56 / 58
番外編
02:神崎とルナ1
しおりを挟む本作は作者の体験を着想の一部として構築したフィクションです。
以下の表現を含みます。
・治療が困難な状態にある子猫の描写
・動物医療および命の喪失に関する描写
これらの表現は、恐怖や残酷さを目的としたものではなく、命と向き合う人間の選択と葛藤を描くためのものです。
精神的な負担となる可能性のある方は、閲覧をお控えください。
本編とは独立した物語ですが、作品世界の根幹に関わるエピソードとして書かれています。
――――
桜とミケは神谷の家を訪れた。ミケはキャリーケースの中で大きなあくびをしながら、インターフォンの音を聞いていた。
「ああ、花屋敷さん。ようこそおいでくださいました」
ややして扉を開けた神谷が、優しく目じりを下げた。キャリーケースのミケに目線を合わせるようにして、『ミケちゃんもようこそ』と言う。
「頻繁に遊びに来ちゃってすいません」
「いえいえ、賑やかになって楽しいですよ。キャリたちは奥に、クロはルナと離れにいます」
「あ、挨拶してきていいですか? ミケも行く?」
「わたしはキャリと勝負するにゃ!」
「勝負って……ゲーム?」
「そうにゃ!」
花屋敷の家にはないテレビゲームが気に入ってしまったミケ。頻繁に神谷の家を訪れるようになった理由のひとつだ。
「花屋敷さん、ミケちゃんはお預かりしますから、どうぞ」
「ありがとうございます。ミケ、いい子にしててね」
「わたしはいつもいい子にゃ!」
桜は神谷にキャリーケースごとミケを預け、お辞儀をする。
ミケに手を振り、平屋の方へ向かった。
こちらはインターフォンを押す前に、扉が開いた。
(さすが猫。耳がいいなあ)
桜は人の姿になっているクロを見上げて笑った。
人の姿でくつろいでいたようだ。スウェット姿もかなり馴染んできたな、と思いながらクロの後ろに視線を送った。
「今日ルナちゃんは?」
「ベッドの上だ」
「行ってもいいかなあ。おやつ持ってきたの」
「ああ、喜ぶ」
「ありがとう!」
頷いたクロの横を通り抜けて、靴を脱ぐ。ベッドルームに向かう前に手を洗わせて貰い、扉を開けた。
「ルナちゃん~遊びにきちゃった!」
ベッド寝ていたのは、真っ白な美しい猫。桜の呼び声に、ふわふわのしっぽを返事代わりに動かした。
うっすらと開けた瞳は澄んだ青。甘えるように口を開き、ゴロゴロと鳴いた。桜は引き寄せられるように頭を撫でる。長く柔らかい毛は真綿のよう。
頭を撫でると、うっとりと瞳を閉じる。ゴロゴロと顔を上げて、喉を撫でやすいように動く。桜はルナを撫でながら、呟いた。
「大きくなったね、ルナちゃん」
首から背を撫で、しっぽに触れる。桜のてのひらに乗るサイズだったルナが、ミケほどに成長した。
撫でた頭は少し小さめだが、両耳も入れると手に収まらない。
「ミケよりはまだ小さいが、もう大人だな」
クロもルナを見て、目を伏せた。
「――聞けなかったけど……。クロは知ってるの?」
クロに視線を向けずに問う。答えがあるとは思っていない、独り言のような問いだった。
桜は知らない。ルナのことも、ルイのことも。クロたちのことも、ほとんど。
ただ、その時に選択できる道を選んだだけだ。
彼らがどんな風に生きてきたのか、実際に聞いたわけではない。
誰も話さないから。桜の世界は、花屋敷の家で閉じている。だけど、彼らをもっと知りたくなった。
「――全ては話せぬ」
「うん」
クロは全てを見たわけではない。事の次第は神崎豊から聞いただけだ。しかし、それは神崎の後悔。神崎だけではない。娘たちの後悔でもある。そこを勝手に語るわけにはいかない。
ルナの晴れた空色の瞳が、クロを見上げた。
思い出すのは、四十年前のこと。神崎豊がまだ神崎動物病院を開院する前。
結婚、子育て、仕事と――順調に人生を歩んでいた時の話。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
他国ならうまくいったかもしれない話
章槻雅希
ファンタジー
入り婿が爵位を継いで、第二夫人を迎えて後継者作り。
他国であれば、それが許される国もありましょうが、我が国では法律違反ですわよ。
そう、カヌーン魔導王国には王国特殊法がございますから。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる