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1章
本の虫
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「それじゃあ今回の授業はこれで終わりだ!質問があるやつは午後以降で頼む!!」
1ー7のクラスで行われていた1限の基礎授業が終わると、レハートは慌ただしく教室を飛び出していった。
その様子をアレスは冷ややかな目で眺めていた。
「はぁ……あの様子だとまだ書類が完成してないな」
「それじゃあアレス君、私は次も授業があるから」
「おう。頑張ってな」
「ソシアさん、本当に毎日頑張りますね」
「ああ。あれだけ頑張ってるのを見ると報われて欲しいって思うけどな」
次のコマは空いているということでのんびりしていたアレスだが、ソシアは今日も魔法の勉強があると急いで教室を出て行ってしまったのだ。
そんなソシアをアレスとジョージと、さらにはアレスの机にやってきたマグナとメアリーが見送っていた。
「本当に真面目よねソシア。でも正直攻撃魔法の才能があるとは思えないのだけど」
「おいおい、そんな酷いこと言うなよ。俺はソシアのこと応援してるぜ?」
「まあ、あいつに攻撃魔法の才能がないのは事実だろうな」
「ええ。あとはスフィア様に教えてもらってどこまで強くなれるかですが……」
「え?待ってジョージ君。スフィア様って、まさかあの!?」
「あ、そうです。実はソシアさん、レハート先生の紹介でミルエスタ騎士団団長のスフィア様の元で魔法を学べるらしいんです」
「うそっ!それって超凄いことじゃん!」
「おう!俺でもすげぇことだってわかるぜ!……で、どれだけ凄いことなんだ?」
「分かってねえじゃねえか」
相も変わらずのマグナを相手にアレスたちはミルエスタ騎士団についての説明を始めたのだった。
エメルキア王国には戦闘や防衛、探索を行う組織として王国軍、騎士団、冒険者の大きく分けて3つが存在している。
王国軍は王族、主に国王の指示に従う国営の組織。
冒険者はギルドマスターを長に据え民間人の依頼で成り立つ民営の組織。
騎士団はその中間の立ち位置といった具合の貴族が集まり資金を出し合って運営される組織となっている。
そしてエメルキア王国において騎士団と呼ばれる組織は2つあり、ダーバルド騎士団と先程から話題に上がっているミルエスタ騎士団だ。
「それぞれの騎士団ともとても力があって2つ合わされば王国軍とも互角の力があるって話だ」
「エメルキア王国は大国ですから、騎士団一つで小さな国の軍隊と同じ力を持っていると言われているんです」
「それはすげぇな。じゃあさ、その2つの騎士団が力をあわせれば戦争なんて簡単に終わるんじゃないの?」
「あー、それはなかなか難しい話ですね」
「なんでだ?」
「まずは俺たちの国が戦争をしている南方のタムザリア王国と西方のユガリ帝国がどちらも大国だからです」
「どっちも手ごわい相手だし、どちらかに集中すればもう片方に攻め込まれるからな」
「2つ目に騎士団は貴族のための組織ですから、他国への攻撃や防衛ではなく魔物から貴族や街を守ることがその大きな役割なんです」
「んで3つ目が重要なんだが、その2つの騎士団は滅茶苦茶仲が悪いんだ」
2つの騎士団はもともとそれぞれの名前の由来となったダーバルド家とミルエスタ家の当主が創設した組織なのだが、それらの家は昔から対立状態にあった。
そしてダーバルド家とミルエスタ家のそれぞれの派閥の貴族の中から代々騎士団の団長が任命されてきたため、お互いに相手の騎士団を潰したいと考えるほどその関係は悪化していた。
「40年ほど前に当時の2人の騎士団団長が殺し合い寸前の騒動を引き起こし、今では王都の北側がダーバルド騎士団。南側がミルエスタ騎士団と行動範囲が別れてしまったほどなのです」
「ないとは思うけど、お前ら騎士団に入団したらもう一方の騎士団の本部のある地域には絶対近寄るなよ。それでなんども争いが起きてるからな」
「こえぇ~」
「それじゃあソシアはこれから王都の北側には遊びに行けないってこと?」
