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第三部
06:クロとまりな2
しおりを挟むまりなは、その深海の青に覚えがあった。その感情は、今ルイに抱いているものと、同じもの。
弾けた金の先で、確かにこう呼んでいた。
「『クロ』……」
「!!」
そう、『クロ』と呼んでいた。綺麗な黒だったから、クロと名付けた。そして、クロは――。
「……猫又」
「――お前……?」
ああ、そうだ。この黒猫は『私』が飼っていた。25年、この猫は生きて、そして。
そして、その後は――。『私』は、
「私は、――『まな』だ」
まりなは、『まな』を思い出した。今世の愛しい猫を前に、かつて愛した猫が、当時よりも健康的な毛並みで現れた。
「まな!?」
クロの青が、大きく見開かれる。ああ、変わらない。可愛い。私の猫。
「……久しぶりだ。まさか、また会えるなんて。相変わらず可愛い」
三歳の幼子の口を借りて、当時の『私』が喜ぶ。涙はずっと頬を伝って、頬がひりひりする。かつての『まな』と、今の『まりな』との感情が、ぐちゃぐちゃになる。
「っ――! わしは、」
クロが、ペタリと耳を倒した。
「わしは、お前を、食った、お前の命を、一緒にいた、それだけで」
「うん」
「もっと早く知っていれば」
「大丈夫だ」
「――何が、っ大丈夫、だ……!!」
「私は知っていたんだ」
そうだ、『まな』は全て知っていたのだ。
「それでも、私はクロといたかった。それだけのことだったんだ」
▽
その後、神谷がこどもの泣き声を聞きつけて飛び出してきた。慌てて飛び出してきたのだろう。艶のなくなってきた黒い髪が、皺の出来始めた額に張り付いていた。
「クロ! その子は――」
へたり込んだまりなと向き合うクロ、――そして、亡骸を見て、神谷の言葉が詰まる。
「この、猫は……?」
神谷は、首輪がついたままの亡骸をみて、目を細めた。まりなはぼろぼろと涙を流しているし、クロは耳を倒したままだ。何があったのだ、と説明を求める声でもある。
「『私』の猫です……クロ見つけてくれました」
まりなは、神谷の目を真っ直ぐに見て、言った。たった、三歳の幼子が、はっきりと。
「――首輪に住所も書いてあるね。お嬢さん、ここの子かな」
「はい……」
神谷は、ボロボロになった首輪に躊躇なく触れた。手が汚れることも、亡骸に触れることも、いとわないのだと思った。
「きっと心配している。連絡するから、少し中に入っていなさい」
「はい。ごめんなさい」
「うん。しっかりした返事だ。その猫のことも、伝えよう」
「――伝えるのか、直樹」
クロが、顔をあげた。人前で、猫の姿で話すことなど普段では考えられないのだろう。神谷の息が引きつった。
「クロ、いくらこどもの前とはいえ――」
窘めようとした神谷に、クロは首を振った。
「こどもではない。わしの、――わしが、猫又になった時の、飼主だった女だ」
そのクロの言葉に、神谷はまりなを見て、その言葉に嘘がないことを確かめて。
目を伏せた。
「……電話は、少し話を聞いてからにしようか」
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