かきまぜないで

ゆなな

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3章

7話

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 新潟に入ったところで高弥は新幹線を降りた。そこで2両編成の小さな私鉄に乗り換える。乗客もまばらな電車はますます此処が遠く離れたところだと高弥に実感させた。
 長閑な風景の中、ゆっくりと電車は進んで行く。開けた窓から入ってくる空気は綺麗に澄んでいて、東京の濁った空気とは明らかに異なる。
 そして、山の中を走って行く電車がとうとう目指していた駅の名前をアナウンスした。
「うわぁ小さい駅だ」
 プラットホームの片面だけが線路に接している単式ホームに降りるのは、高弥は初めてだった。
 小さな駅の改札を抜けると、タクシーの一台も止まっておらず2、3台の迎えの車が停まっているだけの寂れた駅の前。山間のこの地域は東京よりも気温は大分低く、思わず自分の身を守るように、自身の腕を躯にぎゅっと回した。
  馴染みのない景色は、住み慣れた都会とは随分と違った。静まり返った駅前と幾つかの建物の向こうに聳える山々に、旅行もしたことのない高弥は、本当に随分と遠くまで来てしまったような気持ちにさせられた。 
 
 高弥がそう思ったそのときだった。
 駅前に一台の黒いワンボックスカーが、周囲の静寂を切り裂く勢いで滑り込んできた。駅のロータリーのカーブを曲がるとき、タイヤが軋んで、コンクリートと擦れる高音が響くほどの勢い。
 車が乱暴に停められたかと思うと、中から一人の男が降りてきた。一瞬のことなのに、スローモーションのようにも見えて、高弥は降りてきた男に視線を奪われ、その場で動けなくなった。


「高弥……っ」
 
 男が高弥の耳の奥に苦しいほど染み込んでいる声で名を呼んだ。
 まさか。
 そんなはずはない。
 近所のコンビニに行くのでさえも面倒なあの男が、こんな遠いところにまで来るはずがない。
  恋しさが見せた幻に違いない。幻覚だったり、幻聴だったりしたら、今度こそ自分は壊れてしまうかもしれないと思い、高弥思わずきつく瞳を閉じ、ぎゅっと手を握りしめて俯いた。

「高弥っ」

 もう一度聴こえた。少し声が近づいた。でもやはり顔は上げられない。躯が震える。

「行くな……っ」

 三度聴こえた声はもうすぐそこに近づいていて。
 恐る恐る視線を上げると見たことのないほど焦った顔で此方に向かって駆けてくる沢村がいた。
「な……んで……沢村先生がここに……」
 あまりに恋い焦がれて夢でも見ているのだろうか。
 この寂れた田舎の駅とは不釣り合いな男の姿を呆然と眺める。
 病院からそのまま来たのだろう。 白衣のままでIDカードまで首に掛けている。
 どんなにギリギリの状態のオペでも絶対に焦ったりしない男がこんなに焦っているのを今まで見たことがあっただろうか。
「お前が遠くの病院行くっつーから慌てて追ってきたんだろうがっ」
 高弥の目の前まで走り寄ってきた沢村が必死の形相で言う。
 去るもの追わず、がモットーだったんじゃないの?といつもなら出てきそうな軽口も叩けない。白衣のままですよ?なんて突っ込みもできない。
「なんで………なんで……」
 高弥は混乱してしまう。期待を持たせるようなことはしないで欲しい。辛いだけだ。そう思うのに、あの面倒くさがりの男がこんなに遠くにまで来ている理由なんて一つしか思い浮かばなくて、心の中がかきまぜられる。
 瞳に涙を浮かべてなんで、と繰り返す高弥に。

「そんなの、お前のことが好きだからに決まってんだろうが……っ好きで好きで好きでたまんねぇよっ……高弥のことがめちゃくちゃ好きだっ……お前じゃなきゃ駄目なんだ。ずっと言葉にしなくて悪かった。謝るから、どこにも行くな。行かないでくれ。お願いだから、今度は死ぬほど大切にするから……っ戻ってきてくれ」 