「いや……流石に正式な団員になるわけじゃないから大丈夫……と言い切れないのがちょっと怖いな」
「そこまで不安になる必要はないと思いますけどね。それじゃあ僕はちょっと図書室に行ってきます」
「おう。でも本を読むのに夢中になって次の授業に遅れるんじゃないぞ?なんたって次は王国軍の人が来て指導してくれるんだからな」
「分かってますよ。本を返しに行くだけなので安心してください」
説明を終えたジョージは、次の授業まで時間があるということでいつも通っている図書室へ向かうことにしたのだった。
ハズヴァルド学園は歴史が古く、創立から今まで大量の本を蓄えてきた図書室はこの国でも1番の所蔵数を誇っていた。
「今日はどんな本を借りていきましょうか」
「ベンベルト教頭先生!書類がまとめ終わりました!!」
「ギリギリですよレハート先生。次からはもっと余裕をもって仕事を進めるように」
(あっ、レハート先生。何とか間に合ったようですね)
図書室に向かう途中、ジョージは職員室の前を通りかかりそこで何とか書類作成を終えたレハート先生の姿を確認した。
「それで話は変わりますがレハート先生。学長を見ませんでしたか?」
「学長?いえ、見てませんが」
「そうですか。まったく、もうすぐ王国軍の方々がお越しになるというのに。いつもどこにいるのやら」
(学長?そういえば、ハズヴァルド学園の学長って入学してから1度も見たことがありませんね)
そこでジョージはベンベルト教頭が学長を探しているという話を耳にしたのだった。
ハズヴァルド学園の学長はエミルダ・ヴォーキュリーという上流貴族の人間なのだが、その姿を見たものは数少なく学園の入学式などにも姿を現していなかったのだ。
(エミルダ様……確か貴族の中でも随分と変わり者だと聞いていますが。ですが僕が気にしても仕方ありませんね。図書室に急ぎましょうか)
そんな会話を聞いたジョージだったが特に気に留めることなく、そのまま歩き続け校舎の外へと向かった。
ジョージは教室のある本校舎を出ると、それに勝るとも劣らない巨大な建物へと入ってゆく。
そこがハズヴァルド学園の図書室であり、中に入ると巨大な本棚がいくつも並べられた壮観な景色が広がっていた。
「マゼンタさん、すみません。この本の返却をお願いします」
「あら、今日も来たのねジョージ君。また本を借りていくの?」
「はい。読みたい本がたくさんあるので」
「あなたみたいな熱心な生徒は珍しいわ。はい、確かに受け取ったわ」
「いえ、僕は本が好きなだけですので」
図書室に着いたジョージはカウンターの中に居た管理人のマゼンタに借りていた本を返して新しい本を借りようと図書室の中へと入っていく。
祖父が大きめな本屋を営んでいたジョージだったのだが、ハズヴァルド学園の図書室はあまりに広くジョージが知らない本で溢れかえっていた。
(まずいですね。次に何を借りようか迷ってしまいます……)
ガコン……
「ん?今、何か変な音がしたような」
遠い昔の有名でも何でもない人が書いた本が並べられたマニアックなエリア。
周囲に誰もいない静かな空間で次に借りる本を選んでいたジョージだったのだが、その時近くから何かの仕掛けが動いたような音が聞こえてきたのだ。
本が床に落ちた音だといけないと、ジョージは音の出どころを調べに向かう。
「うーん、この辺りから聞こえたと思ったのですが。僕の気のせいでしょうか……って、あれ?この本、全然違うジャンルなのになんでこんなところに……」
音がした辺りにやってきたジョージだったのだがそこには特に何の異変も見られなかった。
さっきのは自分の気のせいかと引き返そうとしたのだが、その時ちょうどジョージの目線の高さにあった1冊の本の違和感にジョージは気付いたのだった。
ジョージはその本が気になり、足を止めてを伸ばしてみる。
ガコン……
「っ!?本棚が!!しかもこの音、さっきの……」
するとジョージがその本を推してみた途端、本棚が大きくずれそこに隠された入り口が出現したのだ。
(なんでこんなものが図書室に……いや、歴史が古い建物だから、こういうこともありえるのか?)
