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3章
6話
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北陸地方に向かう新幹線の窓際に座って高弥はぼんやりと景色を眺めていた。
修学旅行にも行けなかった高弥は東京近郊を出たことさえも無かったため、当然新幹線も初めてであった。大学になった頃は何回かユキは永瀬家の家族旅行に誘ってくれたが、家族の時間を邪魔しているようで申し訳なく思い、断っていた。
そのため初めての旅行と言ってもよかった。テレビなどでしか見たことのない新幹線の何もかもが高弥には物珍しかった。
(こんなんじゃなかったら、もっと楽しめたんだろうな)
沢村が起きてしまっては、離れる決心が鈍ってしまうかもしれないと早朝に家を出た高弥。
見送りたいから一人で行かないでねと言っていたユキが子供たちを学校に送るのを待って、それから出発前にユキがどうしてもというので、妊娠の経過も診てもらっているオメガ専門医のところに寄った。長距離の移動が問題ないか確認してもらってから、一緒に新幹線のチケットを買った。
初めて新幹線に乗る高弥を心配して東京駅のホームまで来たユキ。
『心配だからやっぱり車で送るよ』
というユキに、
『新幹線、空いてる昼の時間だから大丈夫ですよ。ユキ先生マコちゃん連れてるし、新潟まで行って帰って来たら夜になっちゃうよ。今日は家政婦の佳代さんお休みって言ってたじゃないですか。子供達の夕飯に間に合わないですよ』
というやり取りを何度となく繰り返していた。
(いつも心配かけてばっかで嫌になっちゃうな)
思い出してはぁ、と溜め息を吐く。
『いつでも帰って来ていいんだからね。うちには高弥くんと赤ちゃんが使っていい部屋もあるの知ってるだろう?それで今の病院からは高弥くんじゃなくて沢村くんを遠くに飛ばせばいいわけだから』
なんて物騒なことを新幹線がホームを出発するギリギリまで言っていたユキの顔を思い出すと、まだ出発したばかりなのに引き返したくなってくる。
『沢村先生居なくなったらうちの医局皆困っちゃうから飛ばしたらだめですよ。永瀬先生にだって必要でしょう』
高弥は言いながら、沢村が永瀬にまで必要とされる医師であることが、自分にとってこんなにも誇りであるのだと思い知った。
『……っ高弥くんは本当にいい子なんだから……沢村くんのこと俺絶対ぶん殴る……いや、ぶっ殺す』
高弥の顔を見てユキがポロポロ泣くもんだから、ユキが抱っこしている小さなマコトまで泣き出した。ホームで二人してわたわたしながらあやして、それからバタバタと新幹線に乗り込んだのだ。
新幹線のゆったりとした座席。
平日の昼間ということもあり、隣もいなくて悠々と座れる。流れ行く景色をぼんやりと見ながら心の中で考えてしまうのは沢村のことばかりだった。
昨日ボストンから帰国した沢村の寝顔を見て改めて思い知った。
傍に居たら沢村に奥さんが出来ても、 きっと高弥は離れられない。
どうしようもなく好きで、腕の中に閉じ込められたら、何もかもがどうでも良くなってしまう。そこではいいことも悪いことも、何もかもわからなくなりそうで怖かった。
だから、物理的に距離を取らなければ駄目なのだ。あの面倒くさがりの沢村のことだ。手の届く範囲から出たら追ってはこないだろう。
窓の外に目を遣ると、随分と東京と雰囲気が変わってきた。
季節的にトンネルを抜けるとそこは雪国だった、というようなことはなかったが、どんどんと景色が移ろい行き、東京では見たことのないような何処までも広がる田畑や聳え立つ山々をじっと高弥は見つめていた。随分と遠くまで来たようだ。
不安な気持ちに潰されそうになると、高弥はそっと腹に手を遣る。そうすると頑張らないといけないのだと奮い立たされるような気持ちになれた。
(大丈夫。俺はこの子と幸せになれるんだ。大丈夫)
繰り返し心で唱える。唱えてなければ不安と寂しさで押し潰されそうだった。
修学旅行にも行けなかった高弥は東京近郊を出たことさえも無かったため、当然新幹線も初めてであった。大学になった頃は何回かユキは永瀬家の家族旅行に誘ってくれたが、家族の時間を邪魔しているようで申し訳なく思い、断っていた。
そのため初めての旅行と言ってもよかった。テレビなどでしか見たことのない新幹線の何もかもが高弥には物珍しかった。
(こんなんじゃなかったら、もっと楽しめたんだろうな)
沢村が起きてしまっては、離れる決心が鈍ってしまうかもしれないと早朝に家を出た高弥。
見送りたいから一人で行かないでねと言っていたユキが子供たちを学校に送るのを待って、それから出発前にユキがどうしてもというので、妊娠の経過も診てもらっているオメガ専門医のところに寄った。長距離の移動が問題ないか確認してもらってから、一緒に新幹線のチケットを買った。
初めて新幹線に乗る高弥を心配して東京駅のホームまで来たユキ。
『心配だからやっぱり車で送るよ』
というユキに、
『新幹線、空いてる昼の時間だから大丈夫ですよ。ユキ先生マコちゃん連れてるし、新潟まで行って帰って来たら夜になっちゃうよ。今日は家政婦の佳代さんお休みって言ってたじゃないですか。子供達の夕飯に間に合わないですよ』
というやり取りを何度となく繰り返していた。
(いつも心配かけてばっかで嫌になっちゃうな)
思い出してはぁ、と溜め息を吐く。
『いつでも帰って来ていいんだからね。うちには高弥くんと赤ちゃんが使っていい部屋もあるの知ってるだろう?それで今の病院からは高弥くんじゃなくて沢村くんを遠くに飛ばせばいいわけだから』
なんて物騒なことを新幹線がホームを出発するギリギリまで言っていたユキの顔を思い出すと、まだ出発したばかりなのに引き返したくなってくる。
『沢村先生居なくなったらうちの医局皆困っちゃうから飛ばしたらだめですよ。永瀬先生にだって必要でしょう』
高弥は言いながら、沢村が永瀬にまで必要とされる医師であることが、自分にとってこんなにも誇りであるのだと思い知った。
『……っ高弥くんは本当にいい子なんだから……沢村くんのこと俺絶対ぶん殴る……いや、ぶっ殺す』
高弥の顔を見てユキがポロポロ泣くもんだから、ユキが抱っこしている小さなマコトまで泣き出した。ホームで二人してわたわたしながらあやして、それからバタバタと新幹線に乗り込んだのだ。
新幹線のゆったりとした座席。
平日の昼間ということもあり、隣もいなくて悠々と座れる。流れ行く景色をぼんやりと見ながら心の中で考えてしまうのは沢村のことばかりだった。
昨日ボストンから帰国した沢村の寝顔を見て改めて思い知った。
傍に居たら沢村に奥さんが出来ても、 きっと高弥は離れられない。
どうしようもなく好きで、腕の中に閉じ込められたら、何もかもがどうでも良くなってしまう。そこではいいことも悪いことも、何もかもわからなくなりそうで怖かった。
だから、物理的に距離を取らなければ駄目なのだ。あの面倒くさがりの沢村のことだ。手の届く範囲から出たら追ってはこないだろう。
窓の外に目を遣ると、随分と東京と雰囲気が変わってきた。
季節的にトンネルを抜けるとそこは雪国だった、というようなことはなかったが、どんどんと景色が移ろい行き、東京では見たことのないような何処までも広がる田畑や聳え立つ山々をじっと高弥は見つめていた。随分と遠くまで来たようだ。
不安な気持ちに潰されそうになると、高弥はそっと腹に手を遣る。そうすると頑張らないといけないのだと奮い立たされるような気持ちになれた。
(大丈夫。俺はこの子と幸せになれるんだ。大丈夫)
繰り返し心で唱える。唱えてなければ不安と寂しさで押し潰されそうだった。
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