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2章
7話
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東京の夜景が臨めるホテルの高層階にあるレストラン。
フロアはオレンジ色の灯りが程好く抑えられていて、ロマンティックな雰囲気で、こういうのが好きな女の子はたまらないだろう。
「ちょっと……予想してたレストランと大分違うんだけど……つーか夕方からよくこんな店すぐに予約できたな」
メインディッシュの仔牛のポワレを飲み込んだあと高弥は呟くように言った。
「オーナーが知り合いなんです。急に誘ってすみません。でも個室にしたからドレスコードもそんなに気にしないで大丈夫ですよ」
仕事帰りの大分カジュアルな服装で来てしまった高弥にゆったりと微笑む北岡。
「ワインもっと飲みます?お代わり頼みましょうか」
北岡の勧めてくれたワインは料理にぴったりでするすると飲めてしまう。
「ん。お代わりは大丈夫かな。あんまり強くもないし」
と高弥が断ると
「そんなに警戒しなくても酔っ払った高弥さんをホテルに連れ込んだりするような下品な真似はしないんで、そういう心配だったら無用ですよ?」
「ぶっ……」
とんでもないことを北岡に飄々と言われて、思わず吹き出しそうになったのを堪える。
「高弥さん、大丈夫?」
スマートな仕草で背中を擦る。
「だ……大丈夫……っそんな変なこと警戒してないから」
ゴホゴホと噎せながら答えると
「あ。でも警戒はした方がいいですよ……本当は隙あらば連れ込みたいの我慢してるんですから」
耳元で囁かれて、高弥は思わずびくっと背筋を震わせる。
驚いた視線で北岡を見ると今の発言は夢か幻で下心を感じさせないような顔でにっこり笑われる。
そしてスマートな仕草でお代わりのワインを頼まれてしまったが、そんな話を聞いた後では何だか飲みにくい。
「北岡も飲めばいいのに。このレストラン車の運転代行サービス頼めるって書いてあるじゃん」
「この後ドライブしながら高弥さんのこと送りたいのでお酒は我慢しておきます」
(……そんなん、まるでデートじゃんか)
そう言えば中学時代は入退院の繰り返しだったし、高校と大学のときは勉強で忙しくてデートなんてしたことがなかった。働き始めてからは沢村のことで手一杯で他の人と出掛ける余裕なんてなかった。
その沢村とは……
(デートなんて、したことねぇし。家でゲームしたり、テレビ見たり。飯は殆んど家で食うから、レストランなんて近所のラーメン屋かチェーンのハンバーガー屋くらいだ……あ。病院の食堂はよく行くな。他の人も一緒だけど。コンビニだってジャンケンで負けた方が行くから二人で行くとかないし……あとはほとんど……)
……セックスしてるだけ。発情期のときなんて一日中ベッドから出ない、なんて日もある。
改めて都合がいいだけの存在なんだと思い知らされたようで愕然としてしまう。
「高弥さん、高弥さん……? どうしました? もしかして甘いの嫌いでした?」
メインディッシュが終わって、目の前に置かれた綺麗なドルチェ。可愛い皿の上にカラフルなソースがお洒落に踊る。
「あ……いや甘いの好きだよ。こういうの見るの久々で、なんか綺麗で食べるのもったいないと思ってさ」
そう咄嗟に口から出任せを言って笑って北岡を見ると、ムーディーに絞られたライトの元でもはっきりわかるくらい北岡の頬が緩んで嬉しそうな笑顔になった。
デザートが終わると、店を出た。
「北岡、支払いは……?」
キャッシュカウンターには寄らずそのまま店を後にした北岡に慌てて聞くと
「もう済ませてあります」
と微笑まれた。
「あ……じゃあ俺の分……」
財布をゴソゴソ取り出すと
「今日は俺が強引に誘ったからご馳走させて下さい」
と止められた。
「いやいや、俺これでも一応先輩なのに」
