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番外編
02:神崎とルナ2
しおりを挟む神崎豊、二十九歳。幼い頃から動物が好きで、将来は彼らのために働きたいと思い続け、その願いを叶えた。二十四歳で結婚、二人の娘にも恵まれた。
傍から見れば、順風満帆な人生だ。けれど。
(また。――助けられなかった)
獣医師の仕事は、甘いものではなかった。理解はしていたが、心は追いつかない。定期的なワクチンや薬の処方だけではない。助からない命にも日々触れる。
避妊や去勢で防げる病もあるが、知らずに時を重ね、手遅れになることもある。
病気が発覚した時には高齢で手術に耐えられないということも多々ある。
(苦しかったね。助けられなくてごめん)
今日も。手術できず、自宅で看取るしか出来ない子に泣きながら『ごめんね、ごめんね』と謝る飼主を見送った。
愛情と知識は繋がらない。
犬は外飼い、猫は出入り自由。去勢や避妊はするのが可哀想。ワクチンやフィラリアへの対処もまだ十分に行き渡っていない。
それは愛情がないからではなく、知識の問題だ。獣医を志し、勉強し続けた神崎とは違う。最低限の知識すら、調べる術があまりない。
神崎自身も、幼少期から共に過ごしていた飼い犬が動物病院に連れて行かれるところを見たことがなかった。オスだからと、去勢もしていなかった。そして、それに対して特に違和感を抱くこともなく育った。
(まだ……動物病院に訪れる人は少ない)
目に見えて体調の悪化が現れて、ようやく訪れる。それが悪いわけではない。悪いとは言えない。知識を身に着ける術そのものが不足しているのだから。
(もっと時代が進めば変わるかもしれない)
神崎は深くため息をつき、カルテを閉じた。
――昭和後期。平成に変わる数年前。現代のようにインターネットを使用しての調べ物は存在しない。
増えては困るから、といっても、避妊手術はしても去勢はしないという家庭も少なくなかった。
また、動物病院へ行くのは金持ちの道楽、たかが犬猫、という思想もあった時代だ。
犬は番犬であり、猫は半野良。どちらも室内で飼うということが少なかった。
そんな時代だからこそ、神崎は出会った症例をまとめることにした。
カルテとは別にノートを用意し、書き記す。
・避妊手術しなかった中型犬の子宮蓄膿症。破裂したことで来院。高齢のため、手術が不可能。痛みを取り除くことに専念。
・雄猫の縄張り争い。傷からの感染症。回復せず。
・子犬。散歩中に脱走。車に轢かれ来院。
いずれも、神崎が出会った症例だ。助けられなかったのならせめて、忘れないように記そうと思った。いつか、時代が発展し、薬や設備が整えば助けられるかもしれないから。
(今はまだ、薬も設備も――知識も足りない)
注射ひとつにしても、ガラス製は劣化が早く、一回ごとに滅菌が必要だ。
フィラリアの薬も、餌に混ぜるだけでは吐いてしまう。飲ませることそのものの難易度が高い。
手術の道具も整ってはない。ただ、その中で出来る限りのことをするしかない。
神崎はノートを閉じた。
今は無理でも、将来に繋がることを望み。
その数日後、娘が捨て猫を連れて帰った。
野良猫が生んだ子だという。――その子猫は、神崎にとって救えなかった命のひとつというにはあまりに苦く、深く、記憶に残る存在となる。
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