迷宮探索者シャーリー ~石ころ大好き少女の時を越えた約束~

小日向ななつ

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第3章 負けっぱなしじゃいられない

23:遥か高みと無垢なる無邪気

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◆◆28◆◆

 空を覆っていた雲が風で流され、高く昇った太陽が笑っている昼下がり。ササラ集落が一望できる丘で大きくため息をついているダルシオの姿があった。

 ちょっと疲れ気味にため息をもう一度溢し、ダルシオは空を見る。
 笑っている太陽はとても陽気に見え、悩んでいる自分がバカらしく思えた。

「ちょっと言い過ぎたな~」

 悩みの要因であるシャーリーのことを思い、ダルシオは三度目のため息を吐く。
 なんであそこまで言ってしまったのか、と後悔を募らせつつ流れていく雲に目を移した。

 のんびりと走っていくそれは、見ているだけで心地よく眠気を誘う。
 だから思わず彼はアクビを溢してしまった。このまま寝てしまおうか、と考えてしまうほど気持ちよかった。

「あら、相変わらず眠そうにしてますね」

 だが、聞き覚えのある女性の声が耳に飛び込んだことでその眠気は吹き飛んでしまった。

 思わず振り返ると見覚えのある女性が立っている。雪のように白く長い銀髪を一つの束ね、腰には長剣と短剣を携えている凄腕の迷宮探索者。
 白を基調としたロングコートの下には薄い青地のシャツとタイトパンツがあり、見た限り探索どころか戦うような服装ではない。

 しかしよく見ると、そのロングコートの下にある服は血で染まっている。それを見たダルシオは彼女が何かと戦ってきたのだと気づいた。

「君ぃ~、いくらなんでもヤンチャしすぎだよ。結構な歳だろ~?」
「確かに最近、若干感覚と動きにズレが出てきましたね。誤差の範囲と思いたいですが」
「その誤差が歳だよ。ああ、肉体の衰えって言えばいいのかな? でもまあ、君に勝てるぐらい強いやつなんてそうそういないと思うけどね」
「買いかぶり過ぎですよ。私なんてギルドマスターの足元にも及びません」
「比べるところが違うよ~。僕なんて君の足元にすら届かないよライザ」

 ダルシオは笑いながら銀髪の女性の名を呼んだ。名前を呼ばれた女性、いやライザはダルシオにつられて楽しそうな笑顔を浮かべる。
 そこはどこか、和やかに見える光景だった。

 だが、ダルシオは身体を震わせる。目の前にいるのは五つ星の迷宮探索者だ。そこらへんで活動している迷宮探索者とは違い、幾万の修羅場を乗り越えてきた猛者である。
 そのどれもがおかしな性格と能力を持っており、談笑すらしたくない相手。つまり一癖も二癖も、いやねじれにねじれてまともに相手したくない存在だ。

 ダルシオは内心ヒヤヒヤとしながら笑い、どうにかライザとのやり取りをやり過ごそうとしていた。だが、彼の願いを嘲笑うかのようにライザが近づいてくる。

 長剣の柄に手がかけられており、気づいたダルシオは反射的に攻撃態勢を取った。
 直後、刃が抜かれる。目に止まらない一閃が軌跡を描くと、ダルシオの前髪がわずかに切られ散る。

 回避したダルシオはそのことを気にせずに突っ込み、懐へ飛び込んだ。
 低い体勢でぶつかり、ライザの身体を持ち上げようとする。だが彼が突撃しようとした寸前、もう一つの刃が迫っていた。
 いや、置かれていたといえばいいだろうか。それに気づいたダルシオは躱すために咄嗟に体勢を倒し、左へと転がっていく。

 全身を打ちつけ、痛みが走る。それでもダルシオは立ち上がり、ライザの攻撃を防ごうとした。だが、視界にはライザの姿がない。思わず周りを見渡すが見つけられなかった。

「チェックメイト」

 何かが首に当たる。それは修羅をくぐり抜けてきた者のみが持つゴツゴツとした立派な手だ。
 ダルシオは振り返ることなくため息をつく。完全に後ろを取られたことに気づき、ダルシオは降伏のサインとして両手を上げた。

「降参だよ、こうさん!」
「あら、ずいぶんと潔くなりましたね」
「僕はもうヤンチャじゃないのっ。ったく、いきなりなんだよ。あんな殺気を出して。殺されるかと思ったじゃないか!」
「ふふっ、ごめんなさい。あなたに任せられるかどうか試したくなりましてね」
「任せるって何を?」
「私の娘をですよ」

 ダルシオは思わず目を大きくした。ライザが放った言葉が一瞬理解できず、振り返ってしまう。
 ライザはそんな彼の反応を気にすることなく、無茶苦茶といえる頼みをした。

「ギリギリ及第点。だからあなたに任せますね。あ、もし死なせたら永遠の眠りにつかせてあげますから、ご安心を」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ! 娘って、君に娘がいたの!? そのことにビックリなんだけど!」
「家族についてはあまり話しませんでしたからね。かわいい女の子ですよ」
「いや、そうじゃなくて! え? もしかして娘ってシャーリーのこと?」
「はい、そうですよ。ま、今のあの子ならあなたがちょうどいいでしょう。ということで、お願いしますね。あ、頑張ってくれたらいいものを送りますから」
「いや、僕の意思を聞けよ! 選択権ぐらいあるだろ!」

