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41話
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ラファエルのもとに伯爵が亡くなったと知らせがあったのは数日前。捕らえていた部屋のなかで毒を呷り死んでいたのだと聞かされた。
毒を最初から持ち込んでいたとは考えずらい。ならば、誰かが毒を差し出したということになる。
彼の独断ですべてをなしたと考えるのは難しく――なにしろ、アラベラの監視につけた騎士は伯爵との関わりが薄く、ラファエルが王位に就く際に支持した者の縁戚から選んだ。
それなのにアラベラの行動を黙認し、報告しなかったのだとしたら、伯爵以外も関わっていると考えるべきだと調査を誰に任せるかを悩んでいた矢先の出来事だった。
おそらくは、伯爵の口から自身の名前が出るのを恐れた者の仕業だろう。たとえ王位継承権がない愛人の子だとしても他者の子を王の子と偽るのは、王家に対する忠誠を疑われる行動だ。
そして王妃であるクリスティーナを追い落とそうと企んだのだから、王家を謀とうとしたことも踏まえると、冒とく罪や反逆罪に問われてもおかしくはない。
だから手を下したのだろうと考えるのは容易だった。問題は、そうしたのが誰なのか。そして調査を誰に託すのか。
なにしろ王であるラファエルの命令で捕らえられていた者が、王のひざ元で死んだのだ。監視役の兵、食事を運んでいた使用人だけではなく、城内にいる者すべてが疑わしい。
誰かに調べさせるのが道理であることはわかっている。だが、そこでラファエルの手は止まった。
ラファエルを支持していても、クリスティーナの存在を快く思っていない者がいることはわかっていた。慣例に倣いラファエルを王にと望むのだから、当然王妃も慣例に倣い、有力な後ろ盾はもちろん縁を繋ぐだけの存在であることを望んでいた。
だがそういった者は、まだ婚約関係だった頃からクリスティーナに対する当たりが強かった。そのため、アラベラの監視を誰にするか決めるときには除外したはずだった。
それなのにクリスティーナを追い落とす計画に与したのならば、心から信頼し、調査を任せられる者などいるのだろうか。
古くから王家に仕えている者という基準で選ぶのは難しい。伯爵は歴史ある家の当主で、長年王家に仕えていた。
ルシアンではなくラファエルを支持し、王にと望んでくれた者のなかから改めて選ぶにしても、その方法はすでに失敗しているといっていい。
誰ならば信頼できるのか。誰ならば安心して任せることができるのか。
いくら考えても答えはでず、結局ラファエルは自ら調べることにした。これまでの書類を見返し、関わりのあった者たちを呼び出して話を聞き――そうしたなかでアラベラを連れ戻したと報告を受けた。そして誰かに託すこともできず自ら赴いたラファエルは、結果として彼女の言葉にさらに追い詰められることになる。 ラファエルが何も言わずとも、伯爵のときと同様に彼女自身誰かの手によって殺されるだろう。だがそれでも殺せと命じたのは、かつての行いを突き付けられたからだ。
クリスティーナを追い詰めたのは自分ではないのだと、ほかの誰かが何かして、彼女を害したのだと思いたかった。
だがいくら調べても何もでない。中には虚偽の報告をしている者もいるだろう。だが直接何かしたと思われるだけのものは見つからない。
クリスティーナに対する悪意はたしかにあった。心ない言葉を囁き合う者もいた。だがそれは、彼女が王妃になる前からそうだった。
それでも彼女は微笑んで、ラファエルのそばにいた。ならば変わったのはなんなのか――それを、アラベラに突き付けられた。
違う、そんなことは言っていない、ということはできなかった。
王妃となり、変わったのだと思っていた。ラファエルではなく、クリスティーナが変わったのだと。
かつての輝きは色あせてしまったのだと。
『政に口を出すとは、陛下を侮っているのでは』
クリスティーナが案を考えているのを見て、そう囁く者がいた。
最初はクリスティーナはそんな女性ではないとはねのけることができたが、似たようなことが何度も続くうちに心のなかに積み重なっていった。
自分はまだ王として認められていないのだと。完璧な王にはまだまだ遠い存在なのだと。クリスティーナまで、そう思っているのだと。
ルシアンと王位を争うことになったのも、ラファエルの心によどみとして残っていた。ラファエルを支持する者もたしかにいたが、ラファエルが王になったのはルシアンが自ら辞退したのが大きい。
勝ち取ったわけではなく、ルシアンが身を引いたことで王位に就いた。その事実が王として認められていないのだと思うたび、重くのしかかる。
その思いをクリスティーナに吐露することはできなかった。吐き出せば、自ら認めるようで、彼女にまで責められれば立ち直れないような気がして。
だからただ、完璧な王を目指した。完璧な王になれば、迷いはなくなり、何もかもがうまくいくのだと、信じたかった。
