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一章
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しおりを挟む何故か、いつもよりテンションが高い相馬さんは、出入口まで送ってくれた。
外は小雨になっていた。
別れ際、左手の薬指を撫でられる。
向けられた表情がなまめかしくて、身震いをしてしまう。
「あ……雨だしさ、やっぱり……もうちょっと、一緒にいない?」
かろうじて聞き取れるくらいの、小さな声量で提案された。けれど「折りたたみ傘あるので大丈夫です、ありがとうございます」と、かぶりを振った。
進んでから後ろを振り返ると、相馬さんは、私をじっと見ていた。
圧を感じる。
バス停に着き、待っている間、スマホの電源を付けた。
玲奈から返事がない。その日のうちには何かしらのアクションがあるのに……。
言いしれない不安を感じ、通話ボタンを押した。
数コールしてから繋がったが、いつもの元気なこえがない。
「……玲奈?」
「い……よ」
「え?何、どうしたの」
くぐもっていて、分からない。
耳をピタリと当てた。
「くる、しいよ……」
一瞬頭が真っ白になったが、我にかえり「何があったの!」と、感情のままに尋ねた。
「なんかぁ……熱いし……だるいし……体が重いし」
もう嫌だと、弱音を吐く玲奈に、私は口を開けた。
「それ、熱じゃない?」
「……そーかもぉ、助けて……くるしいよ」
思わず眉間をつまんでしまう。
マップを開き、近くの薬局を探した。
今から行くということを伝え、食べ物と、冷えピタを買うため、足を動かした。
数十分経ってから、玲奈の家に到着した。呼び鈴を鳴らし、扉を眺める。けれど、開かない。
電話も出なかったので、ドアノブに触れた。
ガチャリ。
金属音。
鍵がかかっていない。
隙間から中を見る。
玲奈がよく着ている服や、ショルダーバッグ、メイク道具が、入口付近に散らばっていた。
ため息が漏れる。
綺麗にしなと言ったのに、全く変わっていない。
数ヶ月前におじゃました時より、酷くなってる気がする。
「れいなー、どこー……」
踏み場のない廊下を、つま先だけで進みながら、目的の人物を探す。
多分、寝室にいるだろうと、半開きになっているドアから、顔を覗かせた。ベッドの真ん中、白い毛布が、何枚も乱雑に重なっていた。山のようになっているそれは、よく見ると少し動いている気がする。
部屋の中ですら物で溢れかえっていたが、構わずに進んだ。
両手を使って、布団をまさぐると、指先が温かい何かに触れた。それを引っ張りだすと顔が現れた。
玲奈だ。
りんごのように赤くなっている。
「布団整えるから、いったん起き上がって」
玲奈の脇の下に腕をいれて、なんとか体を起こさせる。
違和感があり、目を向けた。
「え、ちょ、なんで下着姿なの!」
ほぼ産まれた姿の玲奈に、叫びにちかい声が出た。
「んぅ……だって、あっついんだもん」
慌ててそばに落ちていた玲奈の服を掴み、「とりあえずこれ!」と、押し付けた。
ベッド周りを軽く整理する。
口をすぼませながら、着替えている玲奈を尻目に、私は台所へ向かった。
先程買ってきた、レトルトのおかゆを温め、同じように購入した紙皿へ盛り付ける。
流し台は汚れた食器で埋まっていた。
端に置いてあった、砂糖とはちみつをかけ、ご飯を持っていく。
Tシャツだけを身につけた玲奈は、ベッドの上で大の字になっていた。
「はい。これ食べて」
「ん~……」
ゾンビのように起きた玲奈は、私の手にあるお皿を受け取った。スプーンを持ち、[[rb:啜 > すす]]るように食べ始める。何回か繰り返してから、「……甘い」と呟いた。
