2 / 66
02:侮辱を受けて
しおりを挟む
「顔色が変わったな。女神の敬虔な信徒として厳しく己を律し、誰よりも清純であるべき聖女が巡礼の旅の途中で蛮族に身体を許し、宿で三日も過ごすとは。まさに神をも恐れぬ所業、女神の顔面に唾を吐くにも等しい行為だ。貴様には貞操観念がないようだな。一体どんな教育を受けた?」
ジルベルト様は緑色の目を細め、はっきりと侮蔑の表情を浮かべた。
「誤解なさらないでください! シャノンが私を抱き抱えたのは私が高熱で倒れていたからです! シャノンが私に触れたのは真実あのときだけです! 宿に三日滞在したのは寝込んでいたからです! 付け加えて言うならばシャノンは同じ宿には泊まっていません! 亜人だからと宿泊を拒否されたのです! 彼は私が回復するまでの間、宿近くの小屋で過ごしました!」
「貴様は何階の部屋に泊まった?」
「……二階ですが」
質問の意図がわからず、私は戸惑いながら答えた。
ドナーニは聖王国の北西にある小さな村だ。
当然宿も小さく、三階建て以上の立派な建物であるはずがなかった。
「二階か。蛮族の身体能力ならば、窓から出入りするのは容易いだろうな」
「な……」
どうあってもジルベルト様は私とシャノンを辱めたいらしい。
「お言葉ですが、陛下。シャノンは――」
――窓から出入りなどしていない。
これは回復した後で聞いた話だが、シャノンは私の介抱を宿の主人の妻、ローラさんに頼んだらしい。
シャノンは時折、外からローラさんに私の様子を尋ねるだけで、入るなと言われた宿には決して足を踏み入れなかった。
シャノンは雨が降る中、私の部屋を見上げていたそうだ。
――狼族だと言っていたが、あれはまるで主人の帰りを待つ忠犬のようだったよ。
あんなに健気にされちゃ敵わないわ、とローラさんは笑っていた。
ローラさんが私の世話を焼いてくれたのは、間違いなくシャノンのおかげだった。
「ええい黙れ、陛下の御前で蛮族の名を連呼するな!! 汚らわしい女め!!」
私の台詞を遮り、恰幅の良い大臣が憤怒の形相で叫んだ。
「巡礼の旅にかこつけて放蕩にふけっていたとはなんたること、神への冒涜だ! 国外追放など生温い、陛下、極刑にすべきです!」
大臣の叫びを皮切りに、非難の声が一斉に噴き上がった。
「大臣のおっしゃる通りよ。信じられないわ。聖女ともあろう者が、よりにもよって、巡礼の旅の途中で蛮族とみだらな行為を?」
「前代未聞だわ。なんて不潔なの。破門になって当然よ」
「一人だけ何故こんなにも帰りが遅いのかと思ったら……最低だわ。恥知らず」
「蛮族と三日も過ごしておきながら『何もなかった』などあり得るものか。蛮族には人間のような知性もなく、品性もない。本能のままに生きるケダモノだ。蛮族は頭ではなく下半身に脳がついておると聞く。三日三晩、さぞ乱れた……おお、なんと悍ましい! 女神よ、どうかお許しください!」
ケノック大司教は目を潤ませながら天井の女神を見上げ、両手を伸ばした。やけに芝居がかった動作だった。
「…………っ」
歯を食いしばり、爪が皮膚を突き破るほど強く拳を握る。
自分のことならまだ許せる。
でも、シャノンを侮辱されるのは悔しくて仕方なかった。
ローラさんにお礼を言って村を出た後、シャノンは風の神殿に辿り着くまで同行してくれた。
それまでずっと一人で心細かったから、護衛役兼話し相手になってくれた彼には本当に救われた。
風の精霊を従えて神殿から出てきた私を見て、もう自分がいなくても大丈夫だと思ったらしく、彼は別れを告げた。
遠ざかる背中に向かって、いつか会いに行っても良いかと尋ねた。
彼は驚いたように頭の耳を立ててから。
「もちろん。待ってる」と笑ってくれた。
ここにいる人たちは亜人を蛮族だと蔑むけれど。
ここにいる誰よりも、シャノンは優しい紳士だった。
――アンジェリカ。あたしたちは必ず戻るから信じて待ってて。どんなことがあっても負けちゃ駄目よ。
風の精霊の言葉が蘇る。
精霊たちの強い眼差しが、その言葉が私に勇気と力をくれた。
手のひらから力を抜き、すうっと息を吸い込む。
ジルベルト様は緑色の目を細め、はっきりと侮蔑の表情を浮かべた。
「誤解なさらないでください! シャノンが私を抱き抱えたのは私が高熱で倒れていたからです! シャノンが私に触れたのは真実あのときだけです! 宿に三日滞在したのは寝込んでいたからです! 付け加えて言うならばシャノンは同じ宿には泊まっていません! 亜人だからと宿泊を拒否されたのです! 彼は私が回復するまでの間、宿近くの小屋で過ごしました!」
「貴様は何階の部屋に泊まった?」
「……二階ですが」
質問の意図がわからず、私は戸惑いながら答えた。
ドナーニは聖王国の北西にある小さな村だ。
当然宿も小さく、三階建て以上の立派な建物であるはずがなかった。
「二階か。蛮族の身体能力ならば、窓から出入りするのは容易いだろうな」
「な……」
どうあってもジルベルト様は私とシャノンを辱めたいらしい。
「お言葉ですが、陛下。シャノンは――」
