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しおりを挟む母方の祖母は七十五歳、古い屋敷に独りで住んでいる。
祖父は三年前に他界しており、祖母はさぞ寂しい思いをしている、と僕は考えているが、本人は特に寂しいとはいわない。
仏壇の前でちょこんと正座し、お参りをする祖母の丸まった背中が、頭のなかで鮮明に蘇る。
だから僕は、猫の一匹でも飼えばその寂しみも和らぐかな、と思いながらダンボール箱を抱えて歩き、やがて祖母の家にたどり着いた。堅牢な石垣に囲まれた名家の屋敷。表札には、
『 月雲 』
とある。
うちのマンションから徒歩二十分という距離で、荷物は子猫だったので軽くて助かった。
僕はキーケースから鍵を取り出して玄関の扉を開けた。チャイムは鳴らさない。どうせ祖母の耳は遠い。
「おばあちゃ~ん」
と叫んだが、やはり返事はない。
代わりに屋敷の奥のほうから、ガサゴソと物音が聞こえてくる。
「おじゃましま~す」
と僕は声を張りあげ、猫ちゃんが入ったダンボール箱を上り框においてから靴をぬぐ。
屋敷独特の広い三和土に靴をそろえてから、またダンボール箱を抱えて廊下を歩く。
屋敷は綺麗に掃除されていて、塵ひとつ落ちていない。週一でホームヘルパーさんが屋敷に来てくれているらしい。祖母からしたら、従者とさして変わらないだろう。
ガサゴソと音が漏れている。どうやら仏間のほうだ。開けられていた襖をのぞいてみると……。
「おお、彩人……」
と、祖母は振り向きざまにささやいた。
手もとには、茶色い封筒を持っている。
僕を見つめる祖母の視線は、ミィ、ミィと鳴くダンボール箱に向けられ、
「それ、なんだい?」
と訊かれた。
ああ、と僕はつぶやいてから、ダンボール箱を下ろした。
白い毛をした猫が、ミィミィ、と愛くるしく鳴いている。
「猫ちゃんだよ」
「かわええのぉ、まだ赤子じゃないかぁ……捨て猫かい?」
「そうなんだ。さっき河川敷で拾ったんだけど……」
祖母はお人好しだ。
僕が言わんとすることを察したのか、こくりと頷き、
「あたしが面倒みるよぉ」
といってくれた。
嬉しさのあまり、僕は祖母に抱きついて、
「ありがとう」
とお礼をいった。僕の肩を叩く祖母は、
「苦しいよぉ、彩人……」
と唸っていた。
華奢な祖母の身体は冷たくて、皺の深い手や血管が浮き出た腕を見ていると、人間の最終形態がどんなものか、はたと思い知らされる。僕もいずれは歳を取って、このように……。
「さて、猫の名前はどうしようかのぉ、ミケ、ミーコ……」
といいながら、祖母は茶を淹れ始めた。
僕は猫をあやしながら、机に置かれた茶色い封筒を見つめた。
気になったので、祖母に尋ねてみる。
「ねえ、その封筒ってなに?」
ああ、これは、と祖母はささやきながら、とくとくと湯呑みに茶を注ぐとつづけた。
「ご先祖さまの手記だよ」
「へえ、手記なんてお洒落だね。どんな話なの?」
「会えなくなった恋人との別れ話。まあ、今でいうと不倫よ」
「わぉ! ご先祖様っ、やるぅ」
「というても、空想の物語だと思うんよ」
なんで? と僕が訊き返すと祖母は笑った。
「だって、相手の男がこっちの人では、いや、もはや人ですらないかもしれん……」
「えっ?」
僕は首を傾けた。
不思議なことをいう祖母の次の言葉を待つ。
だが、期待する声は返ってこなかった。
祖母は湯呑みをふたつ持って、ひとつを僕に渡してきた。
「ありがとう」
といって受け取ってすする。
緑茶のほろ苦さが胸にしみて、ほっこり落ち着いてきた。
「にしても、ご先祖様って誰なの?」
祖母はこくりと頷くと、静かに語り出した。
「和香さんといってね、彩人にとっては高祖母というよ」
「おばあちゃんだらけだね」
おほほ、と笑う祖母はさらにつづけた。
「のお、彩人、せっかくだしお参りしてやっておくれ、ご先祖様も喜ぶし」
わかった、といった僕は立ち上がり仏間に向かった。
その流れのなかで、
「おばあちゃ~ん、今日、泊まってもいい? 明日から仕事休みなんだぁ」
と尋ねると、祖母は微笑みで返してくれる。
やった、許可してくれた。
祖母は僕が家にいても干渉してこないから、これでのんびりできる。誰にも邪魔されず、謎めいた推理小説を読むのが僕の趣味であり、ストレス解消。でも、実家だと父と母の生活臭がうざったい。たとえば、あやと~ごはんどうする? なんて声をかけられて、僕は現実逃避から呼び戻されてしまう。
「仕事休みの小旅行、ひっそりと僕を旅立たせてほしいよ……」
なんてぼやいていると、新しい家族が僕のすねをこすってくるから、可愛い、と思った。
にゃんにゃん、と鳴くその様子から、
“ 一緒にいよう、にゃん ”
といっているような、そんな錯覚があった。
こっちの家も賑やかになりそうだな、どうかな? 猫ちゃん?
僕は猫ちゃんを踏んづけないように歩き、仏間の前で、ちょこんと正座になった。
蝋燭に火をつけ、お線香にも火をつける。
香炉に立てると、ゆれる煙とともに白檀の香りが漂う。
ちーん、と鈴を鳴らす。
かすんでいく音、静けさのなかで手を合わせ、優しく目を閉じ、しばらく黙祷していると、突然、耳もとで、
「見つけた、見つけた……」
と、ささやくような声が響く。
猫の鳴き声かな、と思ったが、だんだんその声がはっきりと頭のなかで響いてきた。
「さあ、召喚しよう……」
しょうかん? と僕は小さな声で復唱しながら、ゆっくり目を開けてみると、視界は白い光りに包まれていた。
「え?」
と、驚いた。その瞬間、世界が色鮮やかに広がっていく。
気がつくと僕は、社殿の中で正座していた。
香り立つ木造建築、肌触りの心地いい床は無垢材が敷かれ、その足元には呪術的な魔法陣が描かれていた。
恐ろしくなり、目をそらすように天井を見上げると、ありえないほど高い。十メートルはありそうで、思わず顎が外れそうになる。
荘厳とした薄暗い室内、わずかに光りを取り入れているのは、灯された太い蝋燭と、開け放たれた障子から見える自然豊かな緑の景色……。
「ここはどこ?」
そう誰にでもなく問うが、返事はない。
見渡す限り、美しい直線で築かれた木造建築が広がっている。
日本古来から伝わっている祭壇に巨大な水晶玉が祀られ、そこに、ふたつの人影が立っていた。
背が高く、男性的なシルエットが明るみになり、じわり、とこちらに歩いているようだ。
装束を着ており、静粛とした佇まいを感じる。
この社殿に使える神官だろうか。僕は思いきって、
「あの、ここは?」
と訊いた。
すると、純白の袴を着た男が微笑んだ。
その姿を見て心臓が飛び跳ね、戦慄が走る。
男は人間じゃなかった。
銀髪の頭には白い角が生え、神秘的なブルーの瞳はまるで宝石のように輝いている。
彼は僕に近づくと、銀色に煌めく爪をした手を差し伸べた。
「ようこそ、獣人旅館へ」
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