「砂糖とはちみつ入れたから」
「……え、なんでぇ」
「え、だって、玲奈甘いの好きでしょ?」
首を傾げると、不満そうな声が室内に響いた。
「好きだけどぉ、おかゆが甘いのはやだ……、佳代ってなんでも出来るのに、料理だけ上手くできないよね。私が作る方が美味しいもん」
確かに、玲奈の作るお菓子は絶品だ。
でも、私のも、結構美味しいと思うんだけどな。
「なんでもはできないよ、料理、そんなに下手かな……?」
ボソリ、言葉にすると、玲奈は唸ってから、溶けて形の変わったいちご飴を渡してきた。
「……いらない、かな」
「えぇ、美味しいのに」
フンと鼻を鳴らし、飴を食べ始めた玲奈に、私は、それいつのやつだろう……と思った。
「体はもう大丈夫なの?さっきより動けるようになってるけど」
「うーん、だるいけど、佳代と喋ったら、元気になってきた! そういえば、私のところに来るのはやいね」
「あ、うん。ちょうど、そうま……黒金さんに会ってて」
「え! 佳代も、私たちみたいに付き合い始めたの?」
身を乗り出してきた玲奈に苦笑する。
「違うよ、借りてたお金をかえしただけ」
「なーんだ。私もタイプだし、かっこいいから付き合っちゃえばいいのに!」
「……タイプって、春樹さん?が、好きなんじゃないの?」
「うん! 私は、かっこいい人みんな好きなの、それに春樹くんは、私のこと好きって言ってくれるから、私も特別好きなんだ!」
それは本当の好きなの? と、疑いながら、そうなんだと返した。
足が、床のビニール袋に当たる。
冷えピタがあることを思い出し、袋から取り出した。
「そうだ、これと、後、飲み物と薬とかも買ってきたから置いておくね。明日休むでしょ?」
「わぁ~! ありがとう。うん!」
にこにことしている玲奈に、ほっと胸を撫で下ろす。笑える程の体力はあるみたいだし、付き添わなくても大丈夫そうだ。
「課題もあるし、そろそろ帰るね、明日も会いにくるから」
「はーい! あ、明日は、アイスとか、ケーキとか食べたい! 甘いおかゆじゃなくてね」
えへへと、軽口を叩く玲奈に、しかたないなぁとこぼし、私は部屋から出た。
外は薄暗い。
何時だろうと思い、カバンに触れると、小さな振動が伝わってきた。すぐにスマホからだと気づく。
もしかしてと思い取り出すと、やはり相馬さんからだった。着信画面が表示されている。
すぐに切れたが、数秒してからまたかかってきた。
メッセージもあった。
通知の量がすごいことになっている。
背筋がヒヤリとした。なんだか怖い。
最近の相馬さんは、よく分からない行動が多い。
[[rb:躊躇 > ためら]]いながらも応答すると、切羽詰まったような声で、名前を呼ばれた。
――か、佳代ちゃん……! 良かった、出てくれて……あっ、えっと、ぶ、無事帰れた? ご、ごめんね、俺さ、えっと、ほら、心配で、そう、心配になっちゃって! だから、電話しちゃって……
泣きそうにも聞こえて、別れ際はあんなに楽しそうにしていたのに、何があったんだろうと思った。
「全然問題ないです……。あの、相馬さんこそ、大丈夫ですか?」
――お、俺……? ……うん
歯切れの悪い返事だった。
そろそろ通話を終えたいなと考えていたとき、ふと、ご馳走になったケーキが、頭に浮かんだ。
「あの、相馬さん」
――えっ……! ど、どうしたの?
「もらったって言ってたショートケーキって、どこのお店のか分かりますか? 美味しかったので、また食べたいなと思って」
――ケーキ……あ、あぁ、いちごの……。じゃ、じゃあさ! 一緒に買いに行こう?
「え、そんな……悪いですし、お店の名前だけ教えてくだされば、自分で行きます」
やんわりと断ったが、相馬さんは、気にしないでいいからと粘ってきた。
結局、明日の授業後に、二人で出かけることになった。
待ち合わせは大学近くの公園だ。
翌日の十三時、私はお昼ご飯を食べてから向かった。
入口から斜め前に見えるベンチには、既に相馬さんがいた。何故か座らず、立って深呼吸をしている。
困惑しながらも近づき、名前を呼ぶ。
「わっ! え、あ……か、佳代ちゃん? 」
相馬さんは目線を四方八方に散らし、口角を引きつらせた。
なんだか気まずい。
「……すみませんお待たせしちゃって。えーと、じゃあ、行きましょうか」
私も愛想笑いをしながら進もうとした。けれど、体の向きを変えたとき、後ろから指を掴まれた。
肩がはねる。振り返ると、下唇を噛み締めた相馬さんがいた。
なんで触られているんだろう。
「あの」喋り始めるより先に、上擦った声が聞こえた。
「てっ……あっ……その……手繋ごう?」
「……え」
どうしてだろう。
相馬さんは眉を下げて、[[rb:縋 > すが]]るような視線をおくってきた。
握ってきた手は、[[rb:微 > かす]]かに震えている。
でも、了承して繋いだら、周りに誤解されるのでは? 付き合ったりしてるわけでもないのに。
口をつぐんでいると、相馬さんは急にペラペラと喋りだした。
「ごっ、ごめんね! あ、汗かいてたかな……あ、はは、えっと、い、嫌だったよね、俺なんかと手繋ぐの、や、やっぱり大丈夫だから……うん。だ、だから、お、俺のこと、嫌いにならないでほしいな。……あー、ほ、ほら、早く行こっか!」
「えっ、別にそういうわけでは――」
私が全部を言い終わる前に、相馬さんは早足で歩き始めた。心なしか背中が丸まっている。それを見て、思わず引き止めた。
「腕……組むっていうのはどうですか?」
玲奈がよく、してくるのを思い出して提案した。
けれど、男女でやったら、さらにカップルっぽさが増してしまうのでは? ということに気づいた。
やばいと訂正しようとして、口を開けた。が、「えっ……!ぜ、全然! 嬉しい 」という言葉が、数秒の間もなくに返ってきたので、私は黙るしかなくなった。
すぐに隣にやってきた相馬さんは、私の左腕に両手を絡ませてきた。至近距離に体が[[rb:強 > こわ]]ばる。玲奈との時は全然気にならなかったのに……。相手が違うだけで、こうも変わるのか、と思った。
ふわりと鼻に、爽やかなレモンの匂いが届いた。相馬さんからだ。
香水かな?
これだけの距離だったら、私のもとどいてそうだ。臭いとか思われたらどうしよう。
……というか本当に近い。
何故かこちらをグイグイと押してくるので、体が右に傾いてしまう。
「ちょっと……苦しいです」
「あっ、ご、ごめんね! なんかすごい……うん。あ、いや、なんでもない! えっと、力緩めるね」
ほんの少し離れてくれたおかげで、さっきよりはましになったが、ほぼ変わらない。もういいやとあきらめ、相馬さんに案内されながら、ケーキ屋へ向かった。
目的地につき、顔をあげる。
お店は、白を基調とした建物で、金の看板がついていた。中も同じ配色だ。
入口から数メートル先には、ショーケースが設置されていて、色々な種類のスイーツが陳列されている。
「わぁ……」と声をもらした。どれもおいしそうだ。
右から左へ視線を移す。
私が食べたケーキをみつけ、その横に、いちごがふんだんに使われている別のものがあった。
玲奈用にそれと、私は普通のをたのむことにした。
店員さんに声をかけ、お財布を用意する。
「……二つ食べるの?」
横から、相馬さんが尋ねてきた。
「あ、違います。これはれ――」
「もしかしてっ……俺と一緒に食べるやつ?」
「……え」
冷や汗が流れる。
嬉しいなと言葉にし、勘違いをしている相馬さん。
どうやって誤解をとけばいいのだろうか。高速で頭を動かし、箱詰めが終わる前に、私は「すみません、ケーキ、別々にしてください!」と頼んだ。そして、早口で言葉を紡ぐ。
「た、食べるんじゃなくて、前回のお礼に、相馬さんにケーキお返ししようと思って。ついでに友達のも買って帰ろうかなって思ったんです」
即興で考えた言い訳。
