殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

由良

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28.はじめての友人

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『はじめまして。私はオリヴィアというの。ながいから、リヴィでいいわ』

 そう言って、穏やかに笑った少女は――初めてできた友達だった。



 
 【ティルテシア王国王太子乱心】

 そんな新聞の見出しが目に入り、小さくため息を落とす。
 実際にことが起きたのは、およそ一週間前。情報の統制がされていたことや、ティルテシアとクラルヴェインが友好国で近いところにあるとはいえ、王都同士の距離はだいぶ離れていることを思えば、ずいぶんと早く情報が届いてきたものだ。

 さてどうしたものかと、少し離れたところで揺り椅子に腰かけて本を読んでいるオリヴィアに目を向ける。
 そんなこちらの視線に気づいたのだろう。彼女はちらりと俺を見ると小さく首を傾げた。

「何かあったの?」
「そうですね……心を落ち着けて聞いてくれますか?」

 知らせていいのかどうか。少し悩んだあと、声を落として言う。新聞にまで載ったのだから、どうせいずれは彼女の耳に入る。ならば、今ここで知って、誰かに話を振られたときに平静を保てるほうがいい。
 真剣な話だということに気づいた彼女は居住まいを正し、深く頷いた。

「殿下――アルベルト殿下が、自らの妃を手にかけようとしたそうです」
「それは……」

 紫色の目が見開かれ、大きく瞬いた。
 殿下が結婚式を挙げたことはすでに知っている。友好国の王太子が式を挙げるのだから、クラルヴェインの王族も招待された。ティルテシア王の側近の親族ということでレイルシュトン家にも招待状が届いたが、さすがに俺たちが参加するわけにもいかず、レイルシュトン夫妻――現当主が参列したばかりだ。

 それからものの一週間もせず、こんなこと聞かされたのだから驚くのも無理はない。
 レイルシュトン夫妻やクラルヴェイン王家の者は式を終えてすぐ帰国したため、俺もこの話を知ったのは、情報の統制が緩和された二日ほど前。父から届いた手紙で知らされた。

「……どう、なったの?」
「幸い、王太子妃は救助が早かったため一命をとりとめ、殿下は政務に当たれる状態ではないと判断され……今は療養中とのことです」

 新聞に載っていたままの言葉を使う。療養という耳当たりのいい言葉を使っているが、実際は幽閉に近いだろう。
 それをオリヴィアも察したのだろう。憂うように、わずかに目を伏せた。

「……殿下がすべて暴露するかもとは思っていましたが、まさかこんなことをしでかすとは……」

 疲れ切って憔悴していた殿下の顔を思い出す。そして、オリヴィアを迎えにきた殿下のことも。
 彼にとって、あれは唯一の願いであり、最後の希望だったのだろう。
 言葉を尽くせば、誠心誠意謝っていれば、もしかしたら伝わるものがあったかもしれない。だがこれまで求めるよりも先に与えられ、許されるよりも許すことのほうが多かった彼の希望はあっけなく砕かれ――もはやどうにもならなくなってしまったのだろう。

 今さら考えてもしかたないとはわかっているが、何年も仕えてきた相手の最後の決断に、もっとなんとかできたのでは、彼に助け船を出していれば、と思ってしまう。

 だが――

「……こうなってはしかたありませんね。予定は延期しましょう」
「いいえ……予定どおり、進めるわ」

 小さく首を振るオリヴィアを見る。
 選択肢がいくらでもあった殿下よりも、選ぶべきものがほとんど残されていなかった彼女のほうこそ助けが必要だと、あのときの俺は考えた。そして、今もう一度選べと言われても、俺は同じことをするだろう。
 俺まで殿下の味方になったら、彼女は本当にひとりになってしまう。そうなる道だけは、絶対に選べない。

「いいんですか?」
「はい。このままでいれば……いずれティルティシアは荒れるでしょう。その飛び火がこちらに来る前に……すませたほうが……その……」

 白い肌がわずかに赤くなる。だけど平静を保とうとしているのは、殿下とエミールの一件があったというのに照れを感じている自身を恥じているからだろう。
 自分のことになるとそれはそれ、これはこれ、と割り切れないのが彼女の欠点であり、美点でもある。

「そうですね。たしかにクラルヴェインまで慌ただしくなったら、式を挙げるどころではなくなりますし、さっさと終わらせてしまいましょう」

 唯一王の血をひく殿下が療養しているのだから、誰が王になるのかでティルテシアは荒れるだろう。殿下が正気に戻ればそのまま王にと望む者もいれば、遠縁の者を王にしようともくろむ者も出てくるに違いない。
 そして、今回の騒動の発端がどこにあるのか知れば、四候からの忠義も揺らぐだろう。

 どこまで荒れるか定かではないが、最悪の場合内乱が起きることも視野にいれるのなら――必要なことは急いで進めたほうが面倒が少なくてすむ。

「さっさと、というのはどうかしら……」
「ではじっくりと進めますか?」

 そっとオリヴィアの手をとり、指先に口づけを落とす。耳の先まで赤くなった彼女に求婚を受け入れてもらったのは、ほんの数か月前。彼女がオリヴィアとなったのも、だいたいそのぐらいだ。

 殿下がレイルシュトン邸を訪ねてからすでに半年が経った。
 その間にアルデルク家に連絡を取り、エミールの絶縁状を用意してもらった。そして彼女はエミールでもなんでもない少女として、レイルシュトン家と縁深い家に養女として迎え入れられ――今はオリヴィア・ナタナエルと名乗っている。

 半年でここまで整えられたのは、ティルテシアで父が動いてくれていたおかげだろう。

 あの日――オリヴィアの誕生日の朝、急いで帰ってきた父は俺に、レイルシュトン家との養子縁組の準備を進めるように指示を出した。
 父が陛下の側近をしていて、俺も殿下の側近候補としてそばに仕えている。そんな立場で、友好国とはいえ他国の貴族になるのもどうかと考え、辞退しようとしていた矢先だった。
 思わぬ指示にとまどう俺に、父はそれ以上説明しなかった。

 そして準備を終えて参加した誕生日パーティーで、父の真意を俺は知った。

 殿下の失態と、王の決定。急なこととはいえ、双子を入れ替えてなにもなかったように予定を進める――そんなことがまかりとおると父は思っていなかった。
 たとえ政略結婚だろうと、人の情は必要だ。しかも殿下とオリヴィアは友好な関係を築いていた。だというのに強行突破しても、殿下とエミールの間に情が生まれるはずがない。遅かれ早かれほころびが生まれるに決まっている。

 そして、家臣の忠義に報いるどころか、忠義にあぐらをかいている王家では先は長くない。
 だから父はまだ何者でもない俺を他国に送ることを決意し、父と兄は荒れるであろう国を守るために残ることにしたのだと、すぐにわかった。

 だが俺までいなくなったら彼女は――目の前で悲しみに暮れているオリヴィアはどうなる。

『はじめまして』

 物心ついたころに訪れたアルデルク領。父の仕事についてきた俺に手を差し伸べたのは、同じぐらいの年をした少女だった。
 穏やかに笑う少女と、その後ろに隠れながらこちらの様子をうかがう同じ顔。
 たった一日だけの遊び相手。たった数時間だけの友達。それでも俺にとって彼女は、はじめてできた友達だった。

『俺ともう一度友人になってくれますか?』

 だから俺はあの日、彼女に手を差し伸べた。
 
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