55 / 70
55:決戦の放課後
しおりを挟む
放課後。
私と由香ちゃんは同じ衣装班の子たちに「先輩に呼び出されている」と謝って、文化祭の衣装作りに参加することなく教室を出た。
六時間目の授業が終わった後、スマホを見ると「視聴覚室を押さえた。放課後になったらおいで」と有栖先輩から連絡が入っていた。
幸太くんや陸先輩が正気に戻ったかどうかは書かれていなかった。
幸太くんは昼休憩中に有栖先輩に呼び出された後、教室に戻って来ても変わらず乃亜に笑顔で話しかけ、ときには拓馬と乃亜をめぐって火花を散らしていた。
だから、判断が難しい。
「……なんだかドキドキするね」
「うん」
特別校舎にある視聴覚室に向かう途中、由香ちゃんと交わした言葉はそれだけだった。
二人とも会話する余裕がないほど緊張していた。
渡り廊下を渡って特別校舎に入り、三階の端にある部屋の前に立つ。
何の変哲もない扉が、異様なほどの存在感を持って聳え立っているように感じた。
由香ちゃんと顔を見合わせ、頷き合う。
「失礼します」
「どうぞ」
有栖先輩の声を聞いて、扉を開く。
「やあ。よく来たね、二人とも」
整然と白い長机が並ぶ教室の前方、垂れさがったスクリーンの前に、優雅に微笑む有栖先輩がいた。
陸先輩と幸太くんも有栖先輩の近くにいる。
会話していたらしく、ちょうど三人で三角形を描くような形だった。
「ののっち来たー!」
三角形を崩し、幸太くんがすっ飛んできて、ぱちんと勢い良く顔の前で両手を合わせた。
「ごめん! オレののっちが挨拶してくれたとき、すげー冷たく『話しかけないで』とか言ったよな! この一週間無視しちゃったし、傷ついたよな、ほんとごめん! マジでどうかしてた!」
幸太くんは手を合わせたまま頭を下げた。
幸太くんに親しみを込めた愛称で呼ばれるのは一週間ぶりだ。
というより、彼と話すこと自体が。
乃亜は拓馬だけではなく、攻略キャラ全員の私への好感度を下げたらしく、この一週間、人が変わったように皆が私に冷たく当たり、失恋も相まって、非常に辛かった。
でも、それは彼らのせいじゃない。
「ううん、いいよ。神さまに操られてたんだからしょうがないよ。ののっちって呼んでくれて、またこうやって話しかけてくれて、凄く嬉しい。洗脳が解けたみたいで本当に良かった」
「うん、ありがと。笑って許してくれるなんて、ののっちマジ女神だわ」
幸太くんは私の手を取り、ぶんぶん振った。
子犬のような笑顔につられて、私の頬も緩む。
良かった、明るく無邪気な幸太くんに戻ってくれた。
「俺も謝らないといけない」
幸太くんが手を離したところで、陸先輩が歩み寄って来た。
陸先輩は四人の中で最も長身なので、傍に立たれると威圧感がある。
「三日前の朝、昇降口で挨拶されたのに、無視して悪かった」
陸先輩は律儀に会釈した。
「いいえ、謝らないでください。陸先輩も乃亜に洗脳された被害者なんですから、悪いのは乃亜です」
一色さん、と呼ぶのはもう止めた。
加害者に敬称をつける義理はない。
昼休憩以降、由香ちゃんも彼女を呼び捨てにしている。
「乃亜か……」
陸先輩は苦々しい顔つきになった。
「おとついの茶会で、俺はパウンドケーキを作った。乃亜を喜ばせたい、その一心で作った力作だった。だが、有栖から全てを聞いたいま、もう二度とパウンドケーキは作らないと心に決めた」
「なんてことを言い出すんですか!」
私は慌てて陸先輩の腕を掴んだ。
「陸先輩のパウンドケーキは頬っぺたが落ちるほど美味しいのに! 『ブルーベル』のパウンドケーキより、ううん、どんなお店のケーキより美味しいのに! 私、お茶会のお土産に貰った陸先輩のパウンドケーキを食べたとき、一口で泣いたんですよ!? 世の中にはこんなに美味しいパウンドケーキがあるんだなあって感動したんです!」
「……そんなに気に入ったのか?」
陸先輩はじっと私を見つめた。
「はい!」
陸先輩の腕をがっしと掴んだまま、大きく首を縦に二度振る。
