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56:そして無双が始まる
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「大福か。ぴったりの名前だな」
陸先輩は頷いている。
陸先輩は動物好きだ。
有栖先輩曰く、野良猫がいたらその場から動かなくなってしまうらしい。
「まずは神さまを無効化しなきゃいけない。僕が指示したらすぐ出現させて。……わかってる。すぐに捕まえる」
「捕まえる?」
私の呟きが聞こえたらしく、有栖先輩がこちらを向いた。
「ああ、野々原さんには大福の声が聞こえてないのか。神さまは大福と同じくワープ能力を持つんだよ。それを封じるには十キロ以上の重りをつけてやればいい。つまり僕が捕まえておけばどこかに転移して逃げることはできないってこと」
「なるほど」
頷いて、由香ちゃんの右肩を見る。
どんなに目を凝らしても、やっぱり何も見えない。
私だけ大福の声も聞けず、姿が見えないのは悲しい。
神さまと対話する機会があれば、拓馬の洗脳を解くより先に、大福への罰を解除してもらおう――いいや、させよう。
もしも大福が拓馬の感情制限が外れたことを神さまに報告していたなら、きっと拓馬は即座に制限をかけ直され、私を好きになることもなかったはず。
大福は私の恩人、もとい、恩ハムスターだ。
「神さまによる洗脳は大福が防いでくれるって。でも長くはもたないから、短期決戦が望ましいと彼は言ってる。僕もそのつもりだから問題なし。この場にいない拓馬の分も込めて、生き地獄を味わわせてやろう」
「はい。是非お願いします」
私だって乃亜には怒っている。
これほどのことをしてくれた彼女に慈悲をかけるつもりは毛頭なかった。
「うん。頑張るよ」
有栖先輩は微笑んで上着のポケットからスマホを取り出し、皆の顔を見回した。
「呼び出しをかければ乃亜はすぐに来るはずだ。皆、心の準備はいい?」
皆がそれぞれ肯定を返すと、有栖先輩は文字を打ち始めた。
幸太くんは由香ちゃんの右肩をつついて話しかけ、陸先輩も無言でハムスターを見ている。
喋るハムスターが興味深いらしい。
できることなら私も大福に話しかけたかった。
彼には話したいことがいっぱいある。
「既読がついたよ。すぐに来るってさ」
有栖先輩はスマホを上着のポケットに戻した。
それきり、皆が口を閉ざす。
陸先輩も幸太くんも大福と戯れたりはせず、待機の姿勢を取った。
視聴覚室内は静かだ。
この部屋の防音対策は完璧で、文化祭準備に勤しむ生徒たちの喧騒も聞こえない。
「有栖先輩、入りますよ」
静寂を破ったのは、乃亜の声。
――きた。
陸先輩と幸太くんと由香ちゃんは不快を露にした。
私も多分、似たような顔をしていると思う。
「乃亜。待ってたよ」
有栖先輩は乃亜を迎えに行き、彼女の手を優しく掴んでエスコートした。
「嬉しいです。でも、どうしたんですか。みんな……」
有栖先輩に導かれ、室内に入って来た乃亜は、待ち受けていた私と目が合うなり顔を強張らせた。
恨みを込めて、乃亜を厳しく睨みつける。
大福の姿が見えなくなったのも、拓馬にフラれたのも、皆に冷たくされたのも、全てこの女のせいだ。
「……どういうことです? なんで中村さんや野々原さんまでここにいるんですか」
「この状況を見てもまだわからないの? 鈍いんだね」
有栖先輩は乃亜と繋いでいた手を離し、乃亜を見据えた。
「洗脳が解けたってことだよ、一色乃亜。大福が洗いざらい教えてくれた。ここは乙女ゲームの世界で、君はそのヒロインなんだってね。でも僕は君がヒロインだなんて認めない。大福!」
有栖先輩が叫ぶと、見えない『力』が迸った。
空気が震え、由香ちゃんがいる地点から乃亜へ向かってまっすぐに不思議な力が駆け抜けていったのを確かに感じた。
その『力』が直撃したらしく、乃亜が「きゃあ」と悲鳴を上げる。
直後、乃亜の左肩の上に、一匹のシマリスが出現した。
「下僕め。よくも裏切りましたね」
リスは少女のような高い声で言いながら、由香ちゃんの肩を見つめた。
「仕方ありません。相手をしてあげましょう。私が神です」
リスは背筋を伸ばし、後ろの二本足で立った。
「…………ああ」
幸太くんが片手で口を覆い、震えている。
私には彼の苦悩がわかる。