ジョージは戸惑いながらも好奇心を抑えきれず現れた入口の中へ入っていってしまう。
中は暗く、非常に乾燥した冷たい通路が続いていた。
しかしジョージが近づくたびに壁に設置された魔道ランプが小さな明かりを灯し、その先に続く明かりのついた部屋へと誘われてゆくようだった。
(この先に……一体何が……)
「君、ここで何をしているのかな?」
「ひっ!?」
ジョージが少し空いていた扉の隙間から部屋の中を覗こうとしたその時、突然部屋の扉が大きく開かれ目の前に色白で細身の男性が現れたのだった。
ジョージはその男が放つ異様ともいえる雰囲気に圧倒され言葉を失ってしまう。
「質問されたら何かしら答えなさいと、両親から教わってこなかったのかい?」
「あ、え……僕は、図書室で次に借りる本を選んでいて……その時、ガコンって音が聞こえたので、本が床に落ちた音だといけないと思って、それでここを見つけて、気になって入ってきてしまいました」
「ふぅーん、まあ嘘はついてなさそうだね。別に怯えなくてもいい。この隠し部屋の存在を知るものはほとんどいないが、別に立ち入り禁止という訳でもないからね」
「そう、なんですか?」
「うん。ここは誰も来ないから本の聲がよく聴こえるんだよ」
「本の声?あの……あなたは、一体誰なんですか?」
「ん?ああ、そうか。当然の疑問だね。僕はエミルダ。エミルダ・ヴォーキュリーだ」
(っ!!エミルダさん……ハズヴァルド学園の学長!!)
ジョージの前に現れた覇気のない銀髪の男性。
なんとそれはこのハズヴァルド学園の学長であるエミルダ・ヴォーキュリーだったのだ。
「あの、エミルダ学長。先ほど職員室でベンベルト教頭が探していましたよ」
「ああ……そうか。とても面倒なことになってしまったな……君、名前は?」
「えっと、あの……ジョージです」
「ふむ、ジョージ君か。君に相談があるんだが、君が望むだけの成績をあげるから、この部屋の存在は秘密にしてくれないかい?」
「えっ……」
エミルダは隠れ場所としていた部屋の存在を知ったジョージに対して、突然成績と引き換えにこの部屋のことを秘密にするように取引を持ち掛けてきたのだ。
無機質のようで吸い込まれそうなエミルダの瞳にジョージは軽く恐怖を感じた。
「……、いえ。僕は成績が欲しいんじゃなく、冒険者になるための知識と実力が欲しいだけですので、お断りさせていただきます」
「ほう?」
「ですが無暗にこの部屋のことは話したりしませんので、ご心配なく」
「なるほど。君は真面目なんだねぇ……」
しかしジョージはエミルダの提案を拒み、毅然とした態度で自分が信じる考えを貫いたのだ。
その様子にエミルダは感情が読みにくい笑みを浮かべる。
「冗談だよ。君が成績に釣られ僕の提案を飲まないか試しただけ……」
「そうだったんですか?」
「……ということにしてくれないかい?安寧の地を守るために生徒を成績を釣ろうとした学長という噂が広まるのは流石にまずいんだ」
「あ、大丈夫です。ちゃんと黙っておきますので」
「本当に君は素直な子だ。とにかく、ベンベルトさんが僕を呼んでいるみたいなので僕はこれで失礼するよ。あと悪いけど、ここにある本は貸し出ししていないんだ。まあ、君ではここにある本は読めないがね」
「は、はい。わかりました」
エミルダはそう言うと、ゆっくりと部屋を出ていってしまったのだ。
ジョージはそんな彼の様子を呆然と眺めていたのだった。
(ここにある本は僕には読めないってどういうことだろう?ですが、勝手に見るのは良くないですよね。それより早く借りる本を決めて戻らなければ)
こうしてエミルダの姿が見えなくなった後、ジョージは同じように部屋を後にして図書室で借りる本を選ぶことにしたのだ。
1ー7のクラスで行われていた1限の基礎授業が終わると、レハートは慌ただしく教室を飛び出していった。
