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7 どうぞ、末長くおふたりで仲良くして
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「ちなみに。
先程の、一生お前とは閨は無い、でしたわね?
こちらも心得よとのお言葉、確かに承りました。
さて、これでご用件がお済みでしたら……テレサ、お見送りをして」
すっと立ち上がったガートルードを、クラシオンが驚いた表情で見上げた。
「おい、俺はな、父上から言われる前にこうして、わざわざ来てやったんだ。
それを何だ? 式は……」
「お金が無いから、なさらない、でしょう?
今夜が無理なら、明日の早朝にでも、カリスレキアまで使者をお借り致します。
来て早々に人手を貸していただくなど心苦しく、誠に申し訳ございませんが、わたくしの手の者は手弱女が6人居るだけでございますので、皆様のお手を煩わせてしまいますわね。
では、わざわざこちらまで御足をお運びくださいまして、ありがとうございました。
これからも何かございましたら、殿下の侍従からお伝えくださいますと助かります。
どうぞ、今宵も、この先も。
末長くおふたりで、仲良くお過ごしくださいませね。
また次回お会い出来る日を心待ちにしておりますわ……最愛様も」
立て板に水の如く、アストリッツァの言葉でそこまで言えば、さすがのクラシオンも出ていくしかなく。
馬鹿なラシィは最愛のマリィを連れて、腹立ちを隠すこと無く退場した。
扉を閉めると同時に、テレサが文句を言おうとしたのだろう。
口を開きかけたその時、またもや閉めたばかりの扉が叩かれた。
あの馬鹿が戻って来たのだろうか?
忘れ物など無いはずだ。
何故なら、夫がさっき妻の部屋へ持ち込んだのは、最愛の番がひとりだけ。
そのマリツァも手ぶらだった。
少しの間を置き、また扉がノックされた。
その控えめな音は、あの2人とは明らかに違う。
テレサもそう感じたのだろう。
扉を挟んで、相手に誰何したところ、女性の声で
「クイーネの使いで参りました」と答える。
クイーネは、カリスレキアの女性7人を出迎えた宰相の名前だ。
「本日はお部屋で夕餉を取っていただき、ごゆるりとお休みください。
これからの事は、明日にでも」と下がったので、今日はもう会うことは無いと思っていたのだが。
ガートルードが頷いたのを確認してから、テレサは扉を開けた。
「お休みのところ、申し訳ございません。
クラシオン殿下が最愛様を伴われて、こちらまでお越しになられたようだ、と殿下付きからクイーネまで連絡がございまして。
明日にでもゆっくりと、とお伝えさせていただいておりましたが、取り敢えずお耳に入れたき話もございます、との事。
王太子妃殿下のご都合がよろしければ、1時間後にこちらまで参らせてもよろしいでしょうか?」
使いに丁寧な物腰の女性を用いた事。
余裕を見て、1時間前には先触れを送る事。
これらからはっきり分かるのは。
宰相クイーネには、今はお飾り妃と敵対する意思は無いと言うことだ。
「承知しました。
宰相殿に支障さえ無いのであれば、直ぐに来てただいても構いません。
思わぬ来訪者に疲れてしまい、面倒な話は早めに片付けたい、と忘れずにお伝えして」
◇◇◇
クイーネの使いが部屋を出て、10分後に宰相本人が訪れたが、彼は1人ではなく近衛の人間を伴っていた。
「お疲れのところ、お時間を取っていただき、恐悦至極……」
「……お伝えしたように、わたくしは疲れています。
挨拶は抜きにして、始めてくださる?」
「……クラシオン殿下と最愛様がいらっしゃったとお聞きして。
ご無礼があったか、と……
今後はこのような事があってはならないと肝に命じております。
明日には、こちらの近衛騎士隊隊長リーヴァと相談の上で、妃殿下の専属護衛を常に部屋前に立たせる事を決めておりましたが。
失礼ながら妃殿下におかれましては、護衛について何か御希望がございましたら、ぜひお聞かせいただきたく……」
「護衛についての希望? そんなものは特に無いわ。
アストリッツァでは、いちいち希望を聞いて、それに沿った人選をするの?」
「……」
「理由があるのね? 何かしら?」
護衛についての希望を聞かれるとは思ってもいなくて、単純に興味があって尋ねただけなのに、宰相は近衛隊長と目を見交わせて何も言わない。
何かしら、都合の悪い話がありそうで。
これは絶対に聞き出さねばなるまい。
根比べのように、そこから先はガートルードも沈黙を続けたので。
諦めたクイーネが白状した。
「……カリスレキアで、長年妃殿下の専属護衛に付いていたブレイク・パーカーの事です。
調べによると、通常カリスレキア王家では、王子王女の身辺には未婚の者を置かない決まりとか。
現にサージェント王太子殿下の世話役は既婚女性のみで、その中でも御身に触れるような仕事を受け持つのは男性であるとか。
第1王女のエレメイン殿下におかれましても、専属護衛は既婚者に限定されております。
ですが妃殿下の場合はこの限りではなく……」
あぁ、ブレイクね……
ガートルードは、メーリン公国で今生の別れとなった幼馴染みの専属護衛の事を思い出した。
先程の、一生お前とは閨は無い、でしたわね?
こちらも心得よとのお言葉、確かに承りました。
さて、これでご用件がお済みでしたら……テレサ、お見送りをして」
すっと立ち上がったガートルードを、クラシオンが驚いた表情で見上げた。
「おい、俺はな、父上から言われる前にこうして、わざわざ来てやったんだ。
それを何だ? 式は……」
「お金が無いから、なさらない、でしょう?
今夜が無理なら、明日の早朝にでも、カリスレキアまで使者をお借り致します。
来て早々に人手を貸していただくなど心苦しく、誠に申し訳ございませんが、わたくしの手の者は手弱女が6人居るだけでございますので、皆様のお手を煩わせてしまいますわね。
では、わざわざこちらまで御足をお運びくださいまして、ありがとうございました。
これからも何かございましたら、殿下の侍従からお伝えくださいますと助かります。
どうぞ、今宵も、この先も。
末長くおふたりで、仲良くお過ごしくださいませね。
また次回お会い出来る日を心待ちにしておりますわ……最愛様も」
立て板に水の如く、アストリッツァの言葉でそこまで言えば、さすがのクラシオンも出ていくしかなく。
馬鹿なラシィは最愛のマリィを連れて、腹立ちを隠すこと無く退場した。
扉を閉めると同時に、テレサが文句を言おうとしたのだろう。
口を開きかけたその時、またもや閉めたばかりの扉が叩かれた。
あの馬鹿が戻って来たのだろうか?
忘れ物など無いはずだ。
何故なら、夫がさっき妻の部屋へ持ち込んだのは、最愛の番がひとりだけ。
そのマリツァも手ぶらだった。
少しの間を置き、また扉がノックされた。
その控えめな音は、あの2人とは明らかに違う。
テレサもそう感じたのだろう。
扉を挟んで、相手に誰何したところ、女性の声で
「クイーネの使いで参りました」と答える。
クイーネは、カリスレキアの女性7人を出迎えた宰相の名前だ。
「本日はお部屋で夕餉を取っていただき、ごゆるりとお休みください。
これからの事は、明日にでも」と下がったので、今日はもう会うことは無いと思っていたのだが。
ガートルードが頷いたのを確認してから、テレサは扉を開けた。
「お休みのところ、申し訳ございません。
クラシオン殿下が最愛様を伴われて、こちらまでお越しになられたようだ、と殿下付きからクイーネまで連絡がございまして。
明日にでもゆっくりと、とお伝えさせていただいておりましたが、取り敢えずお耳に入れたき話もございます、との事。
王太子妃殿下のご都合がよろしければ、1時間後にこちらまで参らせてもよろしいでしょうか?」
使いに丁寧な物腰の女性を用いた事。
余裕を見て、1時間前には先触れを送る事。
これらからはっきり分かるのは。
宰相クイーネには、今はお飾り妃と敵対する意思は無いと言うことだ。
「承知しました。
宰相殿に支障さえ無いのであれば、直ぐに来てただいても構いません。
思わぬ来訪者に疲れてしまい、面倒な話は早めに片付けたい、と忘れずにお伝えして」
◇◇◇
クイーネの使いが部屋を出て、10分後に宰相本人が訪れたが、彼は1人ではなく近衛の人間を伴っていた。
「お疲れのところ、お時間を取っていただき、恐悦至極……」
「……お伝えしたように、わたくしは疲れています。
挨拶は抜きにして、始めてくださる?」
「……クラシオン殿下と最愛様がいらっしゃったとお聞きして。
ご無礼があったか、と……
今後はこのような事があってはならないと肝に命じております。
明日には、こちらの近衛騎士隊隊長リーヴァと相談の上で、妃殿下の専属護衛を常に部屋前に立たせる事を決めておりましたが。
失礼ながら妃殿下におかれましては、護衛について何か御希望がございましたら、ぜひお聞かせいただきたく……」
「護衛についての希望? そんなものは特に無いわ。
アストリッツァでは、いちいち希望を聞いて、それに沿った人選をするの?」
「……」
「理由があるのね? 何かしら?」
護衛についての希望を聞かれるとは思ってもいなくて、単純に興味があって尋ねただけなのに、宰相は近衛隊長と目を見交わせて何も言わない。
何かしら、都合の悪い話がありそうで。
これは絶対に聞き出さねばなるまい。
根比べのように、そこから先はガートルードも沈黙を続けたので。
諦めたクイーネが白状した。
「……カリスレキアで、長年妃殿下の専属護衛に付いていたブレイク・パーカーの事です。
調べによると、通常カリスレキア王家では、王子王女の身辺には未婚の者を置かない決まりとか。
現にサージェント王太子殿下の世話役は既婚女性のみで、その中でも御身に触れるような仕事を受け持つのは男性であるとか。
第1王女のエレメイン殿下におかれましても、専属護衛は既婚者に限定されております。
ですが妃殿下の場合はこの限りではなく……」
あぁ、ブレイクね……
ガートルードは、メーリン公国で今生の別れとなった幼馴染みの専属護衛の事を思い出した。
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