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終.ずっと一緒
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「じゃあ右で」
その言葉で、周囲の目が一気に私の上を通り越して、お姉さまに向けられた。
最初は大好きなお姉さまが王子様に選ばれたことが嬉しかった。きっとかわいいお姫様になるのだと思っていた。
「いずれ王太子妃になるのですから、はしたなく走り回ってはいけませんよ」
だけど段々と、同じことをしてもお姉さまだけが注意されることが増えた。
「それでね、お姉さまが綺麗なドレスを着て、私も同じのを着て一緒に並んだら、ぜったい可愛いと思うの」
いずれ王子様と結婚して、かわいいお姫様になるお姉さまと――その横に並ぶ私の絵を描いていた私に、乳母は困ったように笑っていた。
同じ日に生まれて、同じように育てられて、ずっと一緒だった。これからもずっと一緒だと思っていた。
それが間違いだと気づいたのはいつだっただろう。
「じゃあ右で」
その言葉だけでこれまでずっと同じだった私とお姉さまが、別々の人間に分かたれたと気づいたのがいつだったのか――もう覚えていない。
「王太子妃様」
遠慮がちなノックのあと、侍女がそっと顔をのぞかせた。
ぎゅっとベッドの上で体を抱えている私を心配そうに見ている。そんな目すらもわずらわしい。
「私を王太子妃だなんて呼ばないで!」
投げた枕がドアにぶつかって、床に落ちる。首の跡は消えたのに、まだあのとき感じた苦しさが残っているようで、何度も何度も触れてたしかめた。
何もないとわかっているのに、何かが残っているような気がして、触れては何もないことをたしかめて、触れてはたしかめて、何度も繰り返した。
「王太子殿下が、王太子妃様をお呼びで……」
「会うわけないでしょう!?」
オリヴィアに会いたい。謝りたい。ずっと、そう言っているのだと何度も何度も聞かされた。
王の血をひく唯一の後継者。私と――オリヴィアと会えば、もしかしたら正気に戻るのではないか。そんな考えで、殺されかけた私とあの男を会わせようとしてくる。
「で、ですが、謝りたいと……しきりに、そればかりおっしゃっておいでで……」
あの男が謝りたいのは私ではない。もしもまた私と会ったら、次は何をされるかわかったもんじゃない。
まだ息ができないような気がして、首を触る。じっと私を見下ろすうつろな緑の目がまだどこからか私を見ているような気がして、身じろぐことさえできない。
「そんなに謝らせたいなら、私じゃないほうを連れてきなさいよ!」
「それは……何度もおっしゃいましたが……」
「わかってるわよ! どこにいるかわからないって言うんでしょ!? いいから、早く探して連れてきなさい!」
お姉さまがお父様とお母様に縁を切られた話は、結婚する前に聞いた。もう二度と会えないのだと聞かされた。
でも、それでもかまわなかった。私はオリヴィアでありエミールに、お姉さまはエミールでありオリヴィアに――分けられた私たちがひとつになったのだから、どこで何をしていようとどうでもよかった。
「オリヴィアなんて返すから、早くここに連れてきてよ!」
だけどオリヴィアなんて名前が、立場があるから、私を殺そうとした男に会わせようとしてくるのなら、もうこんなものいらない。
そう何度も訴えているのに、誰も聞いてくれない。私はオリヴィアではないのだと、何度も何度も何度も――
「王太子妃様の様子はあいかわらずですか?」
侍女は部屋を出てすぐに尋ねられ、小さく頷いた。
「あの、やはり……ご家族に会わせたほうがよろしいのでは」
「残念ながら、アルデルク候は会う余裕はないぐらい忙しいとのことで……嫁いだ娘で、気が触れたのも王太子殿下の凶行が原因なのだから、そちらで面倒を見てほしいとのことです」
アルデルク候は娘のどちらからも後継者を迎えるのが難しくなり、新たに遠縁から養子を迎えたため、それどころではないと――娘に会う暇がないほど後継者育成に忙しいのだと言っている。
彼も彼で、娘のしでかしたことと、王の決定に思うところがあったのだろう。王太子殿下が会いたいと言っている相手が誰なのか知りながら、それについては触れていない。
「……まあそれは自分も同じことか」
王太子殿下の様子を見ている侍従に王太子妃の意向を伝えに行くのだろう。急ぎ足で去っていく侍女の背中を見ながら、ぽつりと小さくつぶやく。
今さら王太子殿下と王太子妃の言い分がどちらも正しいのだと訴えても、よけいな諍いしか生まれないだろう。
ならば噂が噂の間に次の王太子を定めるほうがいい。それからなら、いくら事実が暴かれようと――今暴くよりも、本物のほうを王太子殿下に会わせようとする者は少ないだろう。
問題は、次の王太子をどうするかだが――
「あちらはあちらで無事にやれているといいが」
