貴方が側妃を望んだのです

cyaru

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ハロルドの思い込み

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いつもと変わらない公務を繰り返す日々。一息吐いたハロルドの元に文官が来る。

「明後日、特別議会が開催されます。出席されますか?」
「議会?なんでまたこの時期に」
「この時期だからでしょう。議題は殿下の側妃の件ですから」

フランセアと婚約をする際も、結婚をする際も議会の承認は必要である。
当然迎えようとしている側妃も召し上げたいから、フランセアは良いと言ったからと言ってそのままで良いわけではない。側妃となれば維持費などの割り当ても発生をする。
議会の承認が必要なのである。

「判った。出席をする‥‥フランはどうだろうか」
「妃殿下ですか?そりゃ出席されるでしょう」
「そうか」

ハロルドは言いようのない気持ちで胸がいっぱいになった。
これでいいのかと側妃を迎える事でフランセアが更に遠のく可能性と、これで良いんだというビーチェを迎え入れられる気持ちがせめぎ合うのだ。しかしそれは杞憂だと一笑に付す。

どちらも自分にとっては愛しい女性である。
なんだかんだ言っても父親の側妃たちは共存をしているではないか。
何も心配する事などないとフランセアに久しぶりに会えると心が躍る。

「よろしいんですか」

文官は少々呆れたような顔でハロルドに問う。

「何がだ?」
「いえ、妃殿下は離宮でずっと過ごされてますよね。側妃様をあげれば…」
「大丈夫だ。フランは構わないと言ったんだから」
「本当にいいんですが?殿下、女性は切り替え早いですよ」
「切り替え?なんだそりゃ」

「女性は男性のようにグダグダしないって事です。恋人同士が別れても現実問題として男は別れた後も自分の事をまだ好きだと思っている者が多いですが実際は違います。女性は見切りをつけたらもう前しか見ていませんので振り返る事はないですよ」

「だが、元鞘とか言うじゃないか。まぁ離縁などはしないがな」

「甘いですね。何事も人の噂になるのは珍しい事だからですよ。少数派の意見は珍しいですからね。取り上げられる回数が多い。だからよくある事って誤解するんです。実際は100人いれば90人の女性は次に行って未練なんかこれっポッチもありません」

「10人いるじゃないか」

「10人の内、5人は他に既に男がいる。つまり元々二股で切ってもいい男だったって事です。残り3人は割り切った関係つまり友達とか金づるなら体の関係までは許すでしょう。残り2人が元鞘ですよ」

「意外に少ないな‥‥どこ調べだ」
「文官調べですよ。王宮内は結構くっ付いた、別れた多いんで人事が苦労してます」
「何故人事が苦労するんだ」

「男が未練タラタラだからですよ。何時までも俺の女気取り。だから刃傷沙汰も男が多いでしょう?飲み屋やキャバクラの姉ちゃんに入れ上げて、俺の事好きって言っただろう!って。金の切れ目が縁の切れ目。商売女はもっと厳しいですよ」

「女だってホストに入れ上げて事件おこすだろうが」

「それが少数派です。女性はシビアなんですよ。金を使ってまで男にチヤホヤされても本気じゃないって遊びと割り切ってます。割り切れてないのが事件を起こすんですが、殺るにしてもセンセーショナルだから注目されるんです」

「だが‥‥フランは構わないと言ったんだ」

「で、離宮に居るんでしょう?多分妃殿下の性格からしてもう見切りつけてると思いますけど、まだ側妃様を上げる前なら泣き落としは通用するかも知れませんよ。召し上げた後はもう何やってもダメでしょうけど」

「フランはそんな女じゃない。何年婚約者だったと思ってるんだ」

「5年でしょう?たった5年です。それに今18歳。同じ5年経っても23歳。これが38とか45ってならまだ見込みはありますけど23じゃ無理ですね」

ハロルドは文官と言い合いになってしまったが、大丈夫だと思い込む。
書類を持って文官が出て行ったあと、議会でフランセアに会ってちゃんと話せばビーチェの良さも判ってくれて、離宮生活は寂しかったと言ってくると信じて疑わない。

「そうだ、フランはケーキが好きだったな。シェフに頼んでおくか」

そう思い、厨房に出向くと議会の日に何でもいいからケーキを焼いてくれと伝える。
仕入れの関係もあると伝票を確認するシェフだが、残念そうにハロルドに言った。

「今からですと飾り付けのフルーツを取り寄せになると思いますよ」
「そこを何とかするのがお前たちの仕事だろうが」
「そりゃ国賓の方を招いていれば無理もしますが妃殿下ですよね」
「何だと?フランをバカにしているのか」
「バカになんかしていませんよ。馬鹿にしてるのは殿下でしょう」
「どうして私が!」

【だって、妃殿下小麦アレルギーですよ?】


呆れたようにシェフが言う。

「つなぎに使う時も妃殿下だけは別ですし、代わりに米粉など使って作った事はありますけどまだ開発中ですからお出しできるような物にはならないんですよ。あと牛乳も発疹が出るとアゼントン公爵から聞いてますからシチューなどはヤギ乳なんかを代用してますしね。妃殿下を殺す気ですか」

ハロルドは混同している上に思いこんでいるのである。
ケーキなどを美味しそうに頬張っていたのはビーチェなのだ。
そして、カフェでその周りにいたのは年若い女の子たちだった。





時を同じくして伯爵家で苛立つ女がひとり。
ビーチェとて女。浮足立つハロルドに気が付いていない振りをしながらもフランセアの意図が読めず、側妃となったとしても何時かは追い出されるのでないかと美しく赤で塗られた爪を噛んだ。

正妃フランセアにはない絶対的な弱みを持つビーチェはハロルドとの逢瀬に並行して生き残りを模索した。ビーチェとて伯爵令嬢であり、懐に入り込めずとも、いつ何時も己の居場所は死守せねばならない事は物心ついてからは否が応でも身に染みている。には公務をしてもらわねばならないし、即死などとどいう暗殺が即座に疑われるような死に方をされるのは困る。

馬鹿と鋏は使いよう。ハロルドに対しての顔を使い分け馬鹿の真似事をするくらいはである。根っからの馬鹿が王太子に取り入る筈がない。

寄生する花が枯れるか、美味い蜜を吸い尽くすまで貴族令嬢ビーチェは華麗に立ち回るだけ。騙されるハロルドが無能なだけである。


ビーチェは大通りに面した異国雑貨を扱う店に入っていく。
目くばせをすれば直ぐに支配人を名乗る男に取り次いでもらえた。
個室に通されソファに座るや否や、目の前の男を見て口角をあげる。

「頼まれてくれない?」

王宮に入ればおいそれと話をする事も叶わないの伝手を使い、かつて帝国で愛しの正妻甘い制裁と呼ばれた酢酸鉛の混入された赤くて甘いワインを注文した。

「端金じゃコルク栓も手に入らねぇな。時間もかかるしな」

「判ってる。側妃様の御用達‥‥も込みならどう?」


金貨の入った袋をゴトリとテーブルに置くと男は手を差し出してきた。
満足できる買い物が出来たビーチェが店から出ようとした時、1人の男とすれ違った。

漆黒の髪をした男は、ビーチェ同様に支配人を名乗る男に目くばせをする。

「栓を抜きした白ワインが欲しいんだが」

「味も風味も抜けて成分だけになってしまいますが、よろしいんで?」

「その成分が旨味。口の肥えた者が好んでやまぬ水となる」

支配人の男も商人であり、どちらに付いた方がより長くが出来るかを嗅ぎ分ける。ポケットから出したハンカチで手を拭くと漆黒の髪をした男と固い握手を交わした。
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