 慟哭するような沢村の言葉は山間の駅前に狂おしく響いた。高弥は目の前で起こってることが信じられず目を大きく開いた。 あの男が自分に好きだというなんて。戻って欲しいと乞い願うなんて。瞳に浮かんだ涙が零れそうだったけれど。でも……でも……
「いっ……一緒に帰ることは、出来ません……」
 高弥はどうしても言わなくてはならない言葉を何とか絞り出した。
「散々好き勝手してきた俺のことなんて、好きじゃないからか……?」
 いつも自信満々の男の傷付いたような顔に、高弥の胸の奥がきゅっとなった。
「ち……違います……っ俺も、沢村先生は酷いクズ男だと思うけれど、俺……おれ……沢村先生のこと……」
 ずっと隠していた想いは中々素直に言葉にならなくて。
「好きか?」
 沢村に問われてこくり、と頷くと、 小さな風が高弥の回りで起こってあっという間に腕の中に抱き締められた。
「言ってくれよ、お前の声で。聞きたい。お願いだから……」
 絞り出すような声。いつだって高弥のことをからかってばかりのくせにそんな声で言われたら断れるわけ、ない……
「……沢村先生が、好きです……」
 高弥が声に出して想いを告げると、沢村は息をのんだ。抱き締められた胸から沢村の破裂しそうなほどに高鳴る鼓動が聞こえて男の本気が高弥に伝わってきた。
「じゃあ、いいだろ?一緒に帰るぞ」
 腕の中に抱かれてくらくら目眩がする。
 ここのところ、悪阻で色んな匂いがだめだったのに、この匂いはこんなにも恋しくてたまらなくてずっと包まれていたい……離れたくない。
 でも、でも、でも。
「でも……だめです……」
「何でだよっ……」
 高弥が答えると、高弥の両腕をぐっと掴んで必死な様子で沢村は問う。
「だって、俺……妊娠しちゃったんですよ……」
 喉がひくっとみっともなく鳴ってしまった。
「未熟だと言われていた子宮が何度も発情期繰り返すうちにちゃんと妊娠できる状態にまでなったみたいで。先生には悪いけど俺、産みますから。でも沢村先生に迷惑は…っうわ」
 言った途端更にぎゅっときつく抱き締められた。
「知ってる」

「え?」

「妊娠してんの知ってて迎えに来てる。お前も腹ん中の子も二人とも連れて帰るに決まってんだろうが」

「えっと……どういうこと?」
 高弥は思わずぱちぱちと瞬きをして沢村の顔を覗きこんだ。
「だからっお前が妊娠したの、すげぇ嬉しいっつてんの」
 高弥のおでこを沢村がぱちりと弾いた。
「痛っ……いつもその……避妊しなくても子供出来ないから、都合がいいって言ってたじゃないですか。だからてっきり子供はいらないんだと……」
 高弥が告げると、沢村はあー、と言って自身の頭を掻き毟った。
「意地悪な言い方して悪かったよ………お前は避妊しなくても妊娠しねぇと思ってたけど、俺は発情期は来てるっつーことはホルモンは出てるし、未熟だけど子宮はあるっつーから、ナマでやってればそのうち妊娠すんじゃねぇかって思ってた」
「え?」
 沢村の発言に高弥は目を丸くする。
「だから……ずっと子供できればいいと思って最初からナマでやってたっつーこと。だから子供ができたら嬉しいに決まってんだろうが。それに俺とお前の子だぞ?そんくらい分かれよ」
 のどかな田舎の駅前で何て内容の言い争いをしているのかと思ったが、嬉しさと安堵で沢村の腕の中でかくり、と膝から力が抜けた高弥だった。だがもちろん地面に崩れ落ちることはなく、しっかりと抱き止められた。
「わかりませんよ……言ってくんなきゃわかんないからこんなに拗れて、俺こんなとこにまで来ちゃったんでしょうが。それに沢村先生、アルファの女の人と結婚してマンション買ったって噂も聞いたし」
「んだよ、怖ぇな。一体何時誰が何処で見てんだよ……」
 そう言った男のまずいことを知られたといったような顔を見てしまい、高弥が思わず眉をへにょんと下げると
「違う、違う。んな顔すんなよ。アルファの女と結婚なんてしねぇし……お前がたっっくさん誤解してんのはよーくわかった。全部きっちり話すから、ここ寒ぃし、車乗るぞ」
 相変わらず偉そうな口振りは健在の男に手を引かれて、高弥は初めて見る沢村の車に乗り込んだ。



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