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43 ジェレマイア
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テリオス殿下は、王族しか持てない曰く付きの指輪を、男爵令嬢ミネルヴァからよく見せて、と請われるまま指から抜き、そのまま紛失した。
己れの立場にあるまじき、第2王子の無責任で浅はかなその行動は、弟王子に肩入れする国王陛下も、王妃殿下の追求から庇いきれなかった。
彼は断種こそされなかったが、継承権を失くし、王都を追放された。
それを哀れに思った王子の大伯父である尊くも慈悲深き神の使徒、大主教アリステア・ミロード・ミンチェスター聖下が王子ではなくなったテリオスの後見人となり、新たな人生へ導く事を陛下に承諾させ、彼は神の下僕となった……
までが、愚かな元第2王子テリオスが、ここシェイマス大聖堂へ至るまでの経緯だ。
ジェレマイアは卒業パーティー前日に、テリオス自身の手で渡されてからは、ずっと肌身離さず付けていた細い銀鎖に通した指輪を西門の聖騎士に見せ、自分の名を告げた。
必ず、西門を通るように、と何度もテリオスに念を押されていたからだった。
イングラムからこの西門にたどり着くまで大変だったが、この先が更に大変だとジェレマイアは覚悟していたのだが。
思っていたよりも早い時間で、検問所での足止めは解かれて、上級信徒にしか、その扉は開かれないと聞く大聖堂の内部に入る事が出来た。
とは言っても、本当にテリオスに会えるのかは、まだ分からなかった。
ここの最高権力者、大主教アリステア聖下の監視下に置かれる、とテリオス本人も言っていたから、会わせることは禁じられ、このまま地下牢に一生……も考えられるからだ。
聖騎士に先導され歩く長い回廊の壁の片側には、複雑かつ繊細に名工により仕上げられた何百ものステンドグラスを嵌め込んだ窓が続き、外から午後の光が差し込んでいた。
身体検査をされて、護身用の短剣なども預けた。
現状ジェレマイアの身を守る武器は、テリオスから預けられたこの指輪しかない。
喧騒を離れて、時を忘れて、静かに歴史を重ねていくこの場所を歩けば。
信仰心を持たないジェレマイアも、流石に厳かな気持ちになるのだった。
長く美しい回廊を抜け、幾つかの角を曲がると、ジェレマイアの先を歩く聖騎士の足が一旦停まった。
そこまでは、いわゆる表側で。
この先から関係者以外立入禁止のエリアに入ったことは、花器に入れられた花やカーテンなどの装飾が徐々に華美に変化していく事で伺い知れた。
大聖堂には信仰心の他に、それに伴う莫大な献金も国中から集められているのは誰もが知っているのに、口外しない公然の秘密だ。
「ここで、しばらくお待ちを」
プライベートエリアに入ってからも、何度も角を左右に曲がって、やっとたどり着いた部屋は、応接室と言うよりも密談に使われそうな趣きだ。
小さなテーブルを挟んだ1人掛けの肘付きの椅子が2脚だけ置かれた少々狭めの部屋だった。
「待たせた、マイア」
どれ程の時間を待ったのか。
去年まで、幾度耳にしたか分からない、その台詞を。
◇◇◇
あの卒業パーティー以来のテリオスは、見た目はそれ程変わってはいないが、彼を穏やかに見せるあの微笑みは、もう浮かべていなかった。
「お前、痩せた?」
約8ヶ月ぶりに顔を合わせた開口一番が、これだ。
「よく来た」も「会いたかった」も無い、これがテリオスだ。
なので、ジェレマイアも挨拶抜きでそれに合わせる。
「空腹に慣れるよう、身体を作ってきました」
「俺は働かせるからには、3食飯は出すぞ。
空腹には慣れなくていい、昼飯は食ったのか?」
「大丈夫です」
「……相変わらず、愛想が無いな」
あれ程の苦労をしての感動の再会なのに、それとはならない、以前と代わり映えの無いふたりの会話だが、ジェレマイアにとってそれが却って嬉しいのは何故だろうか。
直立したままのジェレマイアに座るよう、身振りで示したテリオスは、
「早速だが、俺の子飼いから連絡があった」と話を切り出した。
「想定していたより早く、あいつらが動いたぞ。
あの神学校に入れられる前で、本当に助かった。
ユーシスとクリスティアナに感謝のキスを贈りたいくらいだ」
クリスティアナは、多分テリオスの婚約者だった侯爵令嬢だ。
あいつら? 彼女とユーシス第1王子に感謝のキス?
相変わらず、テリオスは最初の説明を省いて、話を始める。
「マイアには、話していなかったか。
あの女、ユーシスと出来てた」
「えっ? しかし、ユーシス殿下には」
「そうだ、カリスレキアの王女の輿入れが決まっているが、お前も聞いているだろう、あの王女は……」
テリオスは最後まで口にはしないが、それで充分に伝わった。
あくまでも伝聞でしかないが、輿入れ予定のカリスレキア国の王女は醜女だと知られていて。
ユーシスが美しいものが大好きなのも、クリスティアナが当時の貴族学院内では、ミネルヴァと対を張る清楚系美女なのも、よく知られた事だった。
「幼馴染みで、お互いに初恋の相手なんだと。
その幼馴染み同士の側には俺も居たんだが、あいつらの記憶に俺は居ない。
政略でクリスティアナの婚約者に決まった俺は、ふたりにとって、仲を引き裂く邪魔者だった」
初めて聞くテリオスと元婚約者の関係は、ジェレマイアには耳の痛い話だ。
幼馴染みで初恋の相手、彼にとってそれはリデルで。
彼女の他にも交流のあった子供が居たのか居なかったのか、それもよく覚えていないからだ。
「マイア、知ってるか?
勝者の美酒に酔った者は、また酔い過ぎてしまう」
「え? 誰かの格言ですか?」
それが格言などではなく、即席でテリオスが作ったと分かっていて、敢えて口にするジェレマイアだ。
「……あの北から来た誘惑の手を持つミネルヴァは、王妃に頼まれた叔父貴が商会の伝手を使って用意した女だ。
俺にばれないようにゴードンには黙っていたので、あの馬鹿があれに引っ掛かったのは、叔父貴の計算外だが、その後上手く俺が引っ掛けられたからな。
あの人からしたら、意外と使えなかった長男は切れるし、まぁ、成功と言える」
「……」
「王妃にとっては目障りだった俺は居なくなるし、ユーシスとクリスティアナには初恋の成就と次の王位を手にするのはもうすぐだが、ひとつ邪魔なものがある」
「カリスレキアの王女?」
「その通り、あのふたりは俺で成功しただろう?
成功体験を得た勝者は、その美酒に酔って、また次も上手くいくと簡単に考えた。
本来なら結婚してから処理すればいい王女と婚姻式を挙げたくないユーシスと、挙げさせたくないクリスティアナは、俺と同じ方法で邪魔者を片付けようとした。
つまり結婚前の王女にハニートラップを仕掛けることにして、カリスレキアに男を送り込んだが、奴等から見れば男慣れしていない醜女だから、直ぐに引っ掛かるはずの王女は貞操観念のしっかりした賢いひとで。
靡くふりをして男を捕えて……激怒したカリスレキアに怒鳴りこまれて、国王陛下は初めてユーシスのやらかしを知った」
「そこで」と一旦、話を切ったテリオスは、1度お茶を口にして長い話で渇いた喉を潤して、そして唐突に。
「マイア、お前、北へ行ってくれないか」と言った。
「……俺が北に? どうして」
ジェレマイアはシェイマスに到着したばかりだ。
それなのに、テリオスは直ぐに北へ発て、と言う。
納得出来ないジェレマイアに、テリオスはテーブルの端に用意されていた文箱から紙を取り出して、さらさらと字を書き、彼に見せた。
それを見せられたジェレマイアは一瞬息を止めた。
「何て書いてあるか、お前には読めるよな?
お前は北大陸のこの国の言葉を、ずっと6年間独学で勉強していた。
それは、彼女のためなんだろう?
いつか、彼女が望めば、北へ行くつもりだったんだな?」
テリオスが書き、ジェレマイアに見せたその紙には。
北大陸の大国グーレンバイツ帝国の文字で、リデルの名前が書かれていた。
「お前はグーレンバイツ語を話せて、文字も読める。
……マイア、俺は本当にお前に会いたかったよ。
俺のためにも北へ行ってくれるよな?」
己れの立場にあるまじき、第2王子の無責任で浅はかなその行動は、弟王子に肩入れする国王陛下も、王妃殿下の追求から庇いきれなかった。
彼は断種こそされなかったが、継承権を失くし、王都を追放された。
それを哀れに思った王子の大伯父である尊くも慈悲深き神の使徒、大主教アリステア・ミロード・ミンチェスター聖下が王子ではなくなったテリオスの後見人となり、新たな人生へ導く事を陛下に承諾させ、彼は神の下僕となった……
までが、愚かな元第2王子テリオスが、ここシェイマス大聖堂へ至るまでの経緯だ。
ジェレマイアは卒業パーティー前日に、テリオス自身の手で渡されてからは、ずっと肌身離さず付けていた細い銀鎖に通した指輪を西門の聖騎士に見せ、自分の名を告げた。
必ず、西門を通るように、と何度もテリオスに念を押されていたからだった。
イングラムからこの西門にたどり着くまで大変だったが、この先が更に大変だとジェレマイアは覚悟していたのだが。
思っていたよりも早い時間で、検問所での足止めは解かれて、上級信徒にしか、その扉は開かれないと聞く大聖堂の内部に入る事が出来た。
とは言っても、本当にテリオスに会えるのかは、まだ分からなかった。
ここの最高権力者、大主教アリステア聖下の監視下に置かれる、とテリオス本人も言っていたから、会わせることは禁じられ、このまま地下牢に一生……も考えられるからだ。
聖騎士に先導され歩く長い回廊の壁の片側には、複雑かつ繊細に名工により仕上げられた何百ものステンドグラスを嵌め込んだ窓が続き、外から午後の光が差し込んでいた。
身体検査をされて、護身用の短剣なども預けた。
現状ジェレマイアの身を守る武器は、テリオスから預けられたこの指輪しかない。
喧騒を離れて、時を忘れて、静かに歴史を重ねていくこの場所を歩けば。
信仰心を持たないジェレマイアも、流石に厳かな気持ちになるのだった。
長く美しい回廊を抜け、幾つかの角を曲がると、ジェレマイアの先を歩く聖騎士の足が一旦停まった。
そこまでは、いわゆる表側で。
この先から関係者以外立入禁止のエリアに入ったことは、花器に入れられた花やカーテンなどの装飾が徐々に華美に変化していく事で伺い知れた。
大聖堂には信仰心の他に、それに伴う莫大な献金も国中から集められているのは誰もが知っているのに、口外しない公然の秘密だ。
「ここで、しばらくお待ちを」
プライベートエリアに入ってからも、何度も角を左右に曲がって、やっとたどり着いた部屋は、応接室と言うよりも密談に使われそうな趣きだ。
小さなテーブルを挟んだ1人掛けの肘付きの椅子が2脚だけ置かれた少々狭めの部屋だった。
「待たせた、マイア」
どれ程の時間を待ったのか。
去年まで、幾度耳にしたか分からない、その台詞を。
◇◇◇
あの卒業パーティー以来のテリオスは、見た目はそれ程変わってはいないが、彼を穏やかに見せるあの微笑みは、もう浮かべていなかった。
「お前、痩せた?」
約8ヶ月ぶりに顔を合わせた開口一番が、これだ。
「よく来た」も「会いたかった」も無い、これがテリオスだ。
なので、ジェレマイアも挨拶抜きでそれに合わせる。
「空腹に慣れるよう、身体を作ってきました」
「俺は働かせるからには、3食飯は出すぞ。
空腹には慣れなくていい、昼飯は食ったのか?」
「大丈夫です」
「……相変わらず、愛想が無いな」
あれ程の苦労をしての感動の再会なのに、それとはならない、以前と代わり映えの無いふたりの会話だが、ジェレマイアにとってそれが却って嬉しいのは何故だろうか。
直立したままのジェレマイアに座るよう、身振りで示したテリオスは、
「早速だが、俺の子飼いから連絡があった」と話を切り出した。
「想定していたより早く、あいつらが動いたぞ。
あの神学校に入れられる前で、本当に助かった。
ユーシスとクリスティアナに感謝のキスを贈りたいくらいだ」
クリスティアナは、多分テリオスの婚約者だった侯爵令嬢だ。
あいつら? 彼女とユーシス第1王子に感謝のキス?
