【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi

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42 ジェレマイア

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 ウィンクラーの山越えは、デイヴが懸念した通り、3日掛かった。
 幸いにも今年は暖冬で、雪も山頂近くにしか積もっておらず、ジェレマイアが進む中腹を向こうへ回る山道には影響は無かった。
 
 それでも冬の日没は想定していたよりも早く、行程は遅れて、気持ちは焦るばかりだが、ここで無理をするのは禁物、と。
 昔から旅の達人デイヴの忠告は素直に受け取る事にしていたジェレマイアは怪我も無く、山向こうのベレスフォード伯領へ降りることが出来た。


 山から降りたジェレマイアが先ず向かったのは、真っ先に目に入った『公共温泉』の看板を掲げた、誰もが料金だけ支払えば利用出来る温泉施設だった。
 とにかく熱い湯に浸かりたかった。
 湯船の中でゆったり身体を伸ばせば、ここまでの疲労回復と、ここからの英気を養える。
 

「お兄さん、湯船に浸かる前に、ちゃんと身体を洗うんだよ。
 それから、あんたは前払いだからね」

 入り口の受付に居た女が、眉を潜めてジェレマイアを見て、注意をしてきた。
 目の前に貼られている料金表にも、後払いと書かれているのに、前払いを要求される。
 ジェレマイアの汚れた出立ちと、髭が伸びて人相が変わった彼の様子に、ちゃんと払えるのか、怪しんでの事だろう。

 内心、失礼な奴、と思うが、ここで文句を言って、警邏を呼ばれたりした方が大変だとジェレマイアは素直に前払いをした。


 午前中の温泉は、人影もまばらで、他人に気を遣う事無く服を脱ぐ。
 デイヴが貸してくれた厚手の上下を脱げば、身体も心も軽くなった。
 無事にここまで来れた。
 目的地のシェイマスまではまだまだあるのに、達成感に叫び出しそうになる。


 上機嫌のまま顔に剃刀を当て、髭を剃る。
 赤く染まったままの髪は、薄汚れていたが、洗うと直ぐに元の銀色に戻る。
 言われた通りに、湯船に浸かる前に入念に身体を洗えば、足元に汚れた湯が流れ落ちた。
 そして念願の湯船に浸かり身体の芯から温まってくると、眠くて堪らなくなったが、その度に隣の浴槽に張られた冷たい水で顔を洗った。


 広い湯船の中で身体を伸ばし、頭上の天井を見上げながら、今日の予定を考える。
 これから、馬を見に行き、次の町までの食料を買って、素泊まり宿を探す。
 食事付きの宿は楽だが、あれこれ詮索するように話しかけられる事も多いと聞くし、この旅ではそれは危険に思えた。


 いつまでも湯の中で揺蕩っていたいが、それは無理な話だ。

 ジェレマイアは名残惜しそうに湯船を見つつ、浴場を出た。
 幸いにも彼の荷物は荒らされる事無く、そこにそのまま残されていた。
 脱衣場での置き引きの発生は、混む夕方に紛れてが多いと知っていたが、ほっと一息をつく。


 ジェレマイアは標準より腕が長いので、既製服は合わない。
 替えのシャツは2枚荷物に入れてきたが、下着と靴下は用意していなくて、また同じものを身につけ、頭の中の買い物リストに下着類を3枚加える。

 デイヴは貸した服は捨てるなり、売るなり自由にしろ、と言ってくれたが、全てを捨ててきたジェレマイアも、これは捨てたくなかった。
 今は持って歩くしかないが、馬を購入するのだし、と一回り大きめな袋も買おうと決めた。


 再び髪を染めて、ブーツを自分の物に履き替え、マントを羽織り、受付を通れば。
 さっきは彼を睨み付けた女が、今は口を開けて、通り過ぎる彼を見ていた。



  ◇◇◇


 
 この国の各領に点在するサンペルグ聖教会を統べるシェイマス大聖堂は、聖都シェイマスのほぼ中央に位置する。
 イングラムを立って10日後、ようやくジェレマイアは大聖堂の西門前にたどり着いた。


 白く輝く大聖堂の周囲には、装飾的でありながら頑丈な鉄柵がぐるりと張り巡らされ、四方に検問所が設けられて、そこには屈強な聖騎士達が詰めている。
 彼等は大聖堂を一目見ようと集まる観光客が馬鹿な真似を仕出かさないよう目を離さない。
 

