46 / 54
番外編SS
BLUE HEAVEN2
しおりを挟む
病院に着くと受付で学生証を提示する。
いつものことだが、黒いフードを目深に被った金髪姿を訝しそうに見られる。受付で案の定止められ
「何科の何方にご用ですか?」
と問われる。
通常医学部の学生証提示すれば詳細は問われず院内に入ることを許されるというのに。
「あーなんだっけ小児科の……先生の名前忘れた……とりあえずボランティアなんだけど」
そう告げると受付の年輩の女性は内線で確認を取っているようだった。どうやら名前の確認は取れたらしいが、まだ尚疑っているような視線に見送られて、小児科病棟に向かった。
リノリウムの床をラフなスニーカーで歩き、約束の時間に15分ほど遅れて小児科に到着した。
「すいませーん、ボランティアの沢村ですけど」
ワイヤレスイヤホンを外しながらナースステーションで声を掛けると一斉に視線が集まった。
好奇心や欲望に満ちた視線を受けることは日常茶飯事なので、特に何も感じない。どうでもいい。
「小児科ボランティア担当してます綾川です。えーと、医学部2年の沢村陽介くんで合ってる?」
ナースステーションの中から出てきた小柄な一人の男は珍しく視線の中に好奇心も下心も交ざっていなかった。
アルファの多い医師は比較的背が高く威圧的な雰囲気を持つ者が多いため、看護師かと思ったが、下げているIDカードに『小児科医』と書かれているので医師なのだろう。
「はい、沢村です」
「子供達に会う前に、ネームプレートに名前書いて見えやすいところに付けてね。子供達が呼びやすい名前でいいよ」
マジックとカードを渡される。おざなりに『ヨウ』と書いてネームプレートに差し込んで胸元に付けた。
「じゃ、病室行こうか。沢村くんにお願いしたい子は中学生なんだけど勉強熱心でね。基本どんどん勉強自分で進めるんだけど、解いてる量が多いから質問も沢山あるんだよ。小児脳腫瘍でね、視神経を腫瘍が圧迫しているから視野が欠けて少し見えづらいんだ。病状は進行してきているからそういうところもサポートしてあげて欲しい。よろしくね」
あまり興味が持てない話を綾川がしているうちに病室に着いた。
ドアを開けると夕方という時間帯もあり、四人部屋の子供達の傍らには各々家族が居るのか、賑やかな気配で満ちていた。
「高弥くん、今日からボランティアの先生が勉強を見に来てくれるようになったよ」
そう言って、綾川が一人一人のベッドを区切るためのカーテンを開けると、一人の小さな子供が熱心にノートに数式を書いていた。 子供の回りに家族はおらず、一人きりで勉強をしていたようだった。病気のせいで発育が悪いのか中学生と事前に聞いていなければ分からないほどに小柄だ。
だが少年が顔を上げたとき、思わず陽介は息をのんだ。
「松浦高弥です。 え、と名札ヨウって書いてあるのかな? 僕最近目が見えづらくて」
そう言ってこちらを見た少年の瞳は思わず目を見張るほどに輝いていて、目が見えづらいようには見えなかった。透明感の高い濡れたような黒と青みを帯びて見えるほどの白の美しいコントラストを持つ瞳に陽介は思わずたじろいだ。
「あ……あぁ、ヨウであってる……」
今まで自分が宝石だと思って見てきたもの全てかレプリカだったのだと思えるくらい輝く瞳に陽介は目が奪われてしまった。
こんな子供相手に、と思うのに見たことないほどに美しいものから陽介は目が離せなかった。
「ヨウ先生、よろしくお願いします」
そう言ってベッドの上から高弥は律儀にお辞儀をする。
「や。俺ただの大学生で先生って呼ばれるようなもんじゃないから」
陽介が答えると
「じゃあヨウくんって呼んでもいいですか?」
軽く首を傾けながら楽しそうに笑って尋ねられ、陽介はそれに頷いた。
何だか調子が狂う子供だ。 子供なんて、ちっとも好きじゃないのに。
「仲良くやれそうで良かった。今日は4時から夕食の6時まででよろしくね。4時からに間に合わなさそうなときは夕食後の7時から消灯の8時まででお願いします。面会時間も8時までだから8時にはネームプレートをナースステーションに返却して帰って下さい」
この短い遣り取りを見て綾川は何を思ったのか嬉しそうに笑うと、仕事に戻らなければならないらしく、 病室を後にした。
残された陽介が高弥の手元に目を遣ると
「すっげーな、そのノート。びっしりじゃん」
ベッドの上に掛けられたテーブルの上にはびっしりと数式がかかれたノートとかなり使い込まれた問題集が置かれていた。
付箋や書き込みでいっぱいの問題集は陽介の中学生の頃のものとはえらい違いだ。
「要領が悪いんで繰り返しやらないとわからなくて」