――窓から出入りなどしていない。
これは回復した後で聞いた話だが、シャノンは私の介抱を宿の主人の妻、ローラさんに頼んだらしい。
シャノンは時折、外からローラさんに私の様子を尋ねるだけで、入るなと言われた宿には決して足を踏み入れなかった。
シャノンは雨が降る中、私の部屋を見上げていたそうだ。
――狼族だと言っていたが、あれはまるで主人の帰りを待つ忠犬のようだったよ。
あんなに健気にされちゃ敵わないわ、とローラさんは笑っていた。
ローラさんが私の世話を焼いてくれたのは、間違いなくシャノンのおかげだった。
「ええい黙れ、陛下の御前で蛮族の名を連呼するな!! 汚らわしい女め!!」
私の台詞を遮り、恰幅の良い大臣が憤怒の形相で叫んだ。
「巡礼の旅にかこつけて放蕩にふけっていたとはなんたること、神への冒涜だ! 国外追放など生温い、陛下、極刑にすべきです!」
大臣の叫びを皮切りに、非難の声が一斉に噴き上がった。
「大臣のおっしゃる通りよ。信じられないわ。聖女ともあろう者が、よりにもよって、巡礼の旅の途中で蛮族とみだらな行為を?」
「前代未聞だわ。なんて不潔なの。破門になって当然よ」
「一人だけ何故こんなにも帰りが遅いのかと思ったら……最低だわ。恥知らず」
「蛮族と三日も過ごしておきながら『何もなかった』などあり得るものか。蛮族には人間のような知性もなく、品性もない。本能のままに生きるケダモノだ。蛮族は頭ではなく下半身に脳がついておると聞く。三日三晩、さぞ乱れた……おお、なんと悍ましい! 女神よ、どうかお許しください!」
ケノック大司教は目を潤ませながら天井の女神を見上げ、両手を伸ばした。やけに芝居がかった動作だった。
「…………っ」
歯を食いしばり、爪が皮膚を突き破るほど強く拳を握る。
自分のことならまだ許せる。
でも、シャノンを侮辱されるのは悔しくて仕方なかった。
ローラさんにお礼を言って村を出た後、シャノンは風の神殿に辿り着くまで同行してくれた。
それまでずっと一人で心細かったから、護衛役兼話し相手になってくれた彼には本当に救われた。
風の精霊を従えて神殿から出てきた私を見て、もう自分がいなくても大丈夫だと思ったらしく、彼は別れを告げた。
遠ざかる背中に向かって、いつか会いに行っても良いかと尋ねた。
彼は驚いたように頭の耳を立ててから。
「もちろん。待ってる」と笑ってくれた。
ここにいる人たちは亜人を蛮族だと蔑むけれど。
ここにいる誰よりも、シャノンは優しい紳士だった。
――アンジェリカ。あたしたちは必ず戻るから信じて待ってて。どんなことがあっても負けちゃ駄目よ。
風の精霊の言葉が蘇る。
精霊たちの強い眼差しが、その言葉が私に勇気と力をくれた。
手のひらから力を抜き、すうっと息を吸い込む。
125
あなたにおすすめの小説
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜
せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。
結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。
この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!
幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。
ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。
桜城恋詠
ファンタジー
聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。
異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。
彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。
迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。
「絶対、誰にも渡さない」
「君を深く愛している」
「あなたは私の、最愛の娘よ」
公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。
そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?
命乞いをしたって、もう遅い。
あなたたちは絶対に、許さないんだから!
☆ ☆ ☆
★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。
こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。
※9/28 誤字修正
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる