かきまぜないで

ゆなな

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2章

6話

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 午後の回診が終わり、看護師達も一息つく者が多い頃合いになるとお茶を煎れたからと高弥はナースステーションに誘われることが多い。 なのでナースステーションに自身のパソコンを持ち込んで仕事をする高弥の回りで彼女達は好き勝手に噂話を始める。
 高弥は男臭さとは縁遠く、女達も男性医師というより、看護師仲間に近い気安さを感じるらしい。オメガという性別で良かったことなど一度もないが、看護師が高弥を仲間として扱ってくれるのはとても気が楽だ。
「さっき沢村先生にお疲れ様って言われちゃった」
 先ほど沢村とすれ違った年若い看護師が嬉しそうに言った。
「わ。いいなぁ。沢村先生って、ほんと、完璧よね」
「モテすぎるのが欠点だけど」
「昔病院の正面玄関で自称彼女同士でもめてたこともあったわよね」
 密やかに噂話が始まる。
 今年から勤務するようになった新人看護師は興味津々と言った体だ。
「え!それでどうなったんですか?」
「それがね、沢村先生勤務先で騒がれて迷惑だから警察呼ぶって冷たく言って、終わり」
「それが、三人もいて全員凄い美人だったのよ」
「あれ、いつか絶対刺されるわよね」
「でもここのところ銀座辺りでお店やってそうな女とばっかり遊んでるらしいから、案外一回くらい刺されて懲りたんじゃない?」
「あはは。沢村先生なら刺されても自分でささっと縫合してそう」 
 笑う女達に合わせて適当に相槌を打ちながら、高弥はモニターに入力した情報を確認する。 沢村の噂話にはあまり興味がないような素振りが出来ているだろうか。
「よし、オッケーっと」
 入力した情報は完璧。エンターキーを叩くように押した。
「沢村先生に頼まれたの終わりました?いつも高弥先生大変ね。沢村先生、高弥先生のことは信頼してるから」
 師長はそう言ってくれたけれど。
「そうですかねぇ。都合のいい便利屋としか思われてなさそうですよ。まぁ本当にまずいときは沢村先生何だかんだでいつでも30分以内に患者さんとこ来ちゃうし、重要なことは残しておいてくれるから俺のやってる仕事なんてあんま意味ないんですけどね」
 思わず高弥の口から溜め息混じりに漏れた一言は耳敏い女達が聞き逃すわけもなく。
 「そうなのよね。沢村先生深夜でも休みの日でも呼び出しの連絡入ったらソッコーで来るしホントにまずい急患が来たら何時間連勤してても残って対応してくれるしね」
「あんなに格好良くて仕事出来るんなら一度でいいから遊ばれていいって気持ちもわかるわー」
 そう嘯く看護師。
「……そういえばさ、沢村先生と言えばここだけの話なんだけど」
 一人の看護師が声を潜めた。何だか聞かない方がいい予感がしたけれど、聞きたい気持ちも入り雑じり、席を立とうか躊躇っているうちに続きが耳に入ってしまう。
「駅からさ、5分くらい離れたところに出来た新しいマンションできるでしょ? あそこのモデルルーム、背の高いスタイルのいい美女と見学してたらしいのよ」
 頭の後ろを鈍器で殴られたような衝撃が高弥を襲った。
「あーあそこのマンションチラシ入ってたから見たわよ。3LDKの間取りが多いファミリー向けの物件じゃない」
「えー、じゃあとうとうあの沢村先生も結婚するのかしらね」
 くらくら目眩がしてきた高弥にどんどん追い討ちをかけるような言葉が飛び込んでくる。
「相手は誰かしら。やっぱり沢村先生実家もあのとおり名家でしょ。何だかんだで、お嬢様と結婚するんじゃない?」
「一緒にいた人もすらりとした美女だったからアルファ同士で結婚するのかもね」
「なんか上流階級の話ねぇ」
 飛び込んできた幾多の情報を頭の中を整理しようと高弥が深呼吸したときだった。


「高弥さーん、今日も沢村先生の仕事やらされてんすか」
 ナースステーションに顔を出した北岡が、高弥の手元のノートパソコンを見て声をかけた。
「あ、北岡。明日のオペの準備もう終わったの?」
「はい。ばっちりです。ただ、術式の確認したくて。もし高弥さんも今日もう上がりっすよね?この後空いてたらご飯食べながら教えてもらってもいいですか?」
北岡の誘いに
「いいけど、明日のオペの基本的な術式は北岡もう頭に入ってるじゃん」
きょとんとした顔で高弥は答える。
「高弥先生。北岡先生は先生と一緒にご飯行きたいのよ。行ってあげなさいよ」
 同い年の看護師に言われて、そうなの?と高弥は視線を向けると北岡は照れたような笑いを浮かべている。
「高弥さんランチは付き合ってくれるけど、夜はダメなこと多いじゃないっすか」
「あぁ、夜は夕飯作んないといけなくて……」
 思わず正直に答えてしまって。
「高弥さん、独り身って言ってたのに、マジメっすね。あ、それともやっぱり作ってあげるような人いるんですか?」
 しまった、口を滑らせたようだと高弥は慌てる。
「いやいや!いない!いないから!健康のために自炊してるだけだから」
 ない、ないと顔の前で手を勢いよく振る高弥。
「じゃあ一日くらい自炊さぼって俺に付き合ってくれませんか?」
  北岡はおとぎ話の王子様のような顔でにっこりと微笑んだ。
「わかった。いいよ。行こうか」
「やった!じゃあ今日終わったら南棟の職員専用口で」
 そう言うと北岡は嬉しそうにスマホを片手にナースステーションを飛び出して行った。
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