ノートを覗き込んでパラパラと捲ってノートに書かれた日付を見て驚く。
「うっそ。一晩でこの問題集一冊全部やったわけ?」
驚いた陽介の声に
「うん。僕入院長いから学校に遅れてないか、焦っちゃって」
照れた顔を見せる、まだ幼さの残る表情。
病気のせいか成長が遅い華奢な躯つきだけでなく、黒目がちな瞳と相まって、子供にしか見えないのに、自分を律して勉強に励む様子は年相応かそれ以上に見える。
「んなに焦んなくても、今は入院中なんだからゆっくり休めよ、な?」
こんな優しい声が自分は出せたのかと驚くほど優しい声で少年を諭していた。
「ううん……駄目なんだよ。一秒も無駄にしないくらい頑張らないと。僕、医学部入りたいんだよね。今はこんなだけど、元気になったら僕もユキ先生みたく苦しんでいる人を助けてあげたくて……でも、学校もちゃんと行けてないから、普通にしてたら叶わないと思うんだ」
子供らしく素直なのに、幼さの残る表情の奥にひどく大人びていた彩も見える。その不思議な輝きをもっと覗き込みたくなるから不思議だと陽介は思った。
「あの……解けなかった問題聞いてもいい……?」
おずおずと切り出され自分が此処に来た目的を思い出す。
「おー、何でも聞けよ。何処だ?」
そう言って傍にあったパイプ椅子に腰かけて、陽介は高弥のほっそりと折れそうな指先が指し示すところに目を落とした。
いつものことだが、黒いフードを目深に被った金髪姿を訝しそうに見られる。受付で案の定止められ
「何科の何方にご用ですか?」
と問われる。
通常医学部の学生証提示すれば詳細は問われず院内に入ることを許されるというのに。
「あーなんだっけ小児科の……先生の名前忘れた……とりあえずボランティアなんだけど」
そう告げると受付の年輩の女性は内線で確認を取っているようだった。どうやら名前の確認は取れたらしいが、まだ尚疑っているような視線に見送られて、小児科病棟に向かった。
リノリウムの床をラフなスニーカーで歩き、約束の時間に15分ほど遅れて小児科に到着した。
「すいませーん、ボランティアの沢村ですけど」
ワイヤレスイヤホンを外しながらナースステーションで声を掛けると一斉に視線が集まった。
好奇心や欲望に満ちた視線を受けることは日常茶飯事なので、特に何も感じない。どうでもいい。
「小児科ボランティア担当してます綾川です。えーと、医学部2年の沢村陽介くんで合ってる?」
ナースステーションの中から出てきた小柄な一人の男は珍しく視線の中に好奇心も下心も交ざっていなかった。
アルファの多い医師は比較的背が高く威圧的な雰囲気を持つ者が多いため、看護師かと思ったが、下げているIDカードに『小児科医』と書かれているので医師なのだろう。
「はい、沢村です」
「子供達に会う前に、ネームプレートに名前書いて見えやすいところに付けてね。子供達が呼びやすい名前でいいよ」
マジックとカードを渡される。おざなりに『ヨウ』と書いてネームプレートに差し込んで胸元に付けた。
「じゃ、病室行こうか。沢村くんにお願いしたい子は中学生なんだけど勉強熱心でね。基本どんどん勉強自分で進めるんだけど、解いてる量が多いから質問も沢山あるんだよ。小児脳腫瘍でね、視神経を腫瘍が圧迫しているから視野が欠けて少し見えづらいんだ。病状は進行してきているからそういうところもサポートしてあげて欲しい。よろしくね」
あまり興味が持てない話を綾川がしているうちに病室に着いた。
ドアを開けると夕方という時間帯もあり、四人部屋の子供達の傍らには各々家族が居るのか、賑やかな気配で満ちていた。
「高弥くん、今日からボランティアの先生が勉強を見に来てくれるようになったよ」
そう言って、綾川が一人一人のベッドを区切るためのカーテンを開けると、一人の小さな子供が熱心にノートに数式を書いていた。 子供の回りに家族はおらず、一人きりで勉強をしていたようだった。病気のせいで発育が悪いのか中学生と事前に聞いていなければ分からないほどに小柄だ。
だが少年が顔を上げたとき、思わず陽介は息をのんだ。
「松浦高弥です。 え、と名札ヨウって書いてあるのかな? 僕最近目が見えづらくて」
そう言ってこちらを見た少年の瞳は思わず目を見張るほどに輝いていて、目が見えづらいようには見えなかった。透明感の高い濡れたような黒と青みを帯びて見えるほどの白の美しいコントラストを持つ瞳に陽介は思わずたじろいだ。
「あ……あぁ、ヨウであってる……」
今まで自分が宝石だと思って見てきたもの全てかレプリカだったのだと思えるくらい輝く瞳に陽介は目が奪われてしまった。