その様子をアレスは冷ややかな目で眺めていた。
「はぁ……あの様子だとまだ書類が完成してないな」
「それじゃあアレス君、私は次も授業があるから」
「おう。頑張ってな」
「ソシアさん、本当に毎日頑張りますね」
「ああ。あれだけ頑張ってるのを見ると報われて欲しいって思うけどな」
次のコマは空いているということでのんびりしていたアレスだが、ソシアは今日も魔法の勉強があると急いで教室を出て行ってしまったのだ。
そんなソシアをアレスとジョージと、さらにはアレスの机にやってきたマグナとメアリーが見送っていた。
「本当に真面目よねソシア。でも正直攻撃魔法の才能があるとは思えないのだけど」
「おいおい、そんな酷いこと言うなよ。俺はソシアのこと応援してるぜ?」
「まあ、あいつに攻撃魔法の才能がないのは事実だろうな」
「ええ。あとはスフィア様に教えてもらってどこまで強くなれるかですが……」
「え?待ってジョージ君。スフィア様って、まさかあの!?」
「あ、そうです。実はソシアさん、レハート先生の紹介でミルエスタ騎士団団長のスフィア様の元で魔法を学べるらしいんです」
「うそっ!それって超凄いことじゃん!」
「おう!俺でもすげぇことだってわかるぜ!……で、どれだけ凄いことなんだ?」
「分かってねえじゃねえか」
相も変わらずのマグナを相手にアレスたちはミルエスタ騎士団についての説明を始めたのだった。
エメルキア王国には戦闘や防衛、探索を行う組織として王国軍、騎士団、冒険者の大きく分けて3つが存在している。
王国軍は王族、主に国王の指示に従う国営の組織。
冒険者はギルドマスターを長に据え民間人の依頼で成り立つ民営の組織。
騎士団はその中間の立ち位置といった具合の貴族が集まり資金を出し合って運営される組織となっている。
そしてエメルキア王国において騎士団と呼ばれる組織は2つあり、ダーバルド騎士団と先程から話題に上がっているミルエスタ騎士団だ。
「それぞれの騎士団ともとても力があって2つ合わされば王国軍とも互角の力があるって話だ」
「エメルキア王国は大国ですから、騎士団一つで小さな国の軍隊と同じ力を持っていると言われているんです」
「それはすげぇな。じゃあさ、その2つの騎士団が力をあわせれば戦争なんて簡単に終わるんじゃないの?」
「あー、それはなかなか難しい話ですね」
「なんでだ?」
「まずは俺たちの国が戦争をしている南方のタムザリア王国と西方のユガリ帝国がどちらも大国だからです」
「どっちも手ごわい相手だし、どちらかに集中すればもう片方に攻め込まれるからな」
「2つ目に騎士団は貴族のための組織ですから、他国への攻撃や防衛ではなく魔物から貴族や街を守ることがその大きな役割なんです」
「んで3つ目が重要なんだが、その2つの騎士団は滅茶苦茶仲が悪いんだ」
2つの騎士団はもともとそれぞれの名前の由来となったダーバルド家とミルエスタ家の当主が創設した組織なのだが、それらの家は昔から対立状態にあった。
そしてダーバルド家とミルエスタ家のそれぞれの派閥の貴族の中から代々騎士団の団長が任命されてきたため、お互いに相手の騎士団を潰したいと考えるほどその関係は悪化していた。
「40年ほど前に当時の2人の騎士団団長が殺し合い寸前の騒動を引き起こし、今では王都の北側がダーバルド騎士団。南側がミルエスタ騎士団と行動範囲が別れてしまったほどなのです」
「ないとは思うけど、お前ら騎士団に入団したらもう一方の騎士団の本部のある地域には絶対近寄るなよ。それでなんども争いが起きてるからな」
「こえぇ~」
「それじゃあソシアはこれから王都の北側には遊びに行けないってこと?」
「いや……流石に正式な団員になるわけじゃないから大丈夫……と言い切れないのがちょっと怖いな」
「そこまで不安になる必要はないと思いますけどね。それじゃあ僕はちょっと図書室に行ってきます」
