【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花

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58:神域(2)

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「おれたちも踊るか? おれと一緒に踊るのを楽しみにしていると言ってくれたよな」
 近くで踊っている精霊たちを一瞥してから、シャノンが私に手を差し伸べた。

「音楽もないのに? どんなダンスを?」
 そう言いながらも、私は彼の手を取った。

「いいんだよ。適当で。楽しければそれでいいんだ」
 星空の下、私たちは手を取り合って踊った。
 精霊たちの調子外れの歌に乗って身体を揺らし、時には回転し、笑い合う。

「楽しかった?」
「ええ。とっても」
 ダンスが終わっても、シャノンは繋いだ手を離そうとしなかった。
 彼の左腕には、朝から変わらず白いリボンが結われている。
 もちろん、私の髪にもだ。

 ――もし私たちが夜のダンスに参加していたら、シャノンは私に結婚を申し込んでくれていたのかしら。

 気まぐれに吹く風を受けて、シャノンの耳と髪が揺れている。
 その様子を見ながら、私は思い切って問いかけた。

「ねえ、シャノン。あなたの『運命の番』は誰なのか――その答えを、教えてちょうだい」
 繋いでいた手を離し、シャノンと向かい合って立つ。
 心臓が早鐘を打っている。
 それでも、私は聞きたいのだ。彼の口から。いまこそ、その答えを。

「アンジェリカ。君だ」
 シャノンはひたと私を見据え、はっきりとそう言った。
 心臓が強く脈を打つ。
 震えるほどの甘い喜びが全身を貫いた。

「出会ったときから、おれはアンジェリカのことが好きだった。ひと目見たその瞬間から、どうしようもないくらいに惹かれたんだ。ただ、あのときアンジェリカは弱っていたから、告白なんてする暇がなかった。恋とか番《つがい》とか置いといて、とにかく助けないと――そんな思考で頭がいっぱいだった」
 シャノンは苦笑した。私も苦笑する。

「シャノンとまともに言葉を交わすことができたのは、熱が下がった後だったわね。宿から出てきた私を見て、シャノンは泣きそうな顔で笑ってくれた。驚いたわ。何でこの亜人は見ず知らずの人間をここまで気にかけてくれるんだろうと思った。でも、凄く嬉しかった。それまでずっと独りぼっちで旅をしていたから、あなたの笑顔に救われたような気さえしたのよ」
 当時のことを思い出す。
 宿の外で、私たちは互いに自己紹介した。

 肩を並べて道を歩きながら、私は聞かれるままに旅の理由を明かした。
 すると、何故かシャノンは膝から崩れ落ちた。
 私がいくら治癒魔法をかけても全く無駄。
 魂が抜けたような有様で、たっぷり五分は動かなかったと記憶している。

「…………ねえ。もしかして、『王妃になるために旅をしている』と言ったとき、シャノンが崩れ落ちた理由って」
「そうだよ。長いこと探し続けて、やっと『運命の番』に出会えたと思ったら、彼女は他の男の番になるために旅をしてた。ショックを受けるなっていうほうが無理だ」
 当時受けたショックを思い出したのか、シャノンは耳をぺたんと伏せた。
 その様子は叱られた犬そっくりで、笑ってはいけないと思いつつも、つい噴き出してしまう。

「笑うなよ」
 拗ねたような言い方がまた可愛くて。
 私は微笑みながらシャノンの頬に両手を添えた。
 私の行為に驚いたらしく、シャノンの耳がぴんと立った。

 ――そうか。シャノンの頬はこんな感触だったのね。

 初めて知ると同時に、胸にこみ上げる衝動があった。

 ――この一度きりで終わらせたくない。
 私はまだ、彼に触れたい。
 たった一度で満足なんてできない。
 許されるのなら、この先、何度でも彼に触れたい。
 このまま顔を近づけて、キスをしてしまいたい――こみ上げる衝動のままに、私は言った。

「シャノン。私も、あなたのことが好き」
 シャノンは一目で私を『運命の番』だと見抜いたのに、力ずくで攫おうとはしなかった。
 私を困らせまいと、自分の気持ちを固く封印し、事実を伝えないまま笑顔で去った。
 聖女だった頃、私は自分よりも他人を大切にしようと務めた。
 でも、彼は素でそれが出来る人なのだ。尊敬しかない。

「私はあなたの優しくて、誠実なところが好き。大好きなの。これからもずっと傍にいたい」
「好きというのは……その、一人の男として、と解釈してもいいんだろうか?」
 勘違いだったら困ると思ったのか、シャノンは真顔で確認してきた。

「ええ」
 肯定すると、シャノンは彼の頬に添えている私の手をそっと掴んで下ろさせた。
 私の両手を握り、夜風に吹かれながら言う。

「……アンジェリカ。愛してる。おれはずっと、君が欲しくて堪らなかった」
 情熱的な言葉に、頬が熱を帯びた。

「生涯君だけを愛し、大切にすると誓うから。どうか、おれの番になってほしい」
「……はい」
 万感の思いでその言葉を口にすると、シャノンは安堵したように笑い、両手を広げた。
 ためらうことなく彼の胸に飛び込む。
 そうすることが当然であるかのように、私たちは自然と抱き合っていた。

「良かった。『願い葉』にかけた願いは叶いそうだ」
 私の髪を愛おしそうに撫でながら、シャノンが言った。

「どんな願いをかけたの?」
 シャノンの匂い。シャノンの温もり。腕の中に包まれる安心感。
 それらに対する未練を振り切り、私は身体を離して訊いた。

「来年も、アンジェリカと一緒に夏祭りに行けますようにって」
「奇遇ね。私も全く同じ願いを書いたわ」
 ミグロムの奴隷制度廃止を願おうかと思ったけれど、結局、ごく個人的な幸せを願うことにしたのだ。
 一番初めに心の浮かんだことが、自分が一番叶えたい願いだと思ったから。

「そうか。二人とも同じ願いなら、きっと叶うな」
 顎を掴まれ、顔を上向けられた。
 シャノンの端正な顔が近づいてくる。
 私は目を閉じて、唇の柔らかな感触を受け止めた。

 精霊たちのはしゃぐ声がした。
 良かったね、幸せになってね――優しい声が、そう囁いている。

 ――ええ。私、とっても幸せよ。
 夜の風は穏やかで、空には満天の星、地上には光り輝く『神樹』と精霊たち。
 夢のように美しい景色の中、私は心の底から笑った。
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