こんな子供相手に、と思うのに見たことないほどに美しいものから陽介は目が離せなかった。
「ヨウ先生、よろしくお願いします」
そう言ってベッドの上から高弥は律儀にお辞儀をする。
「や。俺ただの大学生で先生って呼ばれるようなもんじゃないから」
陽介が答えると
「じゃあヨウくんって呼んでもいいですか?」
軽く首を傾けながら楽しそうに笑って尋ねられ、陽介はそれに頷いた。
何だか調子が狂う子供だ。 子供なんて、ちっとも好きじゃないのに。
「仲良くやれそうで良かった。今日は4時から夕食の6時まででよろしくね。4時からに間に合わなさそうなときは夕食後の7時から消灯の8時まででお願いします。面会時間も8時までだから8時にはネームプレートをナースステーションに返却して帰って下さい」
この短い遣り取りを見て綾川は何を思ったのか嬉しそうに笑うと、仕事に戻らなければならないらしく、 病室を後にした。
残された陽介が高弥の手元に目を遣ると
「すっげーな、そのノート。びっしりじゃん」
ベッドの上に掛けられたテーブルの上にはびっしりと数式がかかれたノートとかなり使い込まれた問題集が置かれていた。
付箋や書き込みでいっぱいの問題集は陽介の中学生の頃のものとはえらい違いだ。
「要領が悪いんで繰り返しやらないとわからなくて」
ノートを覗き込んでパラパラと捲ってノートに書かれた日付を見て驚く。
「うっそ。一晩でこの問題集一冊全部やったわけ?」
驚いた陽介の声に
「うん。僕入院長いから学校に遅れてないか、焦っちゃって」
照れた顔を見せる、まだ幼さの残る表情。
病気のせいか成長が遅い華奢な躯つきだけでなく、黒目がちな瞳と相まって、子供にしか見えないのに、自分を律して勉強に励む様子は年相応かそれ以上に見える。
「んなに焦んなくても、今は入院中なんだからゆっくり休めよ、な?」
こんな優しい声が自分は出せたのかと驚くほど優しい声で少年を諭していた。
「ううん……駄目なんだよ。一秒も無駄にしないくらい頑張らないと。僕、医学部入りたいんだよね。今はこんなだけど、元気になったら僕もユキ先生みたく苦しんでいる人を助けてあげたくて……でも、学校もちゃんと行けてないから、普通にしてたら叶わないと思うんだ」
子供らしく素直なのに、幼さの残る表情の奥にひどく大人びていた彩も見える。その不思議な輝きをもっと覗き込みたくなるから不思議だと陽介は思った。
「あの……解けなかった問題聞いてもいい……?」
おずおずと切り出され自分が此処に来た目的を思い出す。
「おー、何でも聞けよ。何処だ?」
そう言って傍にあったパイプ椅子に腰かけて、陽介は高弥のほっそりと折れそうな指先が指し示すところに目を落とした。
137
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
クローゼットは宝箱
織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。
初めてのオメガバースです。
前後編8000文字強のSS。
◇ ◇ ◇
番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。
美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。
年下わんこアルファ×年上美人オメガ。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
待っててくれと言われて10年待った恋人に嫁と子供がいた話
ナナメ
BL
アルファ、ベータ、オメガ、という第2性が出現してから数百年。
かつては虐げられてきたオメガも抑制剤のおかげで社会進出が当たり前になってきた。
高校3年だったオメガである瓜生郁(うりゅう いく)は、幼馴染みで恋人でもあるアルファの平井裕也(ひらい ゆうや)と婚約していた。両家共にアルファ家系の中の唯一のオメガである郁と裕也の婚約は互いに会社を経営している両家にとって新たな事業の為に歓迎されるものだった。
郁にとって例え政略的な面があってもそれは幸せな物で、別の会社で修行を積んで戻った裕也との明るい未来を思い描いていた。
それから10年。約束は守られず、裕也はオメガである別の相手と生まれたばかりの子供と共に郁の前に現れた。
信じていた。裏切られた。嫉妬。悲しさ。ぐちゃぐちゃな感情のまま郁は川の真ん中に立ち尽くすーー。
※表紙はAIです
※遅筆です
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる