【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花

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56:願い事は

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 大盛況のうちに料理コンテストは幕を閉じた。
 審査員としての挨拶を終えた後、私は広場の端に放置されていた木箱に座って胃薬を飲み込んだ。
 
「大丈夫か?」
 シャノンが私の傍に屈んで言った。

「……ええ。なんとか」 
 まだ口の中はヒリヒリしているし、胃の調子も悪い。
 それでも、ドワーフの料理人ローグさんが作った『灼熱のマグマ煮込み』――要するに激辛鍋――を食べきったことに後悔はなかった。

「辛いのが苦手なら無理に食べなくても良かったのに」
「そんなわけにはいかないわ。審査員となった以上は、どんな料理であろうときちんと食べて公正に評価しないと、料理人さんに失礼よ」
 私はお腹を摩りながら、広場に設置されたステージを見上げた。
 ステージ上ではルアドさんやスタッフが不要となった料理器具やテーブルを片付けている。
 その一方で、コンテストに参加した料理人たちは料理の残りを観客に振る舞っていた。

 ただの料理コンテストにしては、やけに観客が多いのを不思議に思っていたが、みんなコンテスト後に振る舞われる料理目当てで集まっていたらしい。
 料理人がアシスタントと共に、各自三十人前くらいはあるのではないかという大量の料理を作っていた理由も、これで判明した。

「汗を流しながら一生懸命料理していたローグさんを前に、『辛いのは苦手だからパスします』なんて言えるわけないでしょう? それに、観客も参加者もみんな、私を大歓迎してくれたのよ。ルアドさんも料理コンテストの成否は私にかかっていると言ってくれたし、期待には応えたいじゃない」

「アンジェリカは真面目だな。でも、頑張ってくれたおかげで会場は大盛り上がりだったよ。ありがとう。ローグもアンジェリカが泣いてる理由を勘違いして『泣くほど感動してくれるなんて料理人冥利に尽きる』って喜んでたしな。アンジェリカがパスしてたら、あの笑顔を見ることはできなかったはずだ」
「ふふ。頑張って良かったわ」
 体調が治るまで、シャノンは私の傍にいてくれた。
 コンテストに出てきた料理の中で特に印象深かった料理や、コンテスト中に起きたハプニングなどを語り合い、笑い合う。

「そろそろ動けるか?」
「ええ。もう大丈夫」
「じゃあ、『願い葉』を書きに行こう」
「ええ」
 私は差し出されたシャノンの手を握って立ち上がった。


 エレギアには『願い葉』という独自の風習がある。
 自らの願いを『ルナリーフ』と呼ばれる樹の葉に書き記し、夜になればそれを焚火へくべる。
 炎と共に煙が立ちのぼり、やがて煙が空へ届けば、葉に込めた願いもまた空へ届くと信じられているのだ。

 神殿前の広場に設置された天幕の下には多くの亜人たちが集まり、巫女や神官から『ルナリーフ』を受け取っていた。
 ペンを持ち、葉に願いをかき込んでいる人々の中にはモートンさんもいた。

 バロン様と会議をしたり、エレギア王立魔導院とモートン商会の合弁会社設立のための打ち合わせをしたりと大忙しの彼も、いまばかりは仕事を忘れ、亜人の国の夏祭りを満喫しているようだ。

「あら、王子。アンジェリカとデート中?」
 エルフの神官からルナリーフを受け取り、天幕の下に並べられている机の一つに向かったそのとき、声が聞こえた。

 シャノンと共に足を止めて右手を見れば、メルトリンデが立っている。
 彼女の中で何らかの心境の変化があったらしく、メルトリンデはケーキを食べた日以降、身体に合うサイズの巫女服を着るようになった。
 引きずるほど長かった髪も胸の下くらいの長さまでに切り、両側の側頭部で結っている。
 無理に背伸びするのを止めて、年相応の子どもに戻った。そんな印象を受けた。

「ああ。一緒に回ると約束してたんだ」
「そう。楽しんでるみたいで何より」
 メルトリンデはシャノンの左腕に巻かれている白いリボンと、私の頭のリボンを見て笑った。
 最近の彼女は屈託のない笑顔を見せてくれる。
 その変化を嬉しく思っていると、メルトリンデはおもむろにシャノンの右手を掴み、私を見上げて言った。

「ちょっと借りるわ。心配しなくても、すぐ返すから」
 一国の王子が、まるで物扱いだ。

「え、ええ……行ってらっしゃい?」
 いいのかしら、と思いつつも頷く。

「おれは本か何かか?」
 メルトリンデはシャノンの抗議を無視し、彼を連れて天幕の陰に引っ込んだ。

 ――ただ待つのも暇だし、この間に願いを書いてしまおう。

 ちょうど空いた机を見つけて、私はそちらに向かった。
 机の上に置いてあったペンを手に取り、悩む。

 ――さて、何を書こう。

 来年もシャノンと一緒に夏祭りに行けますように。
 私に優しくしてくれた人たちの無病息災。
 ミグロムの奴隷制度廃止……ぱっと思いつくだけでも、願い事はたくさんある。
 でも、書ける願い事は一つだけと決まっていた。
 二つ以上書いてしまうと、天の神に強欲とみなされ、その願いは叶わないとされているのだ。

「うーん……」
 悩んだ末、私はペンを動かした。
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