私のお猫さま 25歳を迎えて猫又さまになりました

月見こだま

文字の大きさ
58 / 58
番外編

02:神崎とルナ3

しおりを挟む

 雪玉のように真っ白。鼻と肉球は桜色。くりっとした空色の瞳。野良の子だというが、汚れもなく、その子猫は神々しさすら感じる美しさだった。

「みきちゃんのお家で生まれたみたいなの。子猫は保護できたから、里親探してて……うちで飼えないかな」

 タオルの上でひくひくと鼻を動かしている子猫を前に、妻が言った。娘と仲が良い子の家で野良猫が出産した。子猫が綺麗なのは、貰い手が見つかりやすいようにシャンプーしたからなのだろう。

「飼うのは構わないけど――」

 幸い、一軒家だ。元々、娘がもう少し大きくなれば犬か猫を飼おうと話していた。だから、飼うことは構わない。けれど、

「この子、うんちしないみたいなの。ぱぱならなおせるよね?」

 娘の――美奈子の真っ直ぐな瞳が神崎を見上げる。『動物のお医者さん』である自慢のパパなら、この子を治せる。だから、うちで引き取ろうという、純粋な娘の願いを妻も受け取った。
 けれど、娘の言葉に神崎は血の気が引いた。

(……排便しない?)

「――少し、診ようか。この子、何カ月かわかる?」
「確か、先月か……先々月に生まれたって」
「……生後二か月以内」

 少しの力でも傷ついてしまいそうな小さな体にそっと触れる。
 体はとても小さいが歯は生えているし、乳離れはしているようだ。小さな前足と後ろ足。親指の爪程度の大きさ。そこから、伸びる爪。本来であれば、爪がずっと出ていることはあり得ない。
 そして、もっとあり得ないのは――。

(膨満した腹部……)

「濡れタオルで刺激は?」
「してみたけど、やっぱり出なくて……」
「明日、病院で詳しく診てみよう」

 嫌な予感がする。子猫の美しい見た目に反して、漂うにおい。

――『みぃ』

 子猫が鳴いた。コロコロ、微かにだが喉を鳴らす。小さな前足を突っ張って、神崎の手に頭を擦り付ける。
 かぱっと口を開いて、空色の瞳が神崎を映す。

 ぱんぱんに膨れ上がった腹部の圧迫で苦しいはずだ。その苦しさを少しも滲ませない声。

 美奈子が『ふふふふ』と笑う。ふにゃっと笑って、子猫の頭を撫でる。

「かわいい~……。ゆうちゃん、るな、かわいいね」
「あいい」
「……るな?」
「うん。ルナって名前にしたの」
「そうか……」

 美奈子が妹の裕子を抱きしめながら、うっとりと子猫に『かわいい』『かわいい』と言い続ける。
 その声に応えるように、ルナは『みぃ』と鳴いた。娘たちも、そして妻でさえも、この子猫が正しく成長するのだと信じて疑わない。
 獣医師である神崎を心底、信頼しているからだ。

(そうだ。治療できないと決まったわけじゃない……)

 神崎は嫌な予感を振り払うように目を閉じた。重度の便秘症の可能性もある。保護する以前には排便いていた可能性だって捨てきれない。

「簡易的なトイレ、何個か作ろうか」

 ティッシュの箱をカッターナイフで切り抜き、タオルを敷く。小さな娘が誤飲する可能性も否めないため、そのまま。妻が試したとは言っていたが、神崎も濡れタオルで肛門を刺激してみた。少しだけ尿は出たが、やはり排便はしなかった。

「この子、食事は?」
「みきちゃんのところで、ササミを食べてたみたい」
「うん! いっぱいたべるんだよ!」
「――そう、」
「だから、夕方の五時頃、うちでも少し食べさせたの」

(今が二十時過ぎ……三時間か)

 既にミルクではなく、固形物を食べている。――再度、腹部を撫でる。ふわふわの毛に隠れて視覚的にそれほど膨らんでいるように見えない。だが、触るとその異常性が伝わる。今にも地面につきそうな程に膨れ上がっているのだ。

「明日の朝は診察前だからミルクだけにしようか。――ごめんね、ルナ。お腹空くだろうけど、少し我慢してね」

 神崎の言葉が通じたのか、ルナが不満げに鳴いた。食欲はある。――空腹も感じる。生きることに対する強い意志に反して、ルナの体は追いついていない。手探りでしか判断は出来ないが、現状の膨満と感触に当てはまる症状はいくつかある。

(重度の便秘――腸閉塞? または狭窄……)

「牛乳でいいのかしら」
「ああ、牛乳そのままはダメなんだ。牛乳と卵黄と……少しだけ砂糖。俺が用意するよ」
「ありがとう、助かるわ」

 安心したように胸を撫で下ろす妻に、しかし安心は出来なかった。

(――猫用の粉ミルク……。うちの病院にはない。置いている病院を探さないと)

 ミルクはあくまで一時しのぎに過ぎない。神崎自身も獣医としての経験が浅く、そして初めて目にした症例のため、確信を得られずにいた。

(院長に診断してもらおう)

 神崎の誤診であればいい。そして、院長であれば改善方法を知っているかもしれない。
 三十歳という若さで動物医療を広めたいと開院した院長は、休日もあらゆる場に顔をだし、獣医師同士で情報交換をしている。そして、得られた知識は現場に反映される。

「明日、俺が出勤する時に連れて行くから――ダメにしてもいいネットだけ出してもらってもいい?」
「わかった。あとは箱かな?」
「うん。小さめの段ボールがあればそれで」

 ずり落ちないように固定をすれば助手席でもなんとかなるだろうと頷いた。一日病院で預かることにはなるが、何かあればすぐに対応できる。


「――続きは明日な、ルナ」

 そう言って顔を覗き込む。ルナは『みぃ』とコロコロ鳴いた。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

こうしてある日、村は滅んだ

東稔 雨紗霧
ファンタジー
地図の上からある村が一夜にして滅んだ。 これは如何にして村が滅ぶに至ったのかを語る話だ。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

処理中です...