「おう。でも本を読むのに夢中になって次の授業に遅れるんじゃないぞ?なんたって次は王国軍の人が来て指導してくれるんだからな」
「分かってますよ。本を返しに行くだけなので安心してください」
説明を終えたジョージは、次の授業まで時間があるということでいつも通っている図書室へ向かうことにしたのだった。
ハズヴァルド学園は歴史が古く、創立から今まで大量の本を蓄えてきた図書室はこの国でも1番の所蔵数を誇っていた。
「今日はどんな本を借りていきましょうか」
「ベンベルト教頭先生!書類がまとめ終わりました!!」
「ギリギリですよレハート先生。次からはもっと余裕をもって仕事を進めるように」
(あっ、レハート先生。何とか間に合ったようですね)
図書室に向かう途中、ジョージは職員室の前を通りかかりそこで何とか書類作成を終えたレハート先生の姿を確認した。
「それで話は変わりますがレハート先生。学長を見ませんでしたか?」
「学長?いえ、見てませんが」
「そうですか。まったく、もうすぐ王国軍の方々がお越しになるというのに。いつもどこにいるのやら」
(学長?そういえば、ハズヴァルド学園の学長って入学してから1度も見たことがありませんね)
そこでジョージはベンベルト教頭が学長を探しているという話を耳にしたのだった。
ハズヴァルド学園の学長はエミルダ・ヴォーキュリーという上流貴族の人間なのだが、その姿を見たものは数少なく学園の入学式などにも姿を現していなかったのだ。
(エミルダ様……確か貴族の中でも随分と変わり者だと聞いていますが。ですが僕が気にしても仕方ありませんね。図書室に急ぎましょうか)
そんな会話を聞いたジョージだったが特に気に留めることなく、そのまま歩き続け校舎の外へと向かった。
ジョージは教室のある本校舎を出ると、それに勝るとも劣らない巨大な建物へと入ってゆく。
そこがハズヴァルド学園の図書室であり、中に入ると巨大な本棚がいくつも並べられた壮観な景色が広がっていた。
「マゼンタさん、すみません。この本の返却をお願いします」
「あら、今日も来たのねジョージ君。また本を借りていくの?」
「はい。読みたい本がたくさんあるので」
「あなたみたいな熱心な生徒は珍しいわ。はい、確かに受け取ったわ」
「いえ、僕は本が好きなだけですので」
図書室に着いたジョージはカウンターの中に居た管理人のマゼンタに借りていた本を返して新しい本を借りようと図書室の中へと入っていく。
祖父が大きめな本屋を営んでいたジョージだったのだが、ハズヴァルド学園の図書室はあまりに広くジョージが知らない本で溢れかえっていた。
(まずいですね。次に何を借りようか迷ってしまいます……)
ガコン……
「ん?今、何か変な音がしたような」
遠い昔の有名でも何でもない人が書いた本が並べられたマニアックなエリア。
周囲に誰もいない静かな空間で次に借りる本を選んでいたジョージだったのだが、その時近くから何かの仕掛けが動いたような音が聞こえてきたのだ。
本が床に落ちた音だといけないと、ジョージは音の出どころを調べに向かう。
「うーん、この辺りから聞こえたと思ったのですが。僕の気のせいでしょうか……って、あれ?この本、全然違うジャンルなのになんでこんなところに……」
音がした辺りにやってきたジョージだったのだがそこには特に何の異変も見られなかった。
さっきのは自分の気のせいかと引き返そうとしたのだが、その時ちょうどジョージの目線の高さにあった1冊の本の違和感にジョージは気付いたのだった。
ジョージはその本が気になり、足を止めてを伸ばしてみる。
ガコン……
「っ!?本棚が!!しかもこの音、さっきの……」
するとジョージがその本を推してみた途端、本棚が大きくずれそこに隠された入り口が出現したのだ。
(なんでこんなものが図書室に……いや、歴史が古い建物だから、こういうこともありえるのか?)
