私のお猫さま 25歳を迎えて猫又さまになりました

月見こだま

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第一部

13:猫又さまと生きるために

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 わたしは絞り出した声は震えていたと思う。目の前にいる二人の目を真っ直ぐに見つめ返す。
 ミケの家族として、覚悟を持たなくてはならない。
 わたしの言葉を聞いて、神崎先生と神谷さんは顔を見合わせた。一瞬の沈黙。わたしは、どんな厳しい答えが返ってくるのかと、固く手を握りしめていた。
 すると、二人は同時に、強張らせていた身体の力を抜き、ふっと安心したように笑った。

「え……?」

 予想外の反応に、わたしは間抜けな声を上げた。さっきまでの、全てを奪われるかもしれないという緊迫した空気が一気に緩む。全身に力を入れて備えていたわたしは、行き場のない緊張で固まったまま、二人を交互に見た。

「ああ、すいません。安心しただけです」

 神崎先生は、額にじっとりと滲んでいた汗をハンカチで拭った。神谷さんも、いつの間にか汗をかいていた。この部屋が暑いからではない、強い緊張によるものだとすぐに分かった。

「よくね、いらっしゃるんですよ。私の命なんてあげるからこの子を助けて、と言われる方が」

 神崎先生の口調は、診察室での優しいものではなく、厳しい現実を見てきた人間のそれだった。

「それは猫又になった子だけではなくて、治療しても助からないような子を目の前にした飼主さんが言う言葉でもあります。でもね、例えそれでその子が助かったとしても、その後はどうするつもりなんでしょうか。飼主さんは満足かもしれませんが、置いていかれた子の気持ちも考えてほしい」

 神崎先生は、獣医師としていくつもの死に携わって来た。だからこそ、重みのある言葉。

「――だから、花屋敷さんが安易に『わたしはどうなってもいいから』と言うような方なら、ミケちゃんをお返しせずこちらで保護するつもりでいました」

 今度は神谷さんが静かに続けた。

「クロは記憶操作も出来るので、花屋敷さんご家族からはミケちゃんの記憶を。ミケちゃんからは花屋敷さんご家族の記憶を消す予定でいました」
「なん、」

 その言葉に、わたしは息を呑んだ。理不尽だ、と一瞬思いかけた。けれど、先生たちの真剣な目を見て、それが本気だったと理解する。


「理不尽だと思いますか。ですが、中途半端な覚悟だとお互いが不幸になるのです。……花屋敷さん、ミケちゃんの写真をSNSに載せましたよね。今後はそのようなこともしないようにしてください」
「――ご存じだったんですか」

 ミケの可愛さを知ってほしいという、軽い気持ちの行動。それが、こんな事態に繋がっていた。

「ええ。クロが気付きました。彼は常に『同類』を保護するために、人の世を広く監視しているのですよ。神崎から連絡を受けた方と同一人物とまでは思っていませんでしたが」
「そうだったんですね……」

 あの時の投稿が、ミケの存在をクロに知らせ、そして今日に繋がった。いずれ神崎先生経由でも繋がっていただろうけど。もしわたしが間違った選択をしていたら、ミケは本当に奪われていた。身体が冷えていくのを感じた。

「では、話を戻しましょうか。これからクロを呼びます」

 神谷さんが取り出したのは、銀色の鈴に似た綺麗な装飾品だった。

「ガムランボール……ドリームボールともいいますね。これを数秒鳴らすのが、クロをこちらに呼び戻す合図です」

 神谷さんはそう言うと、シャララ――ンと美しい音をリビングに響かせた。


 ――


 クロの耳がピクリと動いた。
 闇の中で、神谷直樹が鳴らした音に反応したのだ。
 数秒続く美しい音が合図だった。

「――直樹か。話は終わったようだな」

 クロは九尾のなかで小さく丸まり、震えが止まらないミケを見下ろす。

「ふむ、三毛よ。まだ元気はあるか?」
「にゃう……」

 かろうじて絞り出した声は、もう威勢のいいものではなかった。

「飼主の元へ返してやろう。お前たちは『様子見』だ」
「ほ、ほんとにゃ……? 桜ちゃんたちにまた会えるにゃ……?」

 ミケが金色の瞳を潤ませながら顔を上げる。

「ああ。お前の飼主が『間違えなかった』ようだ」

 クロは、ミケの首元に小さな袋を近づけた。

「いいか、これは応急処置だ。永続的なものではない」

 それは、人の親指の爪ほどの大きさの、赤い布でできたお守り袋だった。口の部分には、小さなガムランボールがついている。それは不思議と動かしても音がしない。

「袋にはわしの毛が入っておる。これだけでもそれなりの妖力だ。これが当面の間お前の栄養になる。一年ほどはこれだけでも命を奪う体質は改善出来るだろう」

 クロはミケの首にそれを結びつけた。人になっても首が締まらない程度にはゆったりとした大きさなのは気遣いだろう。

「『これ』は、妖力が切れた際に音を出す」

 そういって、ガムランボールを弾いた。

「なくさぬよう、気をつけよ」



 そう言ったクロの表情は優しく、慈しみに満ちていた。

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