「乃亜のせいでもう二度と作らないなんてもったいなさすぎます、どうか考え直してください!」
「……そうか」
陸先輩は無表情で頷いて。
「お前がそう言うなら、また作ろう」
私を見つめて、小さく口の端を上げた。
「!!!」
凄まじい衝撃が脳天から足のつま先まで突き抜けていく。
無表情キャラが笑顔になったときの破壊力を、私は身を持って知った。
「は、はい……掴んじゃってすみませんでした」
私はぎくしゃくとした動きで陸先輩から離れ、頭を下げた。
「ぐらっと来たでしょう、いま」
有栖先輩がくすくす笑っている。
「!!? いいえ、来てません!」
「隠さなくていいよ。こうやって無自覚に女の子を落とすんだよねー陸は。罪作りな奴だよ全く」
「何の話だ」
「いいや、なんでも?」
有栖先輩は肩を竦めてから、私に向き直って苦笑した。
「僕も野々原さんには謝らないとね。冷たくしてごめんね」
「いえ、それはもういいんです。それより」
「うん」
有栖先輩が真顔になり、和んでいた空気が引き締まる。
「中村さん、大福は呼べる?」
「はい。大福!」
由香ちゃんが呼ぶ。
私の目には何の変化も映らないけれど、他の四人の目にはその出現が見えたらしい。
四人は由香ちゃんの右肩を凝視していた。
陸先輩は目を丸くし、幸太くんは口を半開きにしている。
有栖先輩だけが冷静だった。
恐らく彼は昼休憩中に大福と会話していたのだろう。
「……うわー、すげえ……ハムスターが喋ってる……」
由香ちゃんの肩を見つめて、幸太くんが呆然と呟いた。
私と由香ちゃんは同じ衣装班の子たちに「先輩に呼び出されている」と謝って、文化祭の衣装作りに参加することなく教室を出た。
六時間目の授業が終わった後、スマホを見ると「視聴覚室を押さえた。放課後になったらおいで」と有栖先輩から連絡が入っていた。
幸太くんや陸先輩が正気に戻ったかどうかは書かれていなかった。
幸太くんは昼休憩中に有栖先輩に呼び出された後、教室に戻って来ても変わらず乃亜に笑顔で話しかけ、ときには拓馬と乃亜をめぐって火花を散らしていた。
だから、判断が難しい。
「……なんだかドキドキするね」
「うん」
特別校舎にある視聴覚室に向かう途中、由香ちゃんと交わした言葉はそれだけだった。
二人とも会話する余裕がないほど緊張していた。
渡り廊下を渡って特別校舎に入り、三階の端にある部屋の前に立つ。
何の変哲もない扉が、異様なほどの存在感を持って聳え立っているように感じた。
由香ちゃんと顔を見合わせ、頷き合う。
「失礼します」
「どうぞ」
有栖先輩の声を聞いて、扉を開く。
「やあ。よく来たね、二人とも」
整然と白い長机が並ぶ教室の前方、垂れさがったスクリーンの前に、優雅に微笑む有栖先輩がいた。
陸先輩と幸太くんも有栖先輩の近くにいる。
会話していたらしく、ちょうど三人で三角形を描くような形だった。
「ののっち来たー!」
三角形を崩し、幸太くんがすっ飛んできて、ぱちんと勢い良く顔の前で両手を合わせた。
「ごめん! オレののっちが挨拶してくれたとき、すげー冷たく『話しかけないで』とか言ったよな! この一週間無視しちゃったし、傷ついたよな、ほんとごめん! マジでどうかしてた!」
幸太くんは手を合わせたまま頭を下げた。
幸太くんに親しみを込めた愛称で呼ばれるのは一週間ぶりだ。
というより、彼と話すこと自体が。
乃亜は拓馬だけではなく、攻略キャラ全員の私への好感度を下げたらしく、この一週間、人が変わったように皆が私に冷たく当たり、失恋も相まって、非常に辛かった。
でも、それは彼らのせいじゃない。
「ううん、いいよ。神さまに操られてたんだからしょうがないよ。ののっちって呼んでくれて、またこうやって話しかけてくれて、凄く嬉しい。洗脳が解けたみたいで本当に良かった」
「うん、ありがと。笑って許してくれるなんて、ののっちマジ女神だわ」
幸太くんは私の手を取り、ぶんぶん振った。
子犬のような笑顔につられて、私の頬も緩む。
良かった、明るく無邪気な幸太くんに戻ってくれた。