ジョージは戸惑いながらも好奇心を抑えきれず現れた入口の中へ入っていってしまう。
中は暗く、非常に乾燥した冷たい通路が続いていた。
しかしジョージが近づくたびに壁に設置された魔道ランプが小さな明かりを灯し、その先に続く明かりのついた部屋へと誘われてゆくようだった。
(この先に……一体何が……)
「君、ここで何をしているのかな?」
「ひっ!?」
ジョージが少し空いていた扉の隙間から部屋の中を覗こうとしたその時、突然部屋の扉が大きく開かれ目の前に色白で細身の男性が現れたのだった。
ジョージはその男が放つ異様ともいえる雰囲気に圧倒され言葉を失ってしまう。
「質問されたら何かしら答えなさいと、両親から教わってこなかったのかい?」
「あ、え……僕は、図書室で次に借りる本を選んでいて……その時、ガコンって音が聞こえたので、本が床に落ちた音だといけないと思って、それでここを見つけて、気になって入ってきてしまいました」
「ふぅーん、まあ嘘はついてなさそうだね。別に怯えなくてもいい。この隠し部屋の存在を知るものはほとんどいないが、別に立ち入り禁止という訳でもないからね」
「そう、なんですか?」
「うん。ここは誰も来ないから本の聲がよく聴こえるんだよ」
「本の声?あの……あなたは、一体誰なんですか?」
「ん?ああ、そうか。当然の疑問だね。僕はエミルダ。エミルダ・ヴォーキュリーだ」
(っ!!エミルダさん……ハズヴァルド学園の学長!!)
ジョージの前に現れた覇気のない銀髪の男性。
なんとそれはこのハズヴァルド学園の学長であるエミルダ・ヴォーキュリーだったのだ。
「あの、エミルダ学長。先ほど職員室でベンベルト教頭が探していましたよ」
「ああ……そうか。とても面倒なことになってしまったな……君、名前は?」
「えっと、あの……ジョージです」
「ふむ、ジョージ君か。君に相談があるんだが、君が望むだけの成績をあげるから、この部屋の存在は秘密にしてくれないかい?」
「えっ……」
エミルダは隠れ場所としていた部屋の存在を知ったジョージに対して、突然成績と引き換えにこの部屋のことを秘密にするように取引を持ち掛けてきたのだ。
無機質のようで吸い込まれそうなエミルダの瞳にジョージは軽く恐怖を感じた。
「……、いえ。僕は成績が欲しいんじゃなく、冒険者になるための知識と実力が欲しいだけですので、お断りさせていただきます」
「ほう?」
「ですが無暗にこの部屋のことは話したりしませんので、ご心配なく」
「なるほど。君は真面目なんだねぇ……」
しかしジョージはエミルダの提案を拒み、毅然とした態度で自分が信じる考えを貫いたのだ。
その様子にエミルダは感情が読みにくい笑みを浮かべる。
「冗談だよ。君が成績に釣られ僕の提案を飲まないか試しただけ……」
「そうだったんですか?」
「……ということにしてくれないかい?安寧の地を守るために生徒を成績を釣ろうとした学長という噂が広まるのは流石にまずいんだ」
「あ、大丈夫です。ちゃんと黙っておきますので」
「本当に君は素直な子だ。とにかく、ベンベルトさんが僕を呼んでいるみたいなので僕はこれで失礼するよ。あと悪いけど、ここにある本は貸し出ししていないんだ。まあ、君ではここにある本は読めないがね」
「は、はい。わかりました」
エミルダはそう言うと、ゆっくりと部屋を出ていってしまったのだ。
ジョージはそんな彼の様子を呆然と眺めていたのだった。
(ここにある本は僕には読めないってどういうことだろう?ですが、勝手に見るのは良くないですよね。それより早く借りる本を決めて戻らなければ)
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