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08:神を自称するハムスター
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湿り気を帯びた風が私の髪を揺らす。
喫茶店で由香ちゃんと課題をこなしている間に雨は止み、木の枝葉から滴り落ちた水が地面の水たまりに波紋を作っていた。
分厚い雲が浮かぶ空の下、私は近所の小さな神社に立ち寄っていた。
立ち寄ったことに特に理由はない。
ただ、なんとなく気が向いた。
大きな欅が植えられた神社の境内に参拝客の姿はなかった。
ときおり風が通るだけで、しんと静まり返っている。
通りを歩く人の声と車を走る音が聞こえるばかり。
せっかく神社に来たのだからお参りくらいはしておくべきだろう。
私は鞄を肩にかけ直し、左手に持っていた傘を腕にかけた。
財布から五円玉を取り出して賽銭箱の中に入れ、手を合わせて目を閉じる。
「神さま、今日は良いことがありました。拓馬にとっては災難だったと思うんですけど、でも、そのおかげで色々話すことができたんです。その後は緑地くんともお喋りできたし。これは幸先が良いかもしれません。願わくば、拓馬たちとの縁がこれからもずっと続きますように。拓馬が私の手料理を食べてくれるようになりますように!」
周囲に誰もいないのをいいことに、私は声に出して神さまに語り掛け、祈った。
これはただの独り言、当然返事などあるわけがないと思っていたのに――
「いやいや、たとえ手料理を食べるようになったとしても、黒瀬拓馬がお前を好きになることなんてないからな? だってお前、しょせんモブだもん」
「…………は?」
私は唖然として謎の声の主を探した。
「はあ、全く、なんてことしてくれたんだよ。偶然とはいえ、力技で黒瀬拓馬の感情制限を外すとは思わなかったわ」
見回すまでもなく、声の主はすぐ目の前にいた。
いつの間にか賽銭箱の上に、一匹のハムスターが乗っている。
前世の私が孤独を埋めるために飼っていた白いジャンガリアンハムスター『きな子』そっくりだった。
10センチ程度の小さな身体。
くりっとしたつぶらな黒瞳。
けれど何より注目すべきは、その額に書いてある『神』という文字だろう。
お世辞にも上手な字ではない。
子どもに油性マジックで悪戯されたのだろうか。
「きな子っ!?」
「違う。オイラは神だ」
ハムスターは後ろ足で立ち、偉そうに言った。
「………………」
神と名乗るハムスターとの遭遇に、私は頬をつねった。
今度こそ夢オチだと思ったのに、やっぱり痛い。
『カラフルラバーズ』に喋る動物なんて出てこないはずなのに、一体どうなってるんだ……。
呆然としている私の気持ちなんてお構いなしに、ハムスターは喋り続けた。
「正確には神の使い。神が紡いだ運命の守り手、因果律の調整者だ」
「はあ?」
得意げにハムスターは顎を逸らしているけれど、全然わからない。
「野々原悠理。お前はそもそもこの世界の住人じゃないだろう」
「!?」
そのものずばりを言い当てられ、私はぎょっとしてハムスターを凝視した。
「何かの事故か、他の神の手違いでお前はこの世界に生まれてしまった。神はお前を警戒し、オイラに監視役を命じていたんだけど、今日とうとう恐れていたことが起きた。お前は黒瀬拓馬の顔面にボールをぶつけ、その衝撃で拓馬の感情制限を外しちまったんだ」
「感情制限って何? どういうこと?」
私はハムスターに詰め寄った。
目の前に立たれても動じることなく、ハムスターは私を見上げて答えた。
「黒瀬拓馬には一色乃亜という運命の相手がいる。拓馬には乃亜に出会うまで他の人間に心を奪われたりしないよう感情制限がかかってたんだ。わかりやすく言うと、どんな女子に対しても塩対応を貫くようになってたわけだな」
「ああーっ! じゃあいままで拓馬が冷たかったのは神さまのせいなの!?」
ボールをぶつける前と後じゃ、拓馬の態度が全然違った。
『悪かったな』って言われたときは、思わず耳を疑うほど驚いたもの!
