【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花

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48:大商人との交渉(1)

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 王宮内の一角にある、小会議室。 
 私とシャノンは重厚な木製のテーブルを挟み、モートンさんと向かい合っていた。

「この四日間、エレギアで過ごしてみてどうだった? 王立魔導院や魔法研究所、ドワーフの鍛冶工房。色んな場所に行ってもらったが」
「いやあ、実に貴重な体験をさせてもらいましたよ。エレギアの技術力の高さには驚きました。正直、こんなに発展しているとは思っていませんでした。ミグロムでは未開の地だなんて言われていますが、帰ったら訂正して回りたいと思います――」

 心臓が騒いでいる。
 これからの交渉のことを考えると、花茶を持つ手が震えた。
 シャノンとモートンさんの会話を聞きながら、私は緊張から逃げるように窓の外を見た。
 昼下がりの庭園では、お仕着せを着た侍女と庭師が談笑している。
 ごく平和なその光景を見た私は、無意識に唇を引き結んでいた。

 ――誰かと笑い合う自由を、奴隷として鎖に繋がれたミグロムの亜人たちにも届けたい。

 願いは祈りだけでは届かない。
 だからこそ今日、私はこの会議室で『ポーション』という取引材料を携え、大商人との交渉に臨む。
 本気の交渉なので、契約精霊たちには遠慮してもらった。
 ただし、契約精霊以外の精霊は別。
 私の周りにはたくさんの精霊たちが姿を消した状態で待機していた。

「――ところでアンジェリカちゃん。国王陛下との協議の結果はどうだったのか、聞いてもいいかな?」

 ――来た。ここからが正念場だ。

 私は腹を括ってティーカップをソーサーに置き、モートンさんに顔を向けた。

「条件次第で商取引は可能です」
「ほう。条件、とは?」
 大商人の茶色の瞳が、獲物を見定める猛禽のように細められる。
 普段の飄々とした彼とはまるで別人のようだが、この変貌ぶりに飲まれてはいけない。
 ルベリオ王子とサフィーヌ王女は奴隷制度に反旗を翻す改革派。
 この交渉を通して、彼らに繋がる『鍵』を得ねばならないのだから。 

「ミグロムの奴隷制度の廃止に協力してもらうことです」
「……。亜人の立場からしたら、当然の願いだろうね。でも、オレはただの商人にすぎないよ。議会を動かすなんて不可能だ。荷が重すぎる」 
 モートンさんは苦笑したけれど、笑い事では済まされない。
 私は微塵も笑うことなく、真顔でモートンさんを見つめ続けた。

「ご負担は承知の上です。しかし、いまこの瞬間にも、ミグロムの亜人奴隷たちは過酷な労働を強いられ、正当な報酬も得られず、命すら軽んじられているのです。あなたは王宮とも取引を行う大商人。その力をより強く行使して、彼らを解放する手助けをしていただきたいのです。私たちが協力すれば、あなたにも大きな利益が見込まれると確信しています」
 私は熱を込めて言った。

「ミグロムは魔導工学が発達しています。奴隷に頼らずとも、機械や魔導具を活用すれば生産は成り立つ。農場や工房に安価で使える魔導具を導入し、賃金労働へ移行する仕組みを作りましょう。奴隷がいなくとも経済が回せることを証明するんです」
 私は椅子に置いていた鞄からいくつかの魔導具を取り出し、テーブルに並べた。

「私たちの元には志あるドワーフの職人たちが集い、魔導具の開発に尽力してくれています。彼らの卓越した鍛冶と工芸の技に、農家や現場の職人たちの声を取り入れて形になったのが、こちらの品々です」
 私はテーブルの上を手のひらで示した。
 簡易式の農業用魔導具、小型の魔力炉、そして職人向けの補助装置など。
 どれも見た目は質素だが、実用性に特化した設計がなされていた。

「これらは奴隷労働に頼らずとも十分に労働を補助し、生産性を高めることができる道具です。価格も、素材と加工法を工夫することで一般の農家や工房にも手が届く水準に抑えてあります。魔導工学の最先端であるミグロムの優れた魔導技師の意見があれば、さらに改良できることでしょう」
「……ふむ」
 モートンさんは魔導具の一つを手に取り、興味深そうに眺めた。

「モートンさん。これらを、あなたの商会で扱っていただけませんか? 他国にすら販路を持つあなたの手により、これらの魔導具が広く流通すれば、奴隷制度に頼らない生産の在り方が現実のものとなります。少なくとも、その足がかりにはなるはず」
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