いや、私だけではなくこの場にいる全員が同じ気持ちだろう。
思わず手触りを想像してしまうほどの、ふわふわの体毛。
縞模様の身体に、先がくるんと丸まった尻尾。
小さな鼻、長く伸びたヒゲ、ぴょこんと立った耳。
極上の愛らしさを体現したリスが二本足で立ち、丸いつぶらな瞳で見てくるのだから――堪らない。
「……ああああああああ可愛いなんだこの可愛い生き物ありえねええ!!」
幸太くんは頭を抱えて悶絶した。
「可愛い……」
陸先輩が呟く。
虜になっているようだ。表情に出ないのでわかりにくいけれど。
「やーん可愛い、本当に可愛い! 何あのリス! あんな可愛いリス地球上にいていいの!?」
私は興奮のあまり、由香ちゃんの肩をばしばし叩いた。
「うん、可愛いねえ……あんな神さまなら何をされても許せちゃうねえ……」
由香ちゃんも目をとろんとさせ、身体の前で手を組んでいる。
「うんうん、もう許すよ、なんでも許すよ!」
「神さまに会ったら一発殴ってやろうと思ってたけど無理だ! こんな可愛い生き物を殴るとか無理だ!! 人として大切な何かを失う気がする!!」
「あれを殴るなんてとても……」
幸太くんが喚き、陸先輩も首を振っている。
「ふふん。ざまあみなさい。りっちゃんの魅力には誰も敵わないんだから!」
乃亜が手を腰に当て、勝ち誇ったように笑っている。
ヒロインとしての演技をすることは止めたらしいけれど、でも、乃亜の豹変なんてどうでもいい。
とにかくリスが可愛くて仕方ない。
「ああ、もふもふしたい……思う存分撫で回したい」
「私も頬ずりしたい、ぎゅーって抱きしめたい……」
誰もが愛らしすぎる神さまに魅了され、狂った。
けれど、ただ一人、神さまが出現しても眉一つ動かさなかった人物がいた。
有栖先輩だった。
大騒ぎの中、彼は無表情で乃亜に詰め寄った。
乃亜が反応するよりも早く、彼はリスの胴体を鷲掴みにし、壁に向かってぶん投げた。
びたーん!! とリスが壁に叩きつけられる。
「……………………」
誰もが口を閉ざし、水を打ったような静寂が訪れる。
リスは身体の前面を壁に張り付かせたまま、ずるずると滑り、ぽとっと床に落ちた。
心なしか、身体が平べったくなったような気がする。
有栖先輩はそれを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
陸先輩は頷いている。
陸先輩は動物好きだ。
有栖先輩曰く、野良猫がいたらその場から動かなくなってしまうらしい。
「まずは神さまを無効化しなきゃいけない。僕が指示したらすぐ出現させて。……わかってる。すぐに捕まえる」
「捕まえる?」
私の呟きが聞こえたらしく、有栖先輩がこちらを向いた。
「ああ、野々原さんには大福の声が聞こえてないのか。神さまは大福と同じくワープ能力を持つんだよ。それを封じるには十キロ以上の重りをつけてやればいい。つまり僕が捕まえておけばどこかに転移して逃げることはできないってこと」
「なるほど」
頷いて、由香ちゃんの右肩を見る。
どんなに目を凝らしても、やっぱり何も見えない。
私だけ大福の声も聞けず、姿が見えないのは悲しい。
神さまと対話する機会があれば、拓馬の洗脳を解くより先に、大福への罰を解除してもらおう――いいや、させよう。
もしも大福が拓馬の感情制限が外れたことを神さまに報告していたなら、きっと拓馬は即座に制限をかけ直され、私を好きになることもなかったはず。
大福は私の恩人、もとい、恩ハムスターだ。
「神さまによる洗脳は大福が防いでくれるって。でも長くはもたないから、短期決戦が望ましいと彼は言ってる。僕もそのつもりだから問題なし。この場にいない拓馬の分も込めて、生き地獄を味わわせてやろう」
「はい。是非お願いします」
私だって乃亜には怒っている。
これほどのことをしてくれた彼女に慈悲をかけるつもりは毛頭なかった。
「うん。頑張るよ」
有栖先輩は微笑んで上着のポケットからスマホを取り出し、皆の顔を見回した。
「呼び出しをかければ乃亜はすぐに来るはずだ。皆、心の準備はいい?」
皆がそれぞれ肯定を返すと、有栖先輩は文字を打ち始めた。
幸太くんは由香ちゃんの右肩をつついて話しかけ、陸先輩も無言でハムスターを見ている。
喋るハムスターが興味深いらしい。
できることなら私も大福に話しかけたかった。
