社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花

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09:雨が降ってきたので

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「責められても困る。運命の相手であるヒロインとその他のモブじゃ扱いに明確な差があって当然だろ」
「でもそれって酷くない!? いくら神さまだろうと、感情を制限するなんて、拓馬の意思を完全に無視してる! 人権侵害だわ!」

「酷いと言われても。拓馬は乃亜と出会って恋に落ちる、それが神によって定められた運命なんだ。オイラは神の使いとして運命を守り、見届ける義務がある。障害は排除しなければならない」
 つぶらな黒い瞳で見据えられて、私は後ずさった。

「排除って……私を殺すの? 私、神社でハムスターに殺された悲劇の美少女Yとして明日の朝の新聞の見出しを飾ることになるの?」
「美少女ってお前……そんな冗談が言えるとは、随分と余裕があるじゃないか」
「死ぬときくらいは多少盛っても許されると思うの」
「多少どころかメガ盛りだぞ」
 呆れたように言って、ハムスターは前脚で頭を掻いた。

 小憎らしい発言はともかく、仕草は大変愛らしい。
 きな子を思い出してしんみりしてしまう。
 きな子は私が死ぬ半年前に死んでしまったけれど、死後の世界で同じハムスターたちと楽しく暮らしているだろうか。

「ともあれ、心配することはないよ。排除ったって、殺人なんて野蛮なことはしない。記憶を消したり弄ったりするだけだ」
「十分怖いよ」
「それに何より」
 ハムスターは私の突っ込みを黙殺した。

「いまのお前にそこまでする価値はない。お前と拓馬の間に結ばれた縁は乃亜に比べてずっと薄い。しょせんお前は乃亜が現れるまでの繋ぎ。この先どんなに頑張っても拓馬の恋人にはなれないよ。ほんのわずかにでも期待してるなら諦めたほうがいい」

 その言葉は、まるで不吉な予言のようだった。
 心の一番奥を冷たい手で鷲掴みにされたような錯覚に襲われた。
 体温がすうっと下がる。

 別に拓馬の恋人になりたいわけじゃない、ときっぱり言ってやろうとしたのに、初めて見た拓馬の笑顔や、私の肩を掴んだ手の感触を思い出すと、言葉が喉につっかえた。

 どんなに頑張っても、それ以上出ようとしない。
 私は喘ぐように口を開閉し、それでも声にはならず、諦めて別の言葉を口にした。

「……。わかってるよ」
 拗ねたような言い方になってしまった。

「でもさ」
 咳払いして、仕切り直す。

「乃亜の運命の相手って、拓馬で確定なの? 他にも可能性がある人がいるんじゃないの?」
 攻略対象キャラは拓馬だけじゃなく、他にも四人いるはずだ。
 緑地くんとか、二年の白石《しらいし》先輩とか、赤嶺《あかみね》先輩とか。
 一年後輩の青海《あおみ》くんは、現在どこにいるかも不明だけど。

「そうだな。乃亜の運命の相手は五人いる。でも、誰と結ばれるかは乃亜次第だ」
 乃亜は五人の美男子から気の向くままに運命の相手を選べるというわけだ。
 改めて考えると、乙女ゲームのシステムって贅沢すぎるな。

「じゃあ拓馬は乃亜が運命の相手だと確定してるわけでもないのに、乃亜の『もし』のために恋人の座を開けておかなきゃいけないってことなのね……」
 私は顎に手を当てて呟き、ふと顔を上げた。

「あ、じゃあさ。私の運命の相手もどこかにいたりするの?」
 それはとっても気になることだ。

「いや、お前はイレギュラーなモブだからいない」
 断言された。

「……ずるい。乃亜の左手の小指には赤い糸が五本も結われているのに」
 唇を尖らせたけれど、ハムスターは私の抗議を無視して賽銭箱から飛び降りた。 
 小さなハムスターにとっては地面までかなりの距離がある。

 怪我をしたんじゃないかと慌てたけれど、ハムスターは平気な顔で四本の足を動かし、私の足元に寄って来た。

 その途中で急に足を止め、ハムスターは曇天を見上げた。
 何を見ているのだろう、と訝って、気づいた。
 一粒の滴が視界の端にある地面の水たまりを揺らした。
 再び雨が降り出したのだ。

「……ねえ。あなた、名前はあるの」
 私は鞄をかけ直し、ハムスターに歩み寄って屈んだ。

「特にない。好きに呼ぶといい」
「じゃあ今日から大福ね」
 私は傘を地面に置き、ひょいとハムスターを両手ですくい上げるようにして持ち上げた。

「大福……」
 お気に召さなかったらしく、ハムスターは私の手の上で、不満げに唸った。

「好きに呼べって言ったのはあなたでしょ? 家はあるの?」
「ないけど」
「じゃあうちに来る? 回し車とか買ってあげるよ」
「……なんで?」
 大福は私を見上げている。心なしか、怪訝そうにも見えた。

「だって、濡れ鼠になったハムスターなんて見たくないし」
 たとえ本物のハムスターではないとしても、大福の姿はまるっきりハムスターにしか見えない。

 元ハムスター飼いとして、家のないハムスターを放っておくことなどできるわけがなかった。
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