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番外編
02:神崎とルナ4
しおりを挟む朝一で院長に相談し、診察が途切れた時に診てもらえることになった。
四十手前となった院長は、優しく、ゆっくりとルナの腹部に触れた。そして、その表情は厳しくなる。
便検査のために使用した器具も、綺麗なままだ。ひとかけらの便も採取できなかった。
「一度も排便がない――は確かなようだ」
神崎から聞いた症状をなぞるように、頷く。
「レントゲンがあれば確信出来たかもしれないが――鎖肛か狭窄か」
「私も考えましたが、そうであれば乳離れした今も生きているでしょうか」
「――ない、とは言い切れない。何せ、初めてみる症例だ」
「今朝はミルクだけ与えましたが、既に固形物を食べています。より排便がしにくくなっている可能性はありませんか?」
「固形物を食べられるだけの元気がある? ……そうか。触診してどう思った?」
「――固いですが、石のようとまではいきません。まるで、……」
神崎は言いよどむ。それ以上は憚れるようなことが脳裏を過ったからだ。そして頭を振り、続ける。
「ですが、吐き戻しはありません」
「――もう一度、通してみよう――ルナちゃん、少し我慢してね」
カタカタと震えるルナの肛門に、再び管が入る。細いが、小さな体には大きな負担だろう。『みぃぃ』と、か細い悲鳴が漏れる。
「……ダメだ。止まる。これ以上は内臓が破れてしまう」
「手術……出来ませんか」
「神崎くん。――理解しているだろう。この小さな体を開けばどうなるか。うちのような小さな動物病院では設備も不十分だ」
「……」
「――いや、設備が揃っていても、既にルナちゃんは限界を超えて生きてる。奇跡と言っていい」
「この子は――こんなに生きたがっているのに、我々に出来ることがないんでしょうか」
「ルナちゃんは強い。――本当なら、乳離れすら越えられず消えていた命だ。だが、本当の意味での奇跡は起こらない。これから先、この子に必要な治療は――治療しないことだ」
正確な診断名はつけられなかった。しかし、それでもルナは医療の届かない命だと突き付けられた。本来であれば、保護される前に衰弱していただろう。固形物を口にするなど、体が拒絶しても不思議はなかった。
しかしルナは、ミルクを飲み、固形物を食べ、よく鳴いた。しっかりと立ち上がり、歩く。苦しみをひとつも表に出さないからこそ、その異常に気付いた時には手遅れだった。
(――いや。例え、保護した時点で気付いても――今の設備では)
メスを入れず、内臓を鮮明に映せる機械があれば。小さな体でも負担を最小限に手術する術があるならば。
もっと、模索出来た。
昼休憩前。午前最後の診察を終えた後、神崎はノートを開いた。ルナの症状を、事細かに綴る。そして、文字にすればするほど突き付けられる。
(あの子は成長出来ない)
神崎の中に、娘の顔が浮かぶ。純粋に、父を信じる顔が。
――ノートを閉じて、ケージの中で元気に遊ぶルナを見ていたその時――。
ジリリ――
診療所の電話が鳴る。振動した黒い受話器を、反射的に取った。
「はい。神宮寺動物病院です」
――もしもし。突然ですが、午後から予約入れれますか?
ノイズ混じりの通話口から聞こえたのは、
「クロの不調ですか、神谷さん」
友人である、神谷直樹の声だった。
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