 国王陛下も簡単には手出しが出来ない、その華麗にして荘厳なる神の住まう大聖堂を見上げ、ジェレマイアは大きく深呼吸をした。
 実はジェレマイアは昨日到着していて、昨夜は素泊まり宿ではなく、1泊2食の宿に泊まった。
 睡眠も領地を出てから初めて落ち着いて取れ、髪色も元に戻し、普段のジェレマイアに戻って、ここを訪れたのだ。
 

 この国のサンペルグ聖教会の最高位に座す大主教アリステア聖下は現国王陛下の叔父で、テリオスにとっては大叔父に当たる。
 王家の男子は通例第2王子が宗教的役割を担う事とされており、本来ならばテリオスは貴族学院ではなく、総本山サンペルグ聖国にある最上位の神学校に入校するはずだった。



「ほら、例の禁断の鏡事件があっただろう。
 あれのせいで、王弟って肩書きの奴は城に置いてはいけないって、なったんだが。
 当時国王陛下は御身体が弱かったから」

 先代の国王陛下がスペアの第2王子だったゴードンの父を聖職者にする事を良しとせずに、王子に継承権を保持させた上で公爵位を与え、王族のままにした。
 そして、テリオスの父である当代陛下もそれに倣い、未だにテリオスは第2王子殿下で、おまけに婚約者まで居る、と彼は説明した。


「ユーシスは虚弱でもないのに、王妃の邪魔をしたいばかりに、俺は第2王子のままで、毒まで盛られる」とテリオスはジェレマイアに愚痴を溢した。
 
 あれに篭絡された俺は継承権を取り上げられ、その後は、多分シェイマス送りだな、とテリオスは続ける。


「神の御元で穢れた魂を浄化する、とか綺麗な言葉で尤もらしく言って、聖下は俺を引き取ろうとするだろう。
 2代続けて母国の王子を聖職者にしないとなると、聖国の教皇猊下に顔向け出来ないからだ。
 俺を監視下に置いて、基本的な試練を受けさせて、特別枠で神学校に送り込むってことだ」

 
 やらかし後の自分の先行きを他人事のように話すテリオスを、ジェレマイアもまた、
『ではこのひとは、将来はこの国の大主教か』と他人事だと聞いていた。


「お前はどうするの、家から出たいんだろ?」

「……」

 リデルを連れてね、と心の中で答えるが、それは絶対に口にしない。


「出たら、俺のところに来たらどうだ?  
 知り合いも居ないところで1から始めるのはきついぞ。
 卒業してからも俺の顔を見るのは嫌かも知れないが、ずっとじゃなくてもいい、そこから次へ行けば?」

「私に聖職者は、無理です」

 そんなものになったら、リデルを娶れなくなるだろ、とまた心の中で返事をする。


「はぁ、当たり前だよ。
 お前が大聖堂の聖職者見習いになれるはずがないだろ。
 王族以外なら、ちゃんとサンペルグ神学校を成績優秀で卒業した奴だけだ。
 お前は剣も体術も仕込まれているし、俺の護衛にでもなれよ」


 テリオスの護衛というだけで、具体的には説明されないことに不安もあるが。
 行く当ても無いのに、自分を受け入れてくれたらリデルを連れて家を出たいジェレマイアを、助ける気持ちがテリオスにあると初めて知って、知り合って6年目にして初めてテリオスに、敬愛の念を持った。 


 その時には、それだけで終わった話だ。
 以降、テリオスがそれを口にする事はなかったので、ジェレマイアからは「あの話は有効ですか?」とも聞けず、何となく有耶無耶になっていた話だったのだが。

 卒業式の前日、王族専用特別室で。
 もうここで馬鹿話をするのも、これが最後、とひとり呼び出されたジェレマイアはテリオスから指輪を手渡された。
 それは魅了の話をしていた時に見せられた、王族のみが持つ魔力に抗う力を持つと説明された指輪だった。


「これを持って、俺のところに来い。
 一旦、愚かな第2王子は表舞台から退くが、あいつらが自滅していくのは時間の問題だ。
 その時はふたりで返り咲く」


 そう言った時のテリオスの顔からは、あのいつもの自分を偽る微笑みが消えていた。

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