この国の先を思うと憂うことばかりだ。ならばせめて、遠くにいる息子だけでもうまくやれていることを祈ろう。
その言葉で、周囲の目が一気に私の上を通り越して、お姉さまに向けられた。
最初は大好きなお姉さまが王子様に選ばれたことが嬉しかった。きっとかわいいお姫様になるのだと思っていた。
「いずれ王太子妃になるのですから、はしたなく走り回ってはいけませんよ」
だけど段々と、同じことをしてもお姉さまだけが注意されることが増えた。
「それでね、お姉さまが綺麗なドレスを着て、私も同じのを着て一緒に並んだら、ぜったい可愛いと思うの」
いずれ王子様と結婚して、かわいいお姫様になるお姉さまと――その横に並ぶ私の絵を描いていた私に、乳母は困ったように笑っていた。
同じ日に生まれて、同じように育てられて、ずっと一緒だった。これからもずっと一緒だと思っていた。
それが間違いだと気づいたのはいつだっただろう。
「じゃあ右で」
その言葉だけでこれまでずっと同じだった私とお姉さまが、別々の人間に分かたれたと気づいたのがいつだったのか――もう覚えていない。
「王太子妃様」
遠慮がちなノックのあと、侍女がそっと顔をのぞかせた。
ぎゅっとベッドの上で体を抱えている私を心配そうに見ている。そんな目すらもわずらわしい。
「私を王太子妃だなんて呼ばないで!」
投げた枕がドアにぶつかって、床に落ちる。首の跡は消えたのに、まだあのとき感じた苦しさが残っているようで、何度も何度も触れてたしかめた。
何もないとわかっているのに、何かが残っているような気がして、触れては何もないことをたしかめて、触れてはたしかめて、何度も繰り返した。
「王太子殿下が、王太子妃様をお呼びで……」
「会うわけないでしょう!?」
オリヴィアに会いたい。謝りたい。ずっと、そう言っているのだと何度も何度も聞かされた。
王の血をひく唯一の後継者。私と――オリヴィアと会えば、もしかしたら正気に戻るのではないか。そんな考えで、殺されかけた私とあの男を会わせようとしてくる。
「で、ですが、謝りたいと……しきりに、そればかりおっしゃっておいでで……」
あの男が謝りたいのは私ではない。もしもまた私と会ったら、次は何をされるかわかったもんじゃない。
まだ息ができないような気がして、首を触る。じっと私を見下ろすうつろな緑の目がまだどこからか私を見ているような気がして、身じろぐことさえできない。
「そんなに謝らせたいなら、私じゃないほうを連れてきなさいよ!」
「それは……何度もおっしゃいましたが……」
「わかってるわよ! どこにいるかわからないって言うんでしょ!? いいから、早く探して連れてきなさい!」
お姉さまがお父様とお母様に縁を切られた話は、結婚する前に聞いた。もう二度と会えないのだと聞かされた。
でも、それでもかまわなかった。私はオリヴィアでありエミールに、お姉さまはエミールでありオリヴィアに――分けられた私たちがひとつになったのだから、どこで何をしていようとどうでもよかった。
「オリヴィアなんて返すから、早くここに連れてきてよ!」
だけどオリヴィアなんて名前が、立場があるから、私を殺そうとした男に会わせようとしてくるのなら、もうこんなものいらない。
そう何度も訴えているのに、誰も聞いてくれない。私はオリヴィアではないのだと、何度も何度も何度も――
「王太子妃様の様子はあいかわらずですか?」
侍女は部屋を出てすぐに尋ねられ、小さく頷いた。
「あの、やはり……ご家族に会わせたほうがよろしいのでは」
「残念ながら、アルデルク候は会う余裕はないぐらい忙しいとのことで……嫁いだ娘で、気が触れたのも王太子殿下の凶行が原因なのだから、そちらで面倒を見てほしいとのことです」
アルデルク候は娘のどちらからも後継者を迎えるのが難しくなり、新たに遠縁から養子を迎えたため、それどころではないと――娘に会う暇がないほど後継者育成に忙しいのだと言っている。
彼も彼で、娘のしでかしたことと、王の決定に思うところがあったのだろう。王太子殿下が会いたいと言っている相手が誰なのか知りながら、それについては触れていない。
「……まあそれは自分も同じことか」
王太子殿下の様子を見ている侍従に王太子妃の意向を伝えに行くのだろう。急ぎ足で去っていく侍女の背中を見ながら、ぽつりと小さくつぶやく。
今さら王太子殿下と王太子妃の言い分がどちらも正しいのだと訴えても、よけいな諍いしか生まれないだろう。
ならば噂が噂の間に次の王太子を定めるほうがいい。それからなら、いくら事実が暴かれようと――今暴くよりも、本物のほうを王太子殿下に会わせようとする者は少ないだろう。
問題は、次の王太子をどうするかだが――
「あちらはあちらで無事にやれているといいが」
この国の先を思うと憂うことばかりだ。ならばせめて、遠くにいる息子だけでもうまくやれていることを祈ろう。
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