「俺も謝らないといけない」
幸太くんが手を離したところで、陸先輩が歩み寄って来た。
陸先輩は四人の中で最も長身なので、傍に立たれると威圧感がある。
「三日前の朝、昇降口で挨拶されたのに、無視して悪かった」
陸先輩は律儀に会釈した。
「いいえ、謝らないでください。陸先輩も乃亜に洗脳された被害者なんですから、悪いのは乃亜です」
一色さん、と呼ぶのはもう止めた。
加害者に敬称をつける義理はない。
昼休憩以降、由香ちゃんも彼女を呼び捨てにしている。
「乃亜か……」
陸先輩は苦々しい顔つきになった。
「おとついの茶会で、俺はパウンドケーキを作った。乃亜を喜ばせたい、その一心で作った力作だった。だが、有栖から全てを聞いたいま、もう二度とパウンドケーキは作らないと心に決めた」
「なんてことを言い出すんですか!」
私は慌てて陸先輩の腕を掴んだ。
「陸先輩のパウンドケーキは頬っぺたが落ちるほど美味しいのに! 『ブルーベル』のパウンドケーキより、ううん、どんなお店のケーキより美味しいのに! 私、お茶会のお土産に貰った陸先輩のパウンドケーキを食べたとき、一口で泣いたんですよ!? 世の中にはこんなに美味しいパウンドケーキがあるんだなあって感動したんです!」
「……そんなに気に入ったのか?」
陸先輩はじっと私を見つめた。
「はい!」
陸先輩の腕をがっしと掴んだまま、大きく首を縦に二度振る。
「乃亜のせいでもう二度と作らないなんてもったいなさすぎます、どうか考え直してください!」
「……そうか」
陸先輩は無表情で頷いて。
「お前がそう言うなら、また作ろう」
私を見つめて、小さく口の端を上げた。
「!!!」
凄まじい衝撃が脳天から足のつま先まで突き抜けていく。
無表情キャラが笑顔になったときの破壊力を、私は身を持って知った。
「は、はい……掴んじゃってすみませんでした」
私はぎくしゃくとした動きで陸先輩から離れ、頭を下げた。
「ぐらっと来たでしょう、いま」
有栖先輩がくすくす笑っている。
「!!? いいえ、来てません!」
「隠さなくていいよ。こうやって無自覚に女の子を落とすんだよねー陸は。罪作りな奴だよ全く」
「何の話だ」
「いいや、なんでも?」
有栖先輩は肩を竦めてから、私に向き直って苦笑した。
「僕も野々原さんには謝らないとね。冷たくしてごめんね」
「いえ、それはもういいんです。それより」
「うん」
有栖先輩が真顔になり、和んでいた空気が引き締まる。
「中村さん、大福は呼べる?」
「はい。大福!」
由香ちゃんが呼ぶ。
私の目には何の変化も映らないけれど、他の四人の目にはその出現が見えたらしい。
四人は由香ちゃんの右肩を凝視していた。
陸先輩は目を丸くし、幸太くんは口を半開きにしている。
有栖先輩だけが冷静だった。
恐らく彼は昼休憩中に大福と会話していたのだろう。
「……うわー、すげえ……ハムスターが喋ってる……」
由香ちゃんの肩を見つめて、幸太くんが呆然と呟いた。
3
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました〜モブのはずが第一王子に一途に愛されています〜
みかん桜
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは、乙女ゲームが舞台の小説の世界だった。
悪役令嬢が主役で、破滅を回避して幸せを掴む——そんな物語。
私はその主人公の姉。しかもゲームの妹が、悪役令嬢になった原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私はただのモブ。
この世界のルールから逸脱せず、無難に生きていこうと決意したのに……なぜか第一王子に執着されている。
……そういえば、元々『姉の婚約者を奪った』って設定だったような……?
※2025年5月に副題を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる