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19 エラ
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エラの母エルザを始めとする本邸のメイド達は、いわゆる『宝の持ち腐れ』状態に置かれていた。
先代の伯爵夫人に仕えた先輩方にしごかれ、鍛えられたこの技を披露する場はなかなか来ない。
何故なら当代ご領主様の奥様であるイングリット様は王都邸で暮らしていて、ほとんどイングラムには戻ってこられないからだ。
これまでの領主夫人達は皆、必要な社交に合わせて王都と領地の両方を往き来し、その都度本邸からメイドを何人か引き連れて移動をしていたのだが。
当代の奥様は、ご自分の実家のメイド達を王都邸へ連れていき、仕えさせていて。
また、本邸に戻る際にも連れてきて、身の回りに置いた。
つまり、本邸のメイド達は奥様のお世話を、一切させて貰えなかったのだ。
母エルザも決して口には出さないけれど、その鬱憤はたまっていたのだろう、エラが持ち込んだシェリー手縫いのドレスを見るなり
「これは、何とかしないとね」と訳を話すより先に、同僚に協力を求めた。
それから現状で当主不在のため、本邸の主のようになっているジェレマイアの許しを得て。
手の空いているメイド総掛かりでのドレスの手直しが始まった。
先ず最初に優先されたのは。
エラが書き出した、リデルのサイズに近いトルソーに着せたドレスの下手な縫い目を、美しく均等に揃える事だった。
その次に行われたのは、今の流行りではあっても大きく開き過ぎて、上品には見えないと全員が判断した襟ぐり部分をどうするかで。
支度部屋に保管していると思い出された真珠色の繊細なレースを足した。
それから案の定、シェリーの身長に合わせた丈は、多分リデルが着ると足首よりも若干短くなり、これでは少々不恰好だが、敢えて短めのドレス丈はそのままにして。
下に履かせるペチコートに、襟ぐりに付け足したレースと同じものをぐるりと縫い付け、ドレスの裾が動く度にそれが見えるようにした。
アクセサリーは、平民同士の結婚式という格を考慮して。
ジェレマイアが至急呼びつけた商人が薦める目立ってしまう宝石よりも。
濃い紫色の上等なビロード製の長めのリボンが選ばれ、それをネックレスのように首に巻く案が採用された。
明日の朝エルザが受け持つ髪型と化粧は、顔立ちを損なわない、薄くても途中で崩れない、をテーマにメイド達が1番白熱した部分だ。
ここまでの作業を、全員一丸となってこなして、その日が終わり。
後の細かい調整は、明日リデル本人に着付けてから確認しつつ、針仕事が手早いレイカが見映えよく身体に沿うように仕上げることに決定した。
誰もが、次に自分がするべき作業を心得ていて。
「時間が足りない」と。
メイド達が忙しく動きながら、口々に言う。
しかしその表情は、誰もが本当に楽しそうに輝いていた。
自分自身はリデルを輝かせる技術を持っていない、と悔しい思いで作業を見守っていたエラに、皆に気を遣わせないように部屋から出ていたジェレマイアが声を掛けてきた。
「ケール、明日リデルに会いに行く前に、こちらへ寄ることは出来るか?」
「はい、御用がございましたら、寄らせていただきます」
明日の朝に本邸に寄る事を了承したエラに、翌日ジェレマイアは小さな箱を手渡した。
「これをリデルの髪に、挿して欲しい」
その小さな箱に詰められていたのは、イングラムでは本邸の庭にしか咲かないと有名な、白いビオラだ。
リデルの黒髪を飾るために、今朝ジェレマイアが庭に出て、手ずから切り、箱に詰めたものだった。
「評判を底辺まで落とした俺は、表立ってリデルには何も出来ない。
……だから、これだけでも」
表立って、ではないが。
靴や狐の毛をあしらった冬物のドレスコートを、伯爵家御用達の商会から購入したのは、ジェレマイアだ。
勿論、それはリデルには伝えない。
リデルには借り物だと言って渡し、後日返却するように言う。
返却されたそれらは、きっとジェレマイアのクローゼットに大切に保管されるのだろうけれど。
「だが、リデルがこれを挿すのを嫌がるようなら……」
自信なさげなジェレマイアはそれだけ言うと、邸内に入ってしまった。
エラの知る白いビオラの花言葉が、その声の震えに表れているような気がした。
「いいえ、リデルは絶対に受け取ります」と言うエラの返事を待たずに行ってしまった彼の声に。
◇◇◇
「ジェレマイア様のためにではなく、リデルが望む事ならば、反対はしない」
そうジェレマイアに宣言したエラは、友人の気持ちに気が付いた。
2ヶ月ぶりに会ったリデルは、シェリーの結婚式にまつわる話や仕事の話はしたけれど、一言もジェレマイアについては話さなかった。
それで、分かってしまった。
昔からリデルはそうだったから。
自分にとって、大切な、重要な事は誰にも話さない。
若様が王都へ行く前は、仲良くしてた事。
領地に戻って来た、若様に会った事。
故意に話さなかったのだ。
リデルが『それ』について、話す時は、何らかの答えを出してから。
誰にも相談などせず、自分で決めて、自分で責任を取る。
だから、きっと。
リデルの中で、ジェレマイアへの想いが固まった時。
彼女は幼い頃のジェレマイアとの白いビオラの思い出を、エラに話してくれるだろう。
先代の伯爵夫人に仕えた先輩方にしごかれ、鍛えられたこの技を披露する場はなかなか来ない。
何故なら当代ご領主様の奥様であるイングリット様は王都邸で暮らしていて、ほとんどイングラムには戻ってこられないからだ。
これまでの領主夫人達は皆、必要な社交に合わせて王都と領地の両方を往き来し、その都度本邸からメイドを何人か引き連れて移動をしていたのだが。
当代の奥様は、ご自分の実家のメイド達を王都邸へ連れていき、仕えさせていて。
また、本邸に戻る際にも連れてきて、身の回りに置いた。
つまり、本邸のメイド達は奥様のお世話を、一切させて貰えなかったのだ。
母エルザも決して口には出さないけれど、その鬱憤はたまっていたのだろう、エラが持ち込んだシェリー手縫いのドレスを見るなり
「これは、何とかしないとね」と訳を話すより先に、同僚に協力を求めた。
それから現状で当主不在のため、本邸の主のようになっているジェレマイアの許しを得て。
手の空いているメイド総掛かりでのドレスの手直しが始まった。
先ず最初に優先されたのは。
エラが書き出した、リデルのサイズに近いトルソーに着せたドレスの下手な縫い目を、美しく均等に揃える事だった。
その次に行われたのは、今の流行りではあっても大きく開き過ぎて、上品には見えないと全員が判断した襟ぐり部分をどうするかで。
支度部屋に保管していると思い出された真珠色の繊細なレースを足した。
それから案の定、シェリーの身長に合わせた丈は、多分リデルが着ると足首よりも若干短くなり、これでは少々不恰好だが、敢えて短めのドレス丈はそのままにして。
下に履かせるペチコートに、襟ぐりに付け足したレースと同じものをぐるりと縫い付け、ドレスの裾が動く度にそれが見えるようにした。
アクセサリーは、平民同士の結婚式という格を考慮して。
ジェレマイアが至急呼びつけた商人が薦める目立ってしまう宝石よりも。
濃い紫色の上等なビロード製の長めのリボンが選ばれ、それをネックレスのように首に巻く案が採用された。
明日の朝エルザが受け持つ髪型と化粧は、顔立ちを損なわない、薄くても途中で崩れない、をテーマにメイド達が1番白熱した部分だ。
ここまでの作業を、全員一丸となってこなして、その日が終わり。
後の細かい調整は、明日リデル本人に着付けてから確認しつつ、針仕事が手早いレイカが見映えよく身体に沿うように仕上げることに決定した。
誰もが、次に自分がするべき作業を心得ていて。
「時間が足りない」と。
メイド達が忙しく動きながら、口々に言う。
しかしその表情は、誰もが本当に楽しそうに輝いていた。
自分自身はリデルを輝かせる技術を持っていない、と悔しい思いで作業を見守っていたエラに、皆に気を遣わせないように部屋から出ていたジェレマイアが声を掛けてきた。
「ケール、明日リデルに会いに行く前に、こちらへ寄ることは出来るか?」
「はい、御用がございましたら、寄らせていただきます」
明日の朝に本邸に寄る事を了承したエラに、翌日ジェレマイアは小さな箱を手渡した。
「これをリデルの髪に、挿して欲しい」
その小さな箱に詰められていたのは、イングラムでは本邸の庭にしか咲かないと有名な、白いビオラだ。
リデルの黒髪を飾るために、今朝ジェレマイアが庭に出て、手ずから切り、箱に詰めたものだった。
「評判を底辺まで落とした俺は、表立ってリデルには何も出来ない。
……だから、これだけでも」
表立って、ではないが。
靴や狐の毛をあしらった冬物のドレスコートを、伯爵家御用達の商会から購入したのは、ジェレマイアだ。
勿論、それはリデルには伝えない。
リデルには借り物だと言って渡し、後日返却するように言う。
返却されたそれらは、きっとジェレマイアのクローゼットに大切に保管されるのだろうけれど。
「だが、リデルがこれを挿すのを嫌がるようなら……」
自信なさげなジェレマイアはそれだけ言うと、邸内に入ってしまった。
エラの知る白いビオラの花言葉が、その声の震えに表れているような気がした。
「いいえ、リデルは絶対に受け取ります」と言うエラの返事を待たずに行ってしまった彼の声に。
◇◇◇
「ジェレマイア様のためにではなく、リデルが望む事ならば、反対はしない」
そうジェレマイアに宣言したエラは、友人の気持ちに気が付いた。
2ヶ月ぶりに会ったリデルは、シェリーの結婚式にまつわる話や仕事の話はしたけれど、一言もジェレマイアについては話さなかった。
それで、分かってしまった。
昔からリデルはそうだったから。
自分にとって、大切な、重要な事は誰にも話さない。
若様が王都へ行く前は、仲良くしてた事。
領地に戻って来た、若様に会った事。
故意に話さなかったのだ。
リデルが『それ』について、話す時は、何らかの答えを出してから。
誰にも相談などせず、自分で決めて、自分で責任を取る。
だから、きっと。
リデルの中で、ジェレマイアへの想いが固まった時。
彼女は幼い頃のジェレマイアとの白いビオラの思い出を、エラに話してくれるだろう。
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