彼には話したいことがいっぱいある。
「既読がついたよ。すぐに来るってさ」
有栖先輩はスマホを上着のポケットに戻した。
それきり、皆が口を閉ざす。
陸先輩も幸太くんも大福と戯れたりはせず、待機の姿勢を取った。
視聴覚室内は静かだ。
この部屋の防音対策は完璧で、文化祭準備に勤しむ生徒たちの喧騒も聞こえない。
「有栖先輩、入りますよ」
静寂を破ったのは、乃亜の声。
――きた。
陸先輩と幸太くんと由香ちゃんは不快を露にした。
私も多分、似たような顔をしていると思う。
「乃亜。待ってたよ」
有栖先輩は乃亜を迎えに行き、彼女の手を優しく掴んでエスコートした。
「嬉しいです。でも、どうしたんですか。みんな……」
有栖先輩に導かれ、室内に入って来た乃亜は、待ち受けていた私と目が合うなり顔を強張らせた。
恨みを込めて、乃亜を厳しく睨みつける。
大福の姿が見えなくなったのも、拓馬にフラれたのも、皆に冷たくされたのも、全てこの女のせいだ。
「……どういうことです? なんで中村さんや野々原さんまでここにいるんですか」
「この状況を見てもまだわからないの? 鈍いんだね」
有栖先輩は乃亜と繋いでいた手を離し、乃亜を見据えた。
「洗脳が解けたってことだよ、一色乃亜。大福が洗いざらい教えてくれた。ここは乙女ゲームの世界で、君はそのヒロインなんだってね。でも僕は君がヒロインだなんて認めない。大福!」
有栖先輩が叫ぶと、見えない『力』が迸った。
空気が震え、由香ちゃんがいる地点から乃亜へ向かってまっすぐに不思議な力が駆け抜けていったのを確かに感じた。
その『力』が直撃したらしく、乃亜が「きゃあ」と悲鳴を上げる。
直後、乃亜の左肩の上に、一匹のシマリスが出現した。
「下僕め。よくも裏切りましたね」
リスは少女のような高い声で言いながら、由香ちゃんの肩を見つめた。
「仕方ありません。相手をしてあげましょう。私が神です」
リスは背筋を伸ばし、後ろの二本足で立った。
「…………ああ」
幸太くんが片手で口を覆い、震えている。
私には彼の苦悩がわかる。
いや、私だけではなくこの場にいる全員が同じ気持ちだろう。
思わず手触りを想像してしまうほどの、ふわふわの体毛。
縞模様の身体に、先がくるんと丸まった尻尾。
小さな鼻、長く伸びたヒゲ、ぴょこんと立った耳。
極上の愛らしさを体現したリスが二本足で立ち、丸いつぶらな瞳で見てくるのだから――堪らない。
「……ああああああああ可愛いなんだこの可愛い生き物ありえねええ!!」
幸太くんは頭を抱えて悶絶した。
「可愛い……」
陸先輩が呟く。
虜になっているようだ。表情に出ないのでわかりにくいけれど。
「やーん可愛い、本当に可愛い! 何あのリス! あんな可愛いリス地球上にいていいの!?」
私は興奮のあまり、由香ちゃんの肩をばしばし叩いた。
「うん、可愛いねえ……あんな神さまなら何をされても許せちゃうねえ……」
由香ちゃんも目をとろんとさせ、身体の前で手を組んでいる。
「うんうん、もう許すよ、なんでも許すよ!」
「神さまに会ったら一発殴ってやろうと思ってたけど無理だ! こんな可愛い生き物を殴るとか無理だ!! 人として大切な何かを失う気がする!!」
「あれを殴るなんてとても……」
幸太くんが喚き、陸先輩も首を振っている。
「ふふん。ざまあみなさい。りっちゃんの魅力には誰も敵わないんだから!」
乃亜が手を腰に当て、勝ち誇ったように笑っている。
ヒロインとしての演技をすることは止めたらしいけれど、でも、乃亜の豹変なんてどうでもいい。
とにかくリスが可愛くて仕方ない。
「ああ、もふもふしたい……思う存分撫で回したい」
「私も頬ずりしたい、ぎゅーって抱きしめたい……」
誰もが愛らしすぎる神さまに魅了され、狂った。
けれど、ただ一人、神さまが出現しても眉一つ動かさなかった人物がいた。
有栖先輩だった。
大騒ぎの中、彼は無表情で乃亜に詰め寄った。
乃亜が反応するよりも早く、彼はリスの胴体を鷲掴みにし、壁に向かってぶん投げた。
びたーん!! とリスが壁に叩きつけられる。
「……………………」
誰もが口を閉ざし、水を打ったような静寂が訪れる。
リスは身体の前面を壁に張り付かせたまま、ずるずると滑り、ぽとっと床に落ちた。
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