喫茶店で由香ちゃんと課題をこなしている間に雨は止み、木の枝葉から滴り落ちた水が地面の水たまりに波紋を作っていた。
分厚い雲が浮かぶ空の下、私は近所の小さな神社に立ち寄っていた。
立ち寄ったことに特に理由はない。
ただ、なんとなく気が向いた。
大きな欅が植えられた神社の境内に参拝客の姿はなかった。
ときおり風が通るだけで、しんと静まり返っている。
通りを歩く人の声と車を走る音が聞こえるばかり。
せっかく神社に来たのだからお参りくらいはしておくべきだろう。
私は鞄を肩にかけ直し、左手に持っていた傘を腕にかけた。
財布から五円玉を取り出して賽銭箱の中に入れ、手を合わせて目を閉じる。
「神さま、今日は良いことがありました。拓馬にとっては災難だったと思うんですけど、でも、そのおかげで色々話すことができたんです。その後は緑地くんともお喋りできたし。これは幸先が良いかもしれません。願わくば、拓馬たちとの縁がこれからもずっと続きますように。拓馬が私の手料理を食べてくれるようになりますように!」
周囲に誰もいないのをいいことに、私は声に出して神さまに語り掛け、祈った。
これはただの独り言、当然返事などあるわけがないと思っていたのに――
「いやいや、たとえ手料理を食べるようになったとしても、黒瀬拓馬がお前を好きになることなんてないからな? だってお前、しょせんモブだもん」
「…………は?」
私は唖然として謎の声の主を探した。
「はあ、全く、なんてことしてくれたんだよ。偶然とはいえ、力技で黒瀬拓馬の感情制限を外すとは思わなかったわ」
見回すまでもなく、声の主はすぐ目の前にいた。
いつの間にか賽銭箱の上に、一匹のハムスターが乗っている。
前世の私が孤独を埋めるために飼っていた白いジャンガリアンハムスター『きな子』そっくりだった。
10センチ程度の小さな身体。
くりっとしたつぶらな黒瞳。
けれど何より注目すべきは、その額に書いてある『神』という文字だろう。
お世辞にも上手な字ではない。
子どもに油性マジックで悪戯されたのだろうか。
「きな子っ!?」
「違う。オイラは神だ」
ハムスターは後ろ足で立ち、偉そうに言った。
「………………」
神と名乗るハムスターとの遭遇に、私は頬をつねった。
今度こそ夢オチだと思ったのに、やっぱり痛い。
『カラフルラバーズ』に喋る動物なんて出てこないはずなのに、一体どうなってるんだ……。
呆然としている私の気持ちなんてお構いなしに、ハムスターは喋り続けた。
「正確には神の使い。神が紡いだ運命の守り手、因果律の調整者だ」
「はあ?」
得意げにハムスターは顎を逸らしているけれど、全然わからない。
「野々原悠理。お前はそもそもこの世界の住人じゃないだろう」
「!?」
そのものずばりを言い当てられ、私はぎょっとしてハムスターを凝視した。
「何かの事故か、他の神の手違いでお前はこの世界に生まれてしまった。神はお前を警戒し、オイラに監視役を命じていたんだけど、今日とうとう恐れていたことが起きた。お前は黒瀬拓馬の顔面にボールをぶつけ、その衝撃で拓馬の感情制限を外しちまったんだ」
「感情制限って何? どういうこと?」
私はハムスターに詰め寄った。
目の前に立たれても動じることなく、ハムスターは私を見上げて答えた。
「黒瀬拓馬には一色乃亜という運命の相手がいる。拓馬には乃亜に出会うまで他の人間に心を奪われたりしないよう感情制限がかかってたんだ。わかりやすく言うと、どんな女子に対しても塩対応を貫くようになってたわけだな」
「ああーっ! じゃあいままで拓馬が冷たかったのは神さまのせいなの!?」
ボールをぶつける前と後じゃ、拓馬の態度が全然違った。
『悪かったな』って言われたときは、思わず耳を疑うほど驚いたもの!
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