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第一部
12:猫又さまと桜の気持ち
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ミケはクロの言葉に金色の瞳を限界まで見開いた。
――そんなことあり得ない!
(わたしは桜ちゃんを守るために生まれたはずにゃ……!)
遠い記憶が蘇る。――あの時は守れなかったけど。
それでも、傷つけたいなんて一度も願ったことはない。
ミケが望むのは、大好きな人と共に生き守ること。
だからこそ、傷つける存在になるはずがないのに。
見透かしたように、クロが目を細める。
「お前の飼主が体調を崩しただろう。あのままでは衰弱するだけだから一時的に引き離したのだ」
「ウソにゃ!!」
(確かに桜ちゃんは体調をくずしてたにゃ……)
ウソだと反射的に返しながらも、ミケは『桜の高熱』という事実を重ねた。
「嘘をついて何の得がある? 感謝されこそすれそんな反応をされる覚えはないんだがな」
「うう……っ」
(確かに、黒いのにウソをつく理由はないにゃ)
反論をしたいのに、事実だけが折り重なる。
クロの青白く光る尾が、無意識に流れていたミケの涙をぬぐう。
――けれど、優しい触れ方に反して言葉は容赦がない。
「我らは愛する者の愛情と命を食って育つ化け物だ」
(わたしは化け物にゃ……?)
「かつては長生きする猫そのものがめずらしかったのだが、最近は医療の発達のおかげか新入りが増え続けておる」
クロの尾が、ミケの頭を撫でる。一転して、優しい口調で続ける。
「全ては救えぬだろうが、わしの手の届く範囲であれば救いの手を伸ばしてやろうと思ってな」
「救い……?」
ミケは涙でにじんだ視界で、必死にクロに縋った。
もしかするとクロは救世主なのかもしれない。
だって、クロは神格化した九尾の猫又なのだから!
そんなミケの期待は裏切られることになる。
「もう飼主の元に帰ることは叶わんだろうが、わしの元で過ごせば命を食らう体質は抑えてやれる。その体質を改善する術も教えてやろう。そこに到達するまで何年かかるかはお前次第だが」
「……!?」
(桜ちゃんのところにかえれない……?)
愕然とする。それはミケにとっての救いではない。
クロは続ける。
「これが猫又であるお前に対する救いだ。それが嫌なのであれば、このままここで老いたただの猫に戻り早晩にでも死ぬか、飼主を食ってでも猫又として生き続けるか」
クロが、無慈悲に問う。
「選べ、三毛」
無慈悲な選択をせまられる。
「にゃぁ……」
辛うじてミケがか細い鳴き声を漏らした。震えが止まらない。
選べない。どれを選んでもお別れだなんて――
当然見透かされていただろう。クロは更に告げる。
「――ああ。大切なことを伝えなければ
もし飼主を食らう選択をするならこの場で処分する」
――
わたしはぎゅっと唇を噛んだ。ミケが猫又になった時、深く考える事なく喜んだ。
二十五年も生きてくれて、二本目のしっぽが生えて、喋ってくれて。神様からのプレゼントみたいだと思った。これからもずっと、永遠に一緒にいられるんだって。
背中に滲む汗が気持ち悪い。熱は下がったと思うけど、頭がガンガン痛む。
わたしは、……能天気すぎた。
なんの見返りもなく、そんな奇跡が続くわけがない。
――そんな甘い話があるわけないのに。
(でも――)
ミケがわたしを傷つけるなんてことは絶対にあり得ない。
願うわけがない。
だから、ミケが望んでこうなっているわけがない。
それに。
可能性はあるはず。
わたしは顔を上げて、神谷さんの目を真っ直ぐに見る。
「神谷さん、クロちゃんは大丈夫なんですよね?」
「――はい。私はクロと幼い頃から過ごしていますが、この通り元気です」
予想通り、神谷さんは頷いた。その問いかけを待っていたかのように。
「つまり、命を奪う体質は改善できるという認識で合ってますか」
「ええ。その認識で合っています」
「教えてください! わたしは、」
ただミケと生きていきたいから。――その言葉が、喉の奥でひっかかる。違う、それは多分、ミケにだけ何かを求めることになる。きっと、求められるのはそうではない。
「花屋敷さん」
神崎先生が、わたしを呼ぶ。それは診察室での優しい顔ではない。どうしよう。何が正しいのかわからない。
でも。
ミケは今、どこかで不安に震えているはずだ。
あの子は昔、誰かを守るために傷ついて力尽きた。
今回も一人で戦うなんて、絶対にさせない。させたくない。
わたしも選ばないと。
握り込んでいた手をゆっくりとほどいて、息をついた。
「――これ以上、ミケにだけ背負わせない。わたしも無責任にミケに命をあげるなんて言えないし、背負ってほしいとも思わない。お願いします。わたしたちが選べる最善の方法を教えてください」
だって、わたしはミケの家族だから。
――そんなことあり得ない!
