【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花

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64:歴史が動いた

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「……たわけが。アンジェリカの首を刎ねてどうする。ネクロンドを救う手立てを失うだけではないか」
 さきほどの発言者に軽蔑のこもった零下の一瞥を投げてから、カイゼル王は私に視線を移した。

「アンジェリカ。ミグロムの制度に不満があるなら、何故大精霊という武力を行使しなかった? ミグロムを滅ぼし、力ずくで奴隷を解放しなかった理由は何だ?」
「エレギアの王子は誰よりも平和を愛しています。そして私も、無益な戦や殺戮は好みません。武力は憎しみの連鎖を生むだけです。対話で解決できるならば、それが最善の道と信じます」

 私の答えに、カイゼル王は静かに目を閉じた。
 重臣たちが息をのんで見守る中、やがて、カイゼル王が目を開く。

「……そなたの信念と勇気、余は確かに見届けた。改革の道を開こう。そなたがネクロンドの光を取り戻せたなら、奴隷制度は廃止する」

 ――しん、と。
 水を打ったように、場が静まり返った。
 それはまるで、世界そのものが息を呑んだかのようだった。

 次の瞬間、ルベリオ王子が力強く両手を打ち鳴らした。
 一人から始まった拍手の音はたちまち重なり、カイゼル王の決断を讃える熱い波となって広がっていく。
 若い女性が涙をこぼし、髭を蓄えた老臣が目頭を押さえた。
 保守派らしき大臣たちも渋々ながら手を叩き、兵士たちまでもが両手を合わせた。
 ルベリオ王子とサフィーヌ王女は手を叩きながら満面の笑みを浮かべている。

 ――ついに、歴史が動いた。

 胸の奥に、熱いものがこみ上げる。
 エレギアを出発する前、私はシャノンと約束していたのだ。
 悲願が叶ったら、結婚しようと。

「…………っ」
 危うく涙が零れそうになったが、いまは立ち止まる時ではない。
 私は涙を拭い去り、玉座に向かって深く頭を垂れた。

「ありがとうございます。それでは早速、治癒を行いたいと思います。私を王太子殿下の元へ案内してください」

 ◆  ◆  ◆

 王太子の瞳に光が戻った後、ミグロムではただちに奴隷制度の廃止に向けた改革が始まった。

 最初に発布されたのは『解放令』。
 これにより、すべての亜人奴隷は自由を得ることとなった。

 ミグロムの各地で歓喜の声が響き渡った。
 長年抑圧されてきた亜人たちは、鎖が外されたその瞬間、涙を流して抱き合った。
 市場で働かされていた犬族の少女は膝をつき、しゃくり上げながら泣き崩れた。
 炭鉱で酷使されていた狸族の男は、仲間と共に空を仰ぎ、「生きてて良かった」と震える声で呟いた。

 街角では、自由を得た亜人たちが手を取り合い、歌い、踊り、抑圧からの解放を祝った。

 一方で、奴隷制度の恩恵を受けていた貴族層の一部は強く反発した。
 地方では小規模な反乱がいくつか勃発したが、改革派の周到な準備と行動により、主導者たちは次々と失脚し、権力を失っていった。
 もはや反乱を起こす力もなく、わずかに残った反抗の声も、カイゼル王の断固たる決意の前にかき消された。

 こうして、ミグロムには驚くべき速さで新しい秩序が築かれていった。
 元奴隷たちの自立を促すため、農地や工房が提供され、生活の再建を支える制度改革が次々と実施された。
 かつて労働力として酷使されていた亜人たちは、自らの手で畑を耕し、工房で技術を磨き、新たな人生を切り拓いていった。
『試験特区』で教育を受けた者の中には、村の指導者として活躍する者も現れ始めた。

  さらに、カイゼル王は長年の非道を詫びるため、隣国エレギアへ使節団を派遣した。
 使節団は金銭や物資による賠償とともに、学問・医術・技術面での支援を申し出た。

 代表者がバロン王の前に跪き、「ミグロムの過ちを償い、新たな未来を共に築きたい」と頭を垂れたとき――
 バロン王はしばし沈黙した後、重々しく頷いた。

「過去の傷は深い。だが、未来を見据えるべきだ。両国の民のために、この提案を受け入れよう」

 その言葉に、使節団の代表は感極まって涙を流し、ミグロムとエレギアは正式に国交を樹立するに至った。
 シャノンとアンジェリカは、その瞬間を確かに見守り、互いに手を握り合った。

  翌年、ミグロムの歴史の中で最も革新的な法が制定された。
『すべての者は生まれながらにして自由であり、何人たりとも他者を奴隷として縛ることは許されない』――この法のもと、ミグロムは新しい時代へと歩みを進めた。

 大変革を成し遂げたカイゼル王の名は、後世まで語り継がれることとなる。
 彼の決断は、ミグロムだけでなく周辺諸国にも影響を与え、奴隷制度廃止の波を広げるきっかけとなったのだ。

  ◆  ◆  ◆

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