こんな高そうな店を後輩に奢られるっていうのは何か格好悪い。女の子じゃあるまいし、と高弥は思ってしまう。
「じゃあ今度何処かで高弥さんが奢って下さい」
ね?と王子様然とした顔で言われてしまう。 そういえば高弥は沢村に何か奢ってもらったことなんか殆んどない。ラーメン屋やファストフード店では各々勝手に頼むから、沢村が買ってきて冷蔵庫に入れてるビールは好きに飲んでいるくらいだ。あ、飲み切れなかったシェイクの残りはいつもくれるか。甘いのそんなに好きじゃないのにLサイズなんて頼むから。そんなことを考えていたら高弥は虚しくなってきた。
沢村は名家の出身だが自由奔放な性格のあまり半ば勘当されて家を出ているらしいから実家暮らしの北岡とは違うかもしれないが、稼ぎは北岡や高弥より何倍も多いであろうことが想像に難くないのに。
高弥が密かに怒りに震えているうちに、北岡の運転する左ハンドルの白い車はスムーズに首都高に乗った。
窓の外にはオレンジ色の東京タワー。首都高から見える夜の東京タワーは昼間とはまた違って思わず声を溢してしまうほどに美しかった。
「首都高から見える夜の東京タワー、好きなんですよね」
高弥さんも気に入ってくれたみたいで嬉しいと甘い香りを漂わせながら北岡は言う。話は結構合うので、話題に困って無言になるなんてことはなかったし、途中で買ったやたらに美味しいカフェラテと共に北岡お勧めの夜景スポットをドライブするというのは悪くはなかった。だが、高弥の奥には昼間聞いた沢村の結婚話がちらついて仕方かなかった。
(いつか終わりが来ることは、わかっていたけれど)
いつだって女の陰は感じていたけれど、結婚という言葉は沢村からは縁遠いと思い込んできた。
彼が家庭を持って、奥さんと子供がいて……
そこには当たり前だが高弥はいない。
想像すると、目の前の美しい夜景がじわりと滲んだ。
「高弥さん?大丈夫?車に酔いました?」
「え……あ……大丈夫、夜景綺麗だなと思って」
北岡の声で現実に戻った高弥は慌てて笑顔を取り繕った。
フロアはオレンジ色の灯りが程好く抑えられていて、ロマンティックな雰囲気で、こういうのが好きな女の子はたまらないだろう。
「ちょっと……予想してたレストランと大分違うんだけど……つーか夕方からよくこんな店すぐに予約できたな」
メインディッシュの仔牛のポワレを飲み込んだあと高弥は呟くように言った。
「オーナーが知り合いなんです。急に誘ってすみません。でも個室にしたからドレスコードもそんなに気にしないで大丈夫ですよ」
仕事帰りの大分カジュアルな服装で来てしまった高弥にゆったりと微笑む北岡。
「ワインもっと飲みます?お代わり頼みましょうか」
北岡の勧めてくれたワインは料理にぴったりでするすると飲めてしまう。
「ん。お代わりは大丈夫かな。あんまり強くもないし」
と高弥が断ると
「そんなに警戒しなくても酔っ払った高弥さんをホテルに連れ込んだりするような下品な真似はしないんで、そういう心配だったら無用ですよ?」
「ぶっ……」
とんでもないことを北岡に飄々と言われて、思わず吹き出しそうになったのを堪える。
「高弥さん、大丈夫?」
スマートな仕草で背中を擦る。
「だ……大丈夫……っそんな変なこと警戒してないから」
ゴホゴホと噎せながら答えると
「あ。でも警戒はした方がいいですよ……本当は隙あらば連れ込みたいの我慢してるんですから」
耳元で囁かれて、高弥は思わずびくっと背筋を震わせる。
驚いた視線で北岡を見ると今の発言は夢か幻で下心を感じさせないような顔でにっこり笑われる。
そしてスマートな仕草でお代わりのワインを頼まれてしまったが、そんな話を聞いた後では何だか飲みにくい。
「北岡も飲めばいいのに。このレストラン車の運転代行サービス頼めるって書いてあるじゃん」
「この後ドライブしながら高弥さんのこと送りたいのでお酒は我慢しておきます」