「ありません。頑張れなかったら永遠の眠りですからね」
「選択権をくれよぉぉぉぉぉ!」

 魂の叫びをダルシオは放った。そんな彼の姿を見て、ライザは楽しげに笑う。
 ふと、草むらが揺れた。ライザが振り返るとそこには白いキツネがいる。

『ライザ、そろそろ時間よ』
「あら、そうなの?」

 ライザは白いキツネの元へ歩き始める。それを見たダルシオは思わず彼女を呼び止めた。
 しかし、ライザは優しく微笑み返すだけだった。

「大切な娘です。頼みましたよ、期待のルーキーくん」

 ダルシオは手を伸ばす。だが、ライザの姿は一瞬で消えてしまった。
 何が起きたかわからずダルシオは自分の手を見つめる。
 ひとまず大きなため息を吐き、ウンザリとしながら言葉を溢した。

「僕、もう引退したはずなんだけどなぁ~」

 太陽が笑う空の下、ダルシオは泣きたくなる。
 とんでもないものを抱えてしまったと、嘆いたのだった。

◆◆29◆◆

 ライザにとんでもない頼まれごとをされ、ダルシオは頭を抱えていた。確かにかつては迷宮探索者として活動していたが、今はそうじゃない。

 大ケガをし、人の醜さを知り、疲れてうんざりして、最終的には引退した。
 ライザも自分がどうして引退したか知っているはずだ。少なくとも噂ぐらいは耳にしてるだろう。

 しかし、彼女はそんなことを無視してダルシオに自分の娘を任せる。そのことを彼は理解できず、頭を抱えていた。

「何なんだよ、あいつは~」

 苛立ちながらダルシオは家へと戻る。勝手にとはいえ、頼まれたのだ。しかも自分の命がかかっている状況でもあるため、シャーリーの様子を見ようと考えた。

 もしかしたら迷宮へ行ったかもしれないし、まだ身体を休めているかもしれない。どちらにしてもダルシオは面倒見なければならないが、できれば後者であってくれれば楽である。
 もし万が一のことがあったら死へ直行するため、ダルシオは面倒に感じながら帰り道を急いで進んだ。

「にしても、あの子がライザの娘かぁ~。見た目は似てるけど、性格は全然違うな~」

 何となくライザと過ごした日々をダルシオは思い出してみる。
 仲間を助けるために一人でドラゴンに突撃し、勝ってしまう出来事があった。それはまだダルシオが駆け出しであり、まともに戦えない頃の出来事でもある。

 その戦いはヤバいもので、人間技とは思えない戦い方をライザはしていた。
 しかし、その戦いぶりはダルシオの心に火をつけるようなものだった。いかなる逆境でも物怖じせず、むしろ跳ね返す姿に憧れを抱かない訳はない。

 だから一時的にだがライザに指南を受けた。だがすぐに自分と彼女は違うことに気づき、大きな後悔する。

 彼女は才能の塊だった。
 それでいて、努力の塊でもあった。
 さらに驚くことに、神に愛される運の持ち主。

 まさに物語の主人公といえる存在であり、ダルシオは彼女のようになれないと感じるには時間はかからなかった。
 そんな女性の娘がシャーリーだ。

 なかなかに大変な親を持ったな~、と少し同情しつつダルシオは頭を振る。

「まあ、生きててくれれば関係ないか~」

 ひとまずシャーリーの面倒を見る。できれば迷宮に行かせないようにしたい。
 そう考えつつ家を見たその時、すごい音が響いた。

「うえ?」

 窓ガラスが割れ、出入り口である玄関の扉が開き風で揺れている。何が起きたかわからず、ダルシオは呆然と見つめた。
 ふと立ち上る黒い煙の中から誰かが咳き込みながら出てくる。見ているとそれはすすまみれになったシャーリーとおじさんの姿だった。

「だ、大丈夫か嬢ちゃん!」
「大丈夫! やっとアイテムができたし、むしろ大成功だよ!」
「おお、成功したのか! やったな嬢ちゃん!」

 煤まみれの二人がハイタッチし、喜びを分かち合っている。そんな二人を見て、ダルシオは疑問符を浮かべていた。
 ひとまず声をかけてみる。
 するとシャーリーが元気よく返事した。

「あ、お帰りなさいダルシオさん!」
「う、うん。何してるの?」
「錬金術ですよ! このままじゃいけないってダルシオさんが言ってくれたから、錬金術でアイテムを作っているんですよ!」
「アイテムを? でもなんかすごいことに……」
「あ、そうですね。先に謝っておきます。ごめんなさい」

 何だか嫌な予感がした。

 ダルシオは慌てて家の中に入る。するとお気に入りのベッドは煤だらけになり、本は散乱し、その他の家具や食器なんて爆発の影響で壊れていた。
 文字通りめちゃくちゃな光景に、ダルシオは言葉を失う。

「僕の家が……」
「悪いダルシオ。だが安心してくれ、後でちゃんと片づける」
「何をどう安心すればいいんだよ! これじゃあ気持ちよく寝れないじゃん!」
「まあまあ」

 おじさんがなだめるが、ダルシオは激しく怒ったままだった。
 なぜこうなったのか。どうしてこんな悲惨な光景があるのか。
 深く考えずに、ダルシオはシャーリーに詰め寄る。

「弁償しろ~! 僕のマイホームを~!」
「え、えー?」
「これじゃあ気持ちよく眠れないだろ! どうしてくれるんだ!」
「うーん、わかりました。じゃあ錬金術で安眠できるお薬を――」
「そうじゃないよ~!」

 さすがライザの娘。
 そんなことを思いつつ、ダルシオは昔のことを思い出す。辛くも楽しかったあの日々のことを思い出し、怒ったり笑ったりするのだった。
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