罪悪感から、下を向く。
「……俺のと……友達にも? それって、佳代ちゃんが怪我した原因の女の子だよね、あの日一緒にいた」
「い、一緒にいたのは玲奈ですけど、でも、原因じゃないです。私のせいでもあって」
「違うよ、その女が後先考えず行動したから、怪我させられたんだ、佳代ちゃんのこと邪魔して、やること――」
「そんなふうに言わないでください!」
何も知らないのに。
私がどれだけ、玲奈に救われてきたか。
分からないから、悪く言えるんだ。
感情的になってしまった自分に後悔する。
高まった熱は、だんだんとひいて、冷静になってきた。周りに人もいるのに、声を上げてしまった。
店員さんがこちらを見ている。
ケーキの入った箱を持ったまま、ぽかんと口をあけている。
すみませんと謝罪をし、払おうとした私の手を、相馬さんは遮ってきた。
「これでお願いします」
一瞬よく分からなくなり、眺めていたが、すぐに小声で話しかける。
「な、なんでお金出して……はらいますから」
それでも、私のことなど意に介さず、相馬さんは勝手に会計を済ませ、商品を受け取り、流れるように私の手をとって外に出た。ギュッと握られていて痛い。
一歩二歩と進む。
そよりと風がふいたかと思ったら、突然、抱きしめられた。
「ごっ……ごめん、ごめんね、ついカッとなって、分かってる、分かってるんだけど、なんか、むしゃくしゃして。あ、あのね、俺ね、人の顔が見えないんだ。なんかぼやぼやして、パーツとかは何となくわかるんだけど、よく分かんなくて、佳代ちゃんだけなんだ。ちゃんと見えるの。だから、佳代ちゃんの口から誰かの名前出ると、こう、潰したくなるって言うか。……はは、意味、わかんないよね、俺もわかんない。あぁ……そうだ、ケーキは、全部食べて、俺はいらないから、いちご、好きなんだよね? すごい見てたし……お金……は、気にしないで、許してもらおうと思って買ったわけじゃないから……いや、まぁ、ちょっとあるけど、ってそういうんじゃなくて、か、佳代ちゃんに嫌われたくないから、俺、何とか我慢するから、一番は俺だし、我慢する」
情報量が多すぎて、理解ができない。とりあえず、先程のことを謝ってくれてる、という認識でいいのだろうか。
「……私もすみません、いきなり声上げたりして」
「ううん」
何とか和解をして、ひといきついてから、離れようと腕をつっぱねるが、動いてくれない。
「相馬さん、時間もあれなので、そろそろ私、帰ります」
「あっ……うん。そっか、もうばいばいか」
窮屈だった体は、相馬さんが後ろに下がったことによって解放された。
疲れた。
「じゃあ、ありがとうございました」
「……うん」
微動だにしない相馬さんを気にしつつも、私はその場から去った。
結局奢られてしまった。本当ならちゃんと断るべきなんだろうけど、そんな状況ではなかったし。
もらってばっかで、何か返した方がいいのかな。でも、相馬さんに会いたくない。
とりあえず、後で感謝のメッセージを送ることにして、思考を切り替えた。
そこから数十分後、私は玲奈の家に着いた。インターホンを押すと、昨日とは違い、物音が聞こえる。
次に、バンという衝撃音と一緒に、扉が開いた。
「いらっしゃーい!」
玲奈が現れ、飛びついてくる。あんなにぐったりとしていたのに、驚異の回復力だ。
「お待たせ、ケーキ買ってきたよ」
「やったー!……あ! 高いやつだ!」
「え、知ってるの?」
「好きだった配信者が食べてたの~、私も食べようと思ってたんだけど、その前に担降りしたから、忘れてたんだぁ」
なるほどと頷く。どこにあったの? と聞かれたので、「バスにのったらすぐ着くよ」と答えた。
「今度一緒に行こうね! あ、そうだ、値段どんくらいだった? 何円あればいいかな」
「あぁ、いいよ、お店、そ……黒金さんに教えてもらって、お金も払ってくれたから、私が買ったわけじゃないの」
玲奈は一瞬ぽかんとしたが、分かった! と言って私の手をひいた。
「じゃあ早く食べよ~!」
満面の笑みをうかべる玲奈に、私もつられて口角をあげた。
「うんそうだね、食べよっか!」
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