相変わらず、テリオスは最初の説明を省いて、話を始める。
「マイアには、話していなかったか。
あの女、ユーシスと出来てた」
「えっ? しかし、ユーシス殿下には」
「そうだ、カリスレキアの王女の輿入れが決まっているが、お前も聞いているだろう、あの王女は……」
テリオスは最後まで口にはしないが、それで充分に伝わった。
あくまでも伝聞でしかないが、輿入れ予定のカリスレキア国の王女は醜女だと知られていて。
ユーシスが美しいものが大好きなのも、クリスティアナが当時の貴族学院内では、ミネルヴァと対を張る清楚系美女なのも、よく知られた事だった。
「幼馴染みで、お互いに初恋の相手なんだと。
その幼馴染み同士の側には俺も居たんだが、あいつらの記憶に俺は居ない。
政略でクリスティアナの婚約者に決まった俺は、ふたりにとって、仲を引き裂く邪魔者だった」
初めて聞くテリオスと元婚約者の関係は、ジェレマイアには耳の痛い話だ。
幼馴染みで初恋の相手、彼にとってそれはリデルで。
彼女の他にも交流のあった子供が居たのか居なかったのか、それもよく覚えていないからだ。
「マイア、知ってるか?
勝者の美酒に酔った者は、また酔い過ぎてしまう」
「え? 誰かの格言ですか?」
それが格言などではなく、即席でテリオスが作ったと分かっていて、敢えて口にするジェレマイアだ。
「……あの北から来た誘惑の手を持つミネルヴァは、王妃に頼まれた叔父貴が商会の伝手を使って用意した女だ。
俺にばれないようにゴードンには黙っていたので、あの馬鹿があれに引っ掛かったのは、叔父貴の計算外だが、その後上手く俺が引っ掛けられたからな。
あの人からしたら、意外と使えなかった長男は切れるし、まぁ、成功と言える」
「……」
「王妃にとっては目障りだった俺は居なくなるし、ユーシスとクリスティアナには初恋の成就と次の王位を手にするのはもうすぐだが、ひとつ邪魔なものがある」
「カリスレキアの王女?」
「その通り、あのふたりは俺で成功しただろう?
成功体験を得た勝者は、その美酒に酔って、また次も上手くいくと簡単に考えた。
本来なら結婚してから処理すればいい王女と婚姻式を挙げたくないユーシスと、挙げさせたくないクリスティアナは、俺と同じ方法で邪魔者を片付けようとした。
つまり結婚前の王女にハニートラップを仕掛けることにして、カリスレキアに男を送り込んだが、奴等から見れば男慣れしていない醜女だから、直ぐに引っ掛かるはずの王女は貞操観念のしっかりした賢いひとで。
靡くふりをして男を捕えて……激怒したカリスレキアに怒鳴りこまれて、国王陛下は初めてユーシスのやらかしを知った」
「そこで」と一旦、話を切ったテリオスは、1度お茶を口にして長い話で渇いた喉を潤して、そして唐突に。
「マイア、お前、北へ行ってくれないか」と言った。
「……俺が北に? どうして」
ジェレマイアはシェイマスに到着したばかりだ。
それなのに、テリオスは直ぐに北へ発て、と言う。
納得出来ないジェレマイアに、テリオスはテーブルの端に用意されていた文箱から紙を取り出して、さらさらと字を書き、彼に見せた。
それを見せられたジェレマイアは一瞬息を止めた。
「何て書いてあるか、お前には読めるよな?
お前は北大陸のこの国の言葉を、ずっと6年間独学で勉強していた。
それは、彼女のためなんだろう?
いつか、彼女が望めば、北へ行くつもりだったんだな?」
テリオスが書き、ジェレマイアに見せたその紙には。
北大陸の大国グーレンバイツ帝国の文字で、リデルの名前が書かれていた。
「お前はグーレンバイツ語を話せて、文字も読める。
……マイア、俺は本当にお前に会いたかったよ。
俺のためにも北へ行ってくれるよな?」
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