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10 リデル
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「……リィ」
大人になった彼の低く掠れた声が、耳を震わせた。
「君が来てくれるなんて……」
こちらに伸ばされた、痩せてしまった腕の細さに、胸が痛んだ。
「やっと、会えた」
思わず差し出した手を強く握られて、身体が熱くなった。
自分はなんて簡単で、なんてしつこい女なんだろう。
ひと目会えただけで、その声を聞いただけで。
また彼に恋をしてしまうなんて。
◇◇◇
だが……この胸の内をジェレマイア様に知られるわけにはいかない、とリデルは緊張して泣き出しそうになるのを我慢した。
自分の頬が紅潮していたらどうしよう、とも思う。
ジェレマイアは、リデルが来たので驚いていた。
院長が仰った『リデル・カーターの看護を、ご指名』したのは、多分リーブスで、ジェレマイアではない。
それならば、リデルは看護士の仕事を全うするだけだ。
決して、この気持ちを気取られてはならない。
今でもジェレマイア様が好きだとばれてしまえば、看護士としても2度とここへは来られない。
職務に忠実で厳格なリーブスは、ジェレマイアに懸想する身の程知らずなリデルを、絶対に排除するに違いない。
多分……それは長年勤めている父にも影響するだろう。
エラにだって、その可能性はある。
彼女がリデルの友人だということは、本邸の人間なら誰だって知っている。
もしかしたら、リデルに直接関係ないエラの御両親だって、無事では済まないかもしれない。
優しくされたからと言って、平民の分際で貴族子息に懸想する、とはそういうことだ。
自分の軽はずみな言動次第で、周囲の人達に迷惑をかけてしまう可能性に気が付いたリデルは、改めて自分に言い聞かせた。
想うのは自由。
だけど絶対に、ジェレマイア様には必要以上に近付かない。
治療行為以外で、彼に触れたりしない。
そう決めたリデルは治療院に来た患者に対していつもするように、握ったジェレマイアの手の甲を安心させるように2回優しく叩き、職業的な笑顔を向けた。
「ご無沙汰しております、ジェレマイア様。
お加減はいかがでしょうか?」
「……」
看護士らしく、とそう意識する余りに、久し振りにリデルの方から話しかけた声は、他人行儀で固いものになった。
丁寧な言葉遣いにしたつもりだが、それが却って不敬だったのだろうか。
さっきまで優しく微笑んでくれていたジェレマイアの表情が強ばった。
それでも、リデルが馴れ馴れしくするわけにはいかない。
すぐ側にはリーブスが立っていて、ジェレマイアとのやり取りを見ている。
「お食事を戻された後、お腹を押さえて倒れられた、と聞いております。
どの辺りが、どのように、痛むのか。
お話しくださいませ」
「……ジェレマイア様、か。
もう俺を、ジェレミーとは呼んでくれないのか?」
伯爵家の本邸客室で使用されているベッドは、通常のそれよりも床面から高さがある。
ジェレマイアは、随分身長の高い青年に成長したのだろう。
上体を起こして座っている状態でも、彼は側に立つリデルよりも若干低いだけなのに、何故だか彼女を見つめる眼差しは、それよりもっと下から見上げているように感じる。
ジェレマイアのその視線が距離を取ろうとするリデルを責めているように思ってしまうのは、どこか期待してしまっているからだろうか。
「……」
もうジェレミーと愛称で呼んでくれないのか、と尋ねられて。
今でも呼んで構わないのですか?と返事をしたかったけれど。
そんなことを言えるわけもなく。
黙ったままジェレマイアに握られた手を引き抜こうとしたら、逃がすまいとするかのように、ますます強く握られた。
「ジェレマイア様、それではリデルが診察出来ません」
流石に見かねたのか、リーブスがリデルの手を離すようにジェレマイアに注意して、彼は渋々彼女の手を解放した。
ようやく離された右手の掌で、鼓動が激しい胸を押さえた。
思わずとってしまった行動は自分でも不自然に思えて、それを誤魔化そうと慌ててジェレマイアに向き直ると、彼はリデルのそんな様子をじっと見ていた。
