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番外編
02:神崎とルナ1
しおりを挟む本作は作者の体験を着想の一部として構築したフィクションです。
以下の表現を含みます。
・治療が困難な状態にある子猫の描写
・動物医療および命の喪失に関する描写
これらの表現は、恐怖や残酷さを目的としたものではなく、命と向き合う人間の選択と葛藤を描くためのものです。
精神的な負担となる可能性のある方は、閲覧をお控えください。
本編とは独立した物語ですが、作品世界の根幹に関わるエピソードとして書かれています。
――――
桜とミケは神谷の家を訪れた。ミケはキャリーケースの中で大きなあくびをしながら、インターフォンの音を聞いていた。
「ああ、花屋敷さん。ようこそおいでくださいました」
ややして扉を開けた神谷が、優しく目じりを下げた。キャリーケースのミケに目線を合わせるようにして、『ミケちゃんもようこそ』と言う。
「頻繁に遊びに来ちゃってすいません」
「いえいえ、賑やかになって楽しいですよ。キャリたちは奥に、クロはルナと離れにいます」
「あ、挨拶してきていいですか? ミケも行く?」
「わたしはキャリと勝負するにゃ!」
「勝負って……ゲーム?」
「そうにゃ!」
花屋敷の家にはないテレビゲームが気に入ってしまったミケ。頻繁に神谷の家を訪れるようになった理由のひとつだ。
「花屋敷さん、ミケちゃんはお預かりしますから、どうぞ」
「ありがとうございます。ミケ、いい子にしててね」
「わたしはいつもいい子にゃ!」
桜は神谷にキャリーケースごとミケを預け、お辞儀をする。
ミケに手を振り、平屋の方へ向かった。
こちらはインターフォンを押す前に、扉が開いた。
(さすが猫。耳がいいなあ)
桜は人の姿になっているクロを見上げて笑った。
人の姿でくつろいでいたようだ。スウェット姿もかなり馴染んできたな、と思いながらクロの後ろに視線を送った。
「今日ルナちゃんは?」
「ベッドの上だ」
「行ってもいいかなあ。おやつ持ってきたの」
「ああ、喜ぶ」
「ありがとう!」
頷いたクロの横を通り抜けて、靴を脱ぐ。ベッドルームに向かう前に手を洗わせて貰い、扉を開けた。
「ルナちゃん~遊びにきちゃった!」
ベッド寝ていたのは、真っ白な美しい猫。桜の呼び声に、ふわふわのしっぽを返事代わりに動かした。
うっすらと開けた瞳は澄んだ青。甘えるように口を開き、ゴロゴロと鳴いた。桜は引き寄せられるように頭を撫でる。長く柔らかい毛は真綿のよう。
頭を撫でると、うっとりと瞳を閉じる。ゴロゴロと顔を上げて、喉を撫でやすいように動く。桜はルナを撫でながら、呟いた。
「大きくなったね、ルナちゃん」
首から背を撫で、しっぽに触れる。桜のてのひらに乗るサイズだったルナが、ミケほどに成長した。
撫でた頭は少し小さめだが、両耳も入れると手に収まらない。
「ミケよりはまだ小さいが、もう大人だな」
クロもルナを見て、目を伏せた。
「――聞けなかったけど……。クロは知ってるの?」
クロに視線を向けずに問う。答えがあるとは思っていない、独り言のような問いだった。
桜は知らない。ルナのことも、ルイのことも。クロたちのことも、ほとんど。
ただ、その時に選択できる道を選んだだけだ。
彼らがどんな風に生きてきたのか、実際に聞いたわけではない。
誰も話さないから。桜の世界は、花屋敷の家で閉じている。だけど、彼らをもっと知りたくなった。
「――全ては話せぬ」
「うん」
クロは全てを見たわけではない。事の次第は神崎豊から聞いただけだ。しかし、それは神崎の後悔。神崎だけではない。娘たちの後悔でもある。そこを勝手に語るわけにはいかない。
ルナの晴れた空色の瞳が、クロを見上げた。
思い出すのは、四十年前のこと。神崎豊がまだ神崎動物病院を開院する前。
結婚、子育て、仕事と――順調に人生を歩んでいた時の話。
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