在するはずがないのだから。
戦争に扇動は付きものだろう。そう考えると国は100%正しくない。いや、正確には国家という機関は必ずしも事実であるということはない。知りたいことと、知るべきことを乖離させられた時、我々は国家との情報戦に敗北したことになる。
そして、この厄介な点は敗北というものは個人戦ではなく団体戦であり、その正当性がモノを言ってくる。その正当性が事実か虚偽だろうが関係ない。それが正当だと思わせられればいいのだ。その点で考えれば沈黙の60%を扇動するよりも、口うるさく、正義という蜜を啜っている浅慮者が20%いる方が成功しているだろう。
そして、「あれだけ堂々と言っているのだ。嘘なんかではないだろう」と沈黙者がそう思ったとき、術中に嵌った瞬間である。
選挙という民主的な手法は、まるで神の手法のように唱える国家がある。しかし彼らは気づいていない。それは投票する者が理性的に判断するという、遥か彼方にあると推測される理想を根源にしているということを。この根底がひっくり返れば、そこにはあるのは、自己の利益を最大化させてくれる人物を選ぶという、私欲と私欲のぶつかり合いである。そして選挙というものは、資本主義の道具に成りさがる。民主主義というものは、資本主義よりも下になるのだ。そうなったとき、世界は資本主義を制御できなくなり、仮初の制御を夢見て、緩やかに混沌に向かうことだろう。
ならば共産主義が理想かといわれると、とてもそうでもない。あのように平等からスタートした思想がああも官僚主義に走り、肥大化した上層部が労働者階級を搾取し始めると、その先は長くないだろう。賄賂が横行し、その計画は改竄され、見かけばかりの成長と権威ばかり立派になる。資本主義の破滅よりも数段早く、破滅することになるだろう。
それならば理想的な国家というものは、どういったものなのか。私は狂気的な愛国国家であると考える。国家を運営する者には子という概念など存在せず、国家の利益を最大化する集団の集まりが運営する国家である。そして、その集団を国家の全体の普遍的価値観へと置換する。こうして完成した国家は、個人利益を追求する資本主義と社会的平等を謳う共産主義に対抗しうる、【国家主義】であると考える。
これの実現には、機会の平等や金銭的優位などが全く介在しない仕組みが同時になってくる。それが能力だ。優秀な人間が国家を動かし、それ以外のものは思想を捨て従えばいいだけの国家。無能が絡む余地のない国家。それこそが国家のあるべき姿であるはずだ。あえて言い換えるなら【優生国家】。その先には【楽園】による国家運営が、【理想郷】への近道となる。
ここで最初に戻ってしまうが、こうなれば我々を否定する人間などいるはずもないだろう。我々は一番良い国家に住んでいる。
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