大人になった彼の低く掠れた声が、耳を震わせた。
「君が来てくれるなんて……」
こちらに伸ばされた、痩せてしまった腕の細さに、胸が痛んだ。
「やっと、会えた」
思わず差し出した手を強く握られて、身体が熱くなった。
自分はなんて簡単で、なんてしつこい女なんだろう。
ひと目会えただけで、その声を聞いただけで。
また彼に恋をしてしまうなんて。
◇◇◇
だが……この胸の内をジェレマイア様に知られるわけにはいかない、とリデルは緊張して泣き出しそうになるのを我慢した。
自分の頬が紅潮していたらどうしよう、とも思う。
ジェレマイアは、リデルが来たので驚いていた。
院長が仰った『リデル・カーターの看護を、ご指名』したのは、多分リーブスで、ジェレマイアではない。
それならば、リデルは看護士の仕事を全うするだけだ。
決して、この気持ちを気取られてはならない。
今でもジェレマイア様が好きだとばれてしまえば、看護士としても2度とここへは来られない。
職務に忠実で厳格なリーブスは、ジェレマイアに懸想する身の程知らずなリデルを、絶対に排除するに違いない。
多分……それは長年勤めている父にも影響するだろう。
エラにだって、その可能性はある。
彼女がリデルの友人だということは、本邸の人間なら誰だって知っている。
もしかしたら、リデルに直接関係ないエラの御両親だって、無事では済まないかもしれない。
優しくされたからと言って、平民の分際で貴族子息に懸想する、とはそういうことだ。
自分の軽はずみな言動次第で、周囲の人達に迷惑をかけてしまう可能性に気が付いたリデルは、改めて自分に言い聞かせた。
想うのは自由。
だけど絶対に、ジェレマイア様には必要以上に近付かない。
治療行為以外で、彼に触れたりしない。
そう決めたリデルは治療院に来た患者に対していつもするように、握ったジェレマイアの手の甲を安心させるように2回優しく叩き、職業的な笑顔を向けた。
「ご無沙汰しております、ジェレマイア様。
お加減はいかがでしょうか?」
「……」
看護士らしく、とそう意識する余りに、久し振りにリデルの方から話しかけた声は、他人行儀で固いものになった。
丁寧な言葉遣いにしたつもりだが、それが却って不敬だったのだろうか。
さっきまで優しく微笑んでくれていたジェレマイアの表情が強ばった。
それでも、リデルが馴れ馴れしくするわけにはいかない。
すぐ側にはリーブスが立っていて、ジェレマイアとのやり取りを見ている。
「お食事を戻された後、お腹を押さえて倒れられた、と聞いております。
どの辺りが、どのように、痛むのか。
お話しくださいませ」
「……ジェレマイア様、か。
もう俺を、ジェレミーとは呼んでくれないのか?」
伯爵家の本邸客室で使用されているベッドは、通常のそれよりも床面から高さがある。
ジェレマイアは、随分身長の高い青年に成長したのだろう。
上体を起こして座っている状態でも、彼は側に立つリデルよりも若干低いだけなのに、何故だか彼女を見つめる眼差しは、それよりもっと下から見上げているように感じる。
ジェレマイアのその視線が距離を取ろうとするリデルを責めているように思ってしまうのは、どこか期待してしまっているからだろうか。
「……」
もうジェレミーと愛称で呼んでくれないのか、と尋ねられて。
今でも呼んで構わないのですか?と返事をしたかったけれど。
そんなことを言えるわけもなく。
黙ったままジェレマイアに握られた手を引き抜こうとしたら、逃がすまいとするかのように、ますます強く握られた。
「ジェレマイア様、それではリデルが診察出来ません」
流石に見かねたのか、リーブスがリデルの手を離すようにジェレマイアに注意して、彼は渋々彼女の手を解放した。
ようやく離された右手の掌で、鼓動が激しい胸を押さえた。
思わずとってしまった行動は自分でも不自然に思えて、それを誤魔化そうと慌ててジェレマイアに向き直ると、彼はリデルのそんな様子をじっと見ていた。
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