(わたしは桜ちゃんを守るために生まれたはずにゃ……!)
遠い記憶が蘇る。――あの時は守れなかったけど。
それでも、傷つけたいなんて一度も願ったことはない。
ミケが望むのは、大好きな人と共に生き守ること。
だからこそ、傷つける存在になるはずがないのに。
見透かしたように、クロが目を細める。
「お前の飼主が体調を崩しただろう。あのままでは衰弱するだけだから一時的に引き離したのだ」
「ウソにゃ!!」
(確かに桜ちゃんは体調をくずしてたにゃ……)
ウソだと反射的に返しながらも、ミケは『桜の高熱』という事実を重ねた。
「嘘をついて何の得がある? 感謝されこそすれそんな反応をされる覚えはないんだがな」
「うう……っ」
(確かに、黒いのにウソをつく理由はないにゃ)
反論をしたいのに、事実だけが折り重なる。
クロの青白く光る尾が、無意識に流れていたミケの涙をぬぐう。
――けれど、優しい触れ方に反して言葉は容赦がない。
「我らは愛する者の愛情と命を食って育つ化け物だ」
(わたしは化け物にゃ……?)
「かつては長生きする猫そのものがめずらしかったのだが、最近は医療の発達のおかげか新入りが増え続けておる」
クロの尾が、ミケの頭を撫でる。一転して、優しい口調で続ける。
「全ては救えぬだろうが、わしの手の届く範囲であれば救いの手を伸ばしてやろうと思ってな」
「救い……?」
ミケは涙でにじんだ視界で、必死にクロに縋った。
もしかするとクロは救世主なのかもしれない。
だって、クロは神格化した九尾の猫又なのだから!
そんなミケの期待は裏切られることになる。
「もう飼主の元に帰ることは叶わんだろうが、わしの元で過ごせば命を食らう体質は抑えてやれる。その体質を改善する術も教えてやろう。そこに到達するまで何年かかるかはお前次第だが」
「……!?」
(桜ちゃんのところにかえれない……?)
愕然とする。それはミケにとっての救いではない。
クロは続ける。
「これが猫又であるお前に対する救いだ。それが嫌なのであれば、このままここで老いたただの猫に戻り早晩にでも死ぬか、飼主を食ってでも猫又として生き続けるか」
クロが、無慈悲に問う。
「選べ、三毛」
無慈悲な選択をせまられる。
「にゃぁ……」
辛うじてミケがか細い鳴き声を漏らした。震えが止まらない。
選べない。どれを選んでもお別れだなんて――
当然見透かされていただろう。クロは更に告げる。
「――ああ。大切なことを伝えなければ
もし飼主を食らう選択をするならこの場で処分する」
――
わたしはぎゅっと唇を噛んだ。ミケが猫又になった時、深く考える事なく喜んだ。
二十五年も生きてくれて、二本目のしっぽが生えて、喋ってくれて。神様からのプレゼントみたいだと思った。これからもずっと、永遠に一緒にいられるんだって。
背中に滲む汗が気持ち悪い。熱は下がったと思うけど、頭がガンガン痛む。
わたしは、……能天気すぎた。
なんの見返りもなく、そんな奇跡が続くわけがない。
――そんな甘い話があるわけないのに。
(でも――)
ミケがわたしを傷つけるなんてことは絶対にあり得ない。
願うわけがない。
だから、ミケが望んでこうなっているわけがない。
それに。
可能性はあるはず。
わたしは顔を上げて、神谷さんの目を真っ直ぐに見る。
「神谷さん、クロちゃんは大丈夫なんですよね?」
「――はい。私はクロと幼い頃から過ごしていますが、この通り元気です」
予想通り、神谷さんは頷いた。その問いかけを待っていたかのように。
「つまり、命を奪う体質は改善できるという認識で合ってますか」
「ええ。その認識で合っています」
「教えてください! わたしは、」
ただミケと生きていきたいから。――その言葉が、喉の奥でひっかかる。違う、それは多分、ミケにだけ何かを求めることになる。きっと、求められるのはそうではない。
「花屋敷さん」
神崎先生が、わたしを呼ぶ。それは診察室での優しい顔ではない。どうしよう。何が正しいのかわからない。
でも。
ミケは今、どこかで不安に震えているはずだ。
あの子は昔、誰かを守るために傷ついて力尽きた。
今回も一人で戦うなんて、絶対にさせない。させたくない。
わたしも選ばないと。
握り込んでいた手をゆっくりとほどいて、息をついた。
「――これ以上、ミケにだけ背負わせない。わたしも無責任にミケに命をあげるなんて言えないし、背負ってほしいとも思わない。お願いします。わたしたちが選べる最善の方法を教えてください」
だって、わたしはミケの家族だから。
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