(……そんなん、まるでデートじゃんか)
そう言えば中学時代は入退院の繰り返しだったし、高校と大学のときは勉強で忙しくてデートなんてしたことがなかった。働き始めてからは沢村のことで手一杯で他の人と出掛ける余裕なんてなかった。
その沢村とは……
(デートなんて、したことねぇし。家でゲームしたり、テレビ見たり。飯は殆んど家で食うから、レストランなんて近所のラーメン屋かチェーンのハンバーガー屋くらいだ……あ。病院の食堂はよく行くな。他の人も一緒だけど。コンビニだってジャンケンで負けた方が行くから二人で行くとかないし……あとはほとんど……)
……セックスしてるだけ。発情期のときなんて一日中ベッドから出ない、なんて日もある。
改めて都合がいいだけの存在なんだと思い知らされたようで愕然としてしまう。
「高弥さん、高弥さん……? どうしました? もしかして甘いの嫌いでした?」
メインディッシュが終わって、目の前に置かれた綺麗なドルチェ。可愛い皿の上にカラフルなソースがお洒落に踊る。
「あ……いや甘いの好きだよ。こういうの見るの久々で、なんか綺麗で食べるのもったいないと思ってさ」
そう咄嗟に口から出任せを言って笑って北岡を見ると、ムーディーに絞られたライトの元でもはっきりわかるくらい北岡の頬が緩んで嬉しそうな笑顔になった。
デザートが終わると、店を出た。
「北岡、支払いは……?」
キャッシュカウンターには寄らずそのまま店を後にした北岡に慌てて聞くと
「もう済ませてあります」
と微笑まれた。
「あ……じゃあ俺の分……」
財布をゴソゴソ取り出すと
「今日は俺が強引に誘ったからご馳走させて下さい」
と止められた。
「いやいや、俺これでも一応先輩なのに」
こんな高そうな店を後輩に奢られるっていうのは何か格好悪い。女の子じゃあるまいし、と高弥は思ってしまう。
「じゃあ今度何処かで高弥さんが奢って下さい」
ね?と王子様然とした顔で言われてしまう。 そういえば高弥は沢村に何か奢ってもらったことなんか殆んどない。ラーメン屋やファストフード店では各々勝手に頼むから、沢村が買ってきて冷蔵庫に入れてるビールは好きに飲んでいるくらいだ。あ、飲み切れなかったシェイクの残りはいつもくれるか。甘いのそんなに好きじゃないのにLサイズなんて頼むから。そんなことを考えていたら高弥は虚しくなってきた。
沢村は名家の出身だが自由奔放な性格のあまり半ば勘当されて家を出ているらしいから実家暮らしの北岡とは違うかもしれないが、稼ぎは北岡や高弥より何倍も多いであろうことが想像に難くないのに。
高弥が密かに怒りに震えているうちに、北岡の運転する左ハンドルの白い車はスムーズに首都高に乗った。
窓の外にはオレンジ色の東京タワー。首都高から見える夜の東京タワーは昼間とはまた違って思わず声を溢してしまうほどに美しかった。
「首都高から見える夜の東京タワー、好きなんですよね」
高弥さんも気に入ってくれたみたいで嬉しいと甘い香りを漂わせながら北岡は言う。話は結構合うので、話題に困って無言になるなんてことはなかったし、途中で買ったやたらに美味しいカフェラテと共に北岡お勧めの夜景スポットをドライブするというのは悪くはなかった。だが、高弥の奥には昼間聞いた沢村の結婚話がちらついて仕方かなかった。
(いつか終わりが来ることは、わかっていたけれど)
いつだって女の陰は感じていたけれど、結婚という言葉は沢村からは縁遠いと思い込んできた。
彼が家庭を持って、奥さんと子供がいて……
そこには当たり前だが高弥はいない。
想像すると、目の前の美しい夜景がじわりと滲んだ。
「高弥さん?大丈夫?車に酔いました?」
「え……あ……大丈夫、夜景綺麗だなと思って」
北岡の声で現実に戻った高弥は慌てて笑顔を取り繕った。
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