だが結局、ラファエルに残ったのは、自らのひざ元で堂々と毒を盛れるほどに弱い立場と、信頼できる者のいない環境だけだった。
毒を最初から持ち込んでいたとは考えずらい。ならば、誰かが毒を差し出したということになる。
彼の独断ですべてをなしたと考えるのは難しく――なにしろ、アラベラの監視につけた騎士は伯爵との関わりが薄く、ラファエルが王位に就く際に支持した者の縁戚から選んだ。
それなのにアラベラの行動を黙認し、報告しなかったのだとしたら、伯爵以外も関わっていると考えるべきだと調査を誰に任せるかを悩んでいた矢先の出来事だった。
おそらくは、伯爵の口から自身の名前が出るのを恐れた者の仕業だろう。たとえ王位継承権がない愛人の子だとしても他者の子を王の子と偽るのは、王家に対する忠誠を疑われる行動だ。
そして王妃であるクリスティーナを追い落とそうと企んだのだから、王家を謀とうとしたことも踏まえると、冒とく罪や反逆罪に問われてもおかしくはない。
だから手を下したのだろうと考えるのは容易だった。問題は、そうしたのが誰なのか。そして調査を誰に託すのか。
なにしろ王であるラファエルの命令で捕らえられていた者が、王のひざ元で死んだのだ。監視役の兵、食事を運んでいた使用人だけではなく、城内にいる者すべてが疑わしい。
誰かに調べさせるのが道理であることはわかっている。だが、そこでラファエルの手は止まった。
ラファエルを支持していても、クリスティーナの存在を快く思っていない者がいることはわかっていた。慣例に倣いラファエルを王にと望むのだから、当然王妃も慣例に倣い、有力な後ろ盾はもちろん縁を繋ぐだけの存在であることを望んでいた。
だがそういった者は、まだ婚約関係だった頃からクリスティーナに対する当たりが強かった。そのため、アラベラの監視を誰にするか決めるときには除外したはずだった。
それなのにクリスティーナを追い落とす計画に与したのならば、心から信頼し、調査を任せられる者などいるのだろうか。
古くから王家に仕えている者という基準で選ぶのは難しい。伯爵は歴史ある家の当主で、長年王家に仕えていた。
ルシアンではなくラファエルを支持し、王にと望んでくれた者のなかから改めて選ぶにしても、その方法はすでに失敗しているといっていい。
誰ならば信頼できるのか。誰ならば安心して任せることができるのか。
いくら考えても答えはでず、結局ラファエルは自ら調べることにした。これまでの書類を見返し、関わりのあった者たちを呼び出して話を聞き――そうしたなかでアラベラを連れ戻したと報告を受けた。そして誰かに託すこともできず自ら赴いたラファエルは、結果として彼女の言葉にさらに追い詰められることになる。 ラファエルが何も言わずとも、伯爵のときと同様に彼女自身誰かの手によって殺されるだろう。だがそれでも殺せと命じたのは、かつての行いを突き付けられたからだ。
クリスティーナを追い詰めたのは自分ではないのだと、ほかの誰かが何かして、彼女を害したのだと思いたかった。
だがいくら調べても何もでない。中には虚偽の報告をしている者もいるだろう。だが直接何かしたと思われるだけのものは見つからない。
クリスティーナに対する悪意はたしかにあった。心ない言葉を囁き合う者もいた。だがそれは、彼女が王妃になる前からそうだった。
それでも彼女は微笑んで、ラファエルのそばにいた。ならば変わったのはなんなのか――それを、アラベラに突き付けられた。
違う、そんなことは言っていない、ということはできなかった。
王妃となり、変わったのだと思っていた。ラファエルではなく、クリスティーナが変わったのだと。
かつての輝きは色あせてしまったのだと。
『政に口を出すとは、陛下を侮っているのでは』
クリスティーナが案を考えているのを見て、そう囁く者がいた。
最初はクリスティーナはそんな女性ではないとはねのけることができたが、似たようなことが何度も続くうちに心のなかに積み重なっていった。
自分はまだ王として認められていないのだと。完璧な王にはまだまだ遠い存在なのだと。クリスティーナまで、そう思っているのだと。
ルシアンと王位を争うことになったのも、ラファエルの心によどみとして残っていた。ラファエルを支持する者もたしかにいたが、ラファエルが王になったのはルシアンが自ら辞退したのが大きい。
勝ち取ったわけではなく、ルシアンが身を引いたことで王位に就いた。その事実が王として認められていないのだと思うたび、重くのしかかる。
その思いをクリスティーナに吐露することはできなかった。吐き出せば、自ら認めるようで、彼女にまで責められれば立ち直れないような気がして。
だからただ、完璧な王を目指した。完璧な王になれば、迷いはなくなり、何もかもがうまくいくのだと、信じたかった。
だが結局、ラファエルに残ったのは、自らのひざ元で堂々と毒を盛れるほどに弱い立場と